市川團十郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
市川 團十郎(いちかわ だんじゅうろう)は歌舞伎役者の名跡の一。市川團十郎家の当主名。 屋号は成田屋。定紋は三升、杏葉牡丹。当代で12代目を数える。歌舞伎の名跡のうちではもっとも権威のあるもののひとつとされ、全市川姓および歌舞伎市川流の宗家とされる。通常、新之助、海老蔵を経て團十郎を襲名することが多い。
[編集] 市川家歴代
- 重蔵 初代團十郎の父。祖先は甲州武士の出身で北条家の家臣とされ、北条家の滅亡後は下総国で郷士となったとする説があるが明確ではない。重蔵の代に土地を処分し江戸へ出た(住所は和泉町とも)。面疵(つらきず)の重蔵、菰(コモ)の重蔵の異名をもつ。重蔵が非人出身とする説もあり、その意味でのお菰(乞食、コジキ)、「菰の重蔵」と呼ばれたとされる。
- 市川團十郎 (初代) - 作者名三升屋兵庫。前名初代市川海老蔵。荒事芸を創始。
- 市川團十郎 (2代目) - 初代の長男。前名初代市川九蔵、隠居名2代目市川海老蔵。穢多頭弾左衛門の支配から脱却する。
- 市川團十郎 (3代目) - 2代目の養子。前名初代市川升五郎。夭折。
- 市川團十郎 (4代目) - 2代目の養子(実子とも)。前名2代目松本幸四郎。
- 市川團十郎 (5代目) - 4代目の実子。狂名:花道のつらね。前名3代目松本幸四郎、隠居名3代目市川蝦蔵。
- 市川團十郎 (6代目) - 5代目の実子。前名4代目市川海老蔵。夭折。
- 市川團十郎 (7代目) - 5代目の孫(6代目の養子となる)。初名初代市川新之助、前名5代目市川ゑび蔵、隠居名5代目市川海老蔵。歌舞伎十八番を制定。
- 市川團十郎 (8代目) - 7代目の長男。初名2代目市川新之助、前名6代目市川海老蔵。大坂で自裁。
- 市川團十郎 (9代目) - 7代目の五男。河原崎長十郎、河原崎権十郎を経て7代目河原崎権之助、前名河原崎三升。明治歌舞伎の黄金時代を築き、劇聖の名がある。
- 市川團十郎 (10代目) - 9代目の長女2代目市川翠扇の夫。5代目市川三升を名乗ったが、11代目襲名の際に追贈。
- 市川團十郎 (11代目) - 10代目の養子。実父は7代目松本幸四郎。9代目市川高麗蔵を経て前名9代目市川海老蔵。
- 市川團十郎 (12代目) - 11代目の長男。6代目市川新之助を経て前名10代目市川海老蔵。

