寒河江市

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さがえし
寒河江市
JIONJI Temple Hondou.jpg
Flag of Sagae Yamagata.JPG
寒河江市旗
Sagae Yamagata chapter.jpg
寒河江市章
1955年昭和30年)7月29日制定
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 山形県
団体コード 06206-5
面積 139.08km²
総人口 41,655
推計人口、2014年2月1日)
人口密度 300人/km²
隣接自治体 村山市天童市
西村山郡河北町大江町西川町
東村山郡中山町最上郡大蔵村
市の木 サクランボ
市の花 ツツジ
市の緑 サガエギボウシ
寒河江市役所
所在地 991-8601
山形県寒河江市中央一丁目9番45号
北緯38度22分51.3秒東経140度16分33.7秒
CityOffice SAGAE 2013.jpg
外部リンク 寒河江市の公式サイト

寒河江市位置図

― 市 / ― 町・村

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寒河江市(さがえし)は、山形県のほぼ中央にある人口約4万3千人の西村山郡の中核都市として発展してきたほか、県内随一のサクランボの産地としても知られる。


地理[編集]

寒河江市中心部の空中写真。1976年撮影の8枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

山形盆地の西側に位置し、約20km南東に位置する山形市が一望できる。市の西にある朝日連峰出羽山地から流れる最上川寒河江川が、市域の東で合流する。この二つの川が形成する扇状地に市街地が位置しており、市の北部は葉山の南麓を中心とする山地で、東部には最上川の沖積低地が広がっている。南は中山町、東は天童市河北町村山市、北は大蔵村、西は西川町と接しており、南西に隣接する大江町との境界は飛地が入り組んでいる。

  • 山:葉山、平野山、長岡山、高瀬山、狸森山
  • 川:最上川、寒河江川、沼川、熊野川、実沢川

気候[編集]

盆地の中に位置するため、盆地特有の内陸型気候で寒暖の差が大変激しく、夏は暑く冬は寒い。山形盆地東部と比較すると、夏の最高気温・冬の最低気温ともに若干低く、降水量・降雪量は若干多い。

観測年 平均気温 最高気温 最低気温 平均風速(m/s) 降水量(mm) 降雪量(cm)
平成17年 11.3℃ 35.9℃ -9.4℃ 0.9 1,595 803
平成18年 11.3℃ 34.8℃ -10.4℃ 1.0 1,541 402
平成19年 11.9℃ 36.4℃ -6.8℃ 1.0 1,367 263
平成20年 11.6℃ 36.1℃ -8.8℃ 1.1 1,277 472
平成21年 11.8℃ 34.7℃ -8.1℃ 1.1 1,284 359
平成22年 12.0℃ 36.2℃ -8.0℃ 1.1 1,509 424
平成23年 11.3℃ 36.7℃ -9.9℃ 1.1 欠測 629
平成24年 11.3℃ 35.5℃ -9.7℃ 1.0 欠測 635
観測月 平均気温 最高気温 最低気温 平均風速(m/s) 降水量(mm) 降雪量(cm)
平成24年1月 -2.1℃ 5.7℃ -8.7℃ 0.7 欠測 213
平成24年2月 -2.3℃ 5.1℃ -9.7℃ 0.9 欠測 173
平成24年3月 2.7℃ 15.7℃ -3.7℃ 0.9 70.0 116
平成24年4月 8.4℃ 28.5℃ -1.6℃ 1.3 76.0 14
平成24年5月 15.1℃ 27.4℃ 5.3℃ 1.1 96.0 0
平成24年6月 19.0℃ 29.8℃ 9.1℃ 1.3 48.5 0
平成24年7月 23.8℃ 34.9℃ 15.4℃ 1.1 155.5 0
平成24年8月 26.6℃ 35.5℃ 17.5℃ 1.0 38.5 0
平成24年9月 23.0℃ 34.4℃ 12.4℃ 0.9 171.0 0
平成24年10月 14.1℃ 17.4℃ 5.6℃ 0.8 59.5 0
平成24年11月 7.0℃ 16.7℃ -1.5℃ 0.8 109.0 0
平成24年12月 0.5℃ 8.6℃ -0.7℃ 0.6 159.5 113

(『寒河江市の統計2013』 寒河江市)

歴史[編集]

古代[編集]

高瀬山古墳(復元)

寒河江市の周辺には後期旧石器時代頃から人々が住んでいたようである。後期旧石器時代の遺跡として金谷原遺跡(寒河江市柴橋)が知られている。この遺跡では大量の石器群が発掘され、石器製造所であったと解される。また、高瀬山遺跡(寒河江市字高瀬山)では旧石器時代~中石器時代尖頭器が出土している。高瀬山遺跡付近は最上川左岸の段丘上であり、これ以後も縄文弥生古墳時代の遺構が発見されている。大正時代の調査では10数基の古墳群が認められたが、ほとんどが破壊され現在は1基のみが残る(高瀬山古墳)。昭和7年(1932年)土地の所有者が古墳の南側を崩したところ石槨が現れ、被葬者の人骨は遺存していなかったが直刀(鉄剣)が出土した(山形大学付属博物館所蔵)。平成15年の調査で、この古墳は外径34メートル内径23メートルの周溝を持つ、高さ1.3メートルの円墳だったことが判明した。この古墳は古墳時代後期(7世紀前後)のものと考えられている(県指定史跡)。

7世紀末ごろ道奥国(陸奥国)に編入され、和銅5年(712年)新たに成立した出羽国最上郡(現在の村山地方最上地方)となった。仁和2年11月11日(886年12月10日)最上郡が2郡に分割され村山郡長岡郷に属すようになる[1][2]。高瀬山遺跡では奈良時代から平安時代までの住居跡が発掘されており、平野山遺跡(寒河江市柴橋平野山)でも奈良時代から平安時代にかけての跡群が発見されている。

