遊佐町

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ゆざまち
遊佐町
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 山形県
飽海郡
団体コード 06461-1
面積 208.41 km²
総人口 14,433
推計人口、2014年7月1日)
人口密度 69.3人/km²
隣接自治体 山形県酒田市
秋田県由利本荘市にかほ市
町の木 クロマツ
町の花 チョウカイフスマ
遊佐町役場
所在地 999-8301
山形県飽海郡遊佐町遊佐字舞鶴211番地
北緯39度0分53.2秒東経139度54分26.6秒
遊佐町役場
外部リンク 山形県遊佐町の公式サイト

遊佐町位置図

― 市 / ― 町・村

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遊佐町(ゆざまち)は、山形県の最北部にある人口約1万6千人の日本海に面する。飽海郡に属する唯一の自治体である。

地理[編集]

庄内平野の北端に位置する。山形県全体としてみても最北端である。北には東北地方第二の標高を誇る鳥海山が聳え、中央部には肥沃な庄内平野が広がり、町全体をなだらかに横切るようにして月光川が流れる。町南部の海岸線には砂浜が広がり、夏には海水浴を楽しめる。北部海岸線は鳥海山から流れ込んだ溶岩による岩礁が広がっており、良い漁場となっている。

歴史[編集]

鳥海山山頂に鎮座する大物忌神を祀った大物忌神社(現:鳥海山大物忌神社)の創建が2世紀6世紀の間とされることから、この地の歴史が深いことが伺える。11世紀から12世紀頃には遊佐荘という荘園が立荘されており、遊佐氏が在地領主としてこの地を治めていた。南北朝時代に遊佐氏の一族の者が畠山氏に仕え、子孫はそれぞれ河内国能登国越中国といった地で守護代を務めるなど、畠山氏の重臣として活躍した。また、戦国期になると砂越氏板垣氏(石垣氏)、次いで大宝寺氏上杉氏最上氏がこの地を治め、江戸期には庄内藩として、信濃国松代藩から移封してきた酒井氏が統治した。

  • 酒井氏は入部直後に大規模な検地を行い、表石よりも実石を大幅に増やすことに成功したが、その増えた石高の分まで徴税にまわされた為に民衆は苦しんだ。寛永9年(1632年)、遊佐郷大肝煎高橋太郎左衛門が農民の離散の責を問われて解職・投獄される。翌年釈放されたがの暗殺計画を知り、弟の長四郎とともに江戸へ逃れ、寛永11年(1634年江戸幕府に藩の窮状を示した直訴状を提出する。そこには最上氏時代よりも年貢が二倍近くに増え、凶作でも通年どおりに治めねばならず、年貢を納めるために男女千人ほどが身売り・逃亡したと書かれていた。この直訴は幕府に受理され、以後太郎左衛門は大肝煎に復している。
  • 宝暦4年(1754年)、凶作。宝暦五年(1755年)、歴史的大飢饉。
  • 天保7年(1836年)、青山留吉が遊佐郷青塚(現:同町比子青塚)に誕生する。留吉はその後後志国に渡り道内有数の漁業家に成長する。青塚には彼の偉業をたたえ、鰊御殿とも呼ばれる旧青山本邸が今もなお現存する。

沿革[編集]

  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い飽海郡遊佐町村、白井新田村、野沢村、吉出村、小田原村(一部)が合併し、遊佐村(ゆざむら)が発足。
  • 1941年昭和16年)4月1日 - 町制施行し遊佐町となる。
  • 1954年(昭和29年)8月1日 - 飽海郡遊佐町、稲川村西遊佐村蕨岡村高瀬村吹浦村が合併し、遊佐町を新設。
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月1日 - 酒田市と境界の一部を変更。
    • 8月15日 - 酒田市と境界の一部を変更。
  • 2003年(平成15年)2月1日 - 酒田市と飽海郡4町(遊佐町、八幡町平田町松山町)で「庄内北部地域合併協議会(法定協議会)」を設置[1]
  • 2004年(平成16年)10月6日 - 協議の難航から協議会が休止(事実上の離脱)。その後残りの1市3町は新たに協議会を立ち上げ合併した。この合併の結果、遊佐町は飽海郡に属する唯一の自治体となった[1]

行政[編集]

経済[編集]

  • 本間物産 - 食品スーパーマーケット「マルホンカウボーイ」を運営する会社

産業[編集]

漁業

郵便局[編集]

  • 遊佐郵便局
  • 吹浦郵便局
  • 藤崎郵便局

金融機関[編集]

姉妹都市[編集]

国内
海外

地域[編集]

人口[編集]

Demography06461.svg
遊佐町と全国の年齢別人口分布(2005年) 遊佐町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 遊佐町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
遊佐町(に該当する地域)の人口の推移
1970年 21,224人
1975年 20,481人
1980年 20,412人
1985年 20,271人
1990年 19,705人
1995年 18,895人
2000年 18,037人
2005年 16,852人
2010年 15,485人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

小学校
  • 遊佐町立遊佐小学校
  • 遊佐町立高瀬小学校
  • 遊佐町立蕨岡小学校
  • 遊佐町立吹浦小学校
  • 遊佐町立西遊佐小学校
  • 遊佐町立稲川小学校
中学校
高等学校
特別支援学校

交通[編集]

鉄道路線[編集]

路線バス[編集]

道路[編集]

高速道路
日本海東北自動車道:遊佐IC、予定)
一般国道
国道7号国道345号
主要地方道
山形県道60号酒田遊佐線
一般県道
山形県道210号鳥海公園吹浦線
広域農道
庄内東部広域農道

空港[編集]

最寄の空港は庄内空港であり、町内から自動車で移動した場合の所要時間は30分から40分ほどである。

観光ほか[編集]

その他[編集]

出身有名人[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。

脚注[編集]

外部リンク[編集]