中世~近世[編集]

平安中期ごろ寒河江荘が成立したと考えられ、荘園主で摂政藤原忠実により鳥羽上皇の勅宣をもって慈恩寺の大規模な再建が行われた。また、慈恩寺は後白河法皇の院宣と源頼朝の下文により山号も賜っている。鎌倉時代になると大江広元地頭となって荘内の中心として栄えた。寒河江八幡宮大江氏寒河江氏)の産土神として、また寒河江荘総鎮守として勧請されたという。

鎌倉時代後期から室町時代にかけて寒河江城の築城が行われ、堀を満たすために開削された二の堰により平野部の開発がすすんだ。また、寒河江城の城下町として発展した。

天正12年(1584年)に、大江氏は最上義光に滅ぼされ、中世以来の寒河江城最上氏によって維持、整備されることになった。また、最上氏は兵火によって荒廃した慈恩寺の再建も行っている。

元和8年(1622年)最上氏が改易されると寒河江は天領鳥居氏預地)となり寒河江城は破却され、寒河江城跡(楯南村南町)に役館(出張陣屋)が置かれ[3]陣屋町として発展した。白岩酒井忠重の所領となった。寛永13年(1636年)鳥居氏が改易されると、役館が天領を治める幕府代官陣屋(元締陣屋は尾花沢・長瀞陣屋)となり、代官の手代が寒河江領の運営を行った[4]。寛永15年(1638年)白岩領主酒井忠重が、苛政による領民の出訴により庄内藩へ蟄居となり、白岩も天領となる。しかし、事はこれでは落着せず、白岩の百姓が山形藩保科正之に訴えを起こし、36名が処刑されるという事件が起きている(白岩一揆[5]貞享4年(1687年)寒河江陣屋は出張陣屋から元締陣屋に分離独立し[6]宝暦5年(1760年)頃から柴橋にも陣屋が創設され、代官による支配体制が幕末まで続いた。

江戸時代には商品作物の生産も盛んに行われ、元治元年(1864年)の『最上名所名産名物番付』によると、「サラヌマノ西瓜」(現・寒河江皿沼)「白岩アラレ」(現・寒河江市白岩)などが特産品だったことがわかり、また、平野部では紅花、山間部では青苧の生産が盛んであった[7]。同番付の名所には「白岩川ノ砂金」、「平塩ノ熊野山」(平塩熊野神社)、「慈恩寺馬ノ絵馬」(慈恩寺)、「寒河江ノ八幡宮」(寒河江八幡宮)などが見える。寒河江川は古くから砂金を産出することが知られており、河川に流れ出たものを拾い上げる形で採取が行われた[8]。また、天和2年(1682年)に発見された幸生銅山より、銅や亜鉛が採掘された。

水量の豊かな最上川寒河江川に囲まれた寒河江市は近世、その平野部でしばしば洪水が起こり寛永21年(1644年)からの225年間で109回の水害に見舞われている[9]。最上川地域では洪水によって蛇行した流路を直行させる方法により治水が行われ、寒河江川では約200年間で実に70回もの堤防工事が行われている。水害の頻発とともに、河川沿いでは水除け信仰も広まった。

戊辰戦争[編集]

慶応3年(1867年大政奉還が行われると翌慶応4年(1868年)1月鳥羽伏見の戦いが行われ、2月村山郡幕領七万四千石は庄内藩預地となり、寒河江にも250人余りの庄内藩士が入った。しかし、奥羽鎮撫総督九条道孝が3月23日仙台に入ると、4月2日仙台から新政府軍が進攻するという報を受けて庄内藩士は撤退し、薩摩長州仙台天童など400名余の新政府軍が寒河江に入った。慶応3年度の年貢米を求めてのことであったが、庄内藩は最上川の船運により既に酒田へ運んだ後だった。4月5日には薩摩・長州など大半は引き上げたが仙台勢は残り、村々の入り口に仙台領と書いた標柱を建てた。その後柴橋元〆河野俊八が「羽州村山郡長岡郡司代格」に任命されたため、4月19日ごろには仙台勢も引き上げた。ところが、清川口の戦いで勝利した庄内勢が4月25日酒井兵部を大将として寒河江に入り柴橋陣屋を急襲する。寒河江の村々の名主を集めて年貢米を半減して安堵し、最上川を挟んで天童勢と銃撃戦を展開した。閏4月1日になると米沢からの援軍500余名が到着、翌閏4月2日には庄内から600余名が到着し寒河江の庄内勢は援軍を含めて総勢1500余名となった。閏4月4日早朝、庄内軍二番大隊隊長である酒井了恒は総勢1200名を率いて最上川を渡河し天童へ進攻、奥羽鎮撫副総督澤為量を破り天童城・寺院3か所・町屋233戸を焼いたという。庄内藩主は朝敵になることを恐れて即時停戦して撤退するように厳命したので、庄内勢は天童攻略に協力した村々の貧民に500俵の手当米を出して庄内へ退却した。

5月3日奥羽越列藩同盟が締結されると庄内勢は再び寒河江に進出し、柴橋代官所や諸寺院を占拠して郷村支配にあたった。新徴組隊士が治安維持を担ったようである[10]。8月28日米沢藩が官軍に降伏すると庄内藩に対する包囲網は狭まり、三重から新潟を転戦してきた桑名・庄内軍が9月19日寒河江に入った。新政府軍は降伏した米沢藩を尖兵として既に山形市柏倉まで迫っており、寒河江の庄内勢は庄内へ撤退の準備を開始していた。9月20日払暁、薩摩・米沢勢の先鋒が寒河江市内に火をかけながら進入[注釈 1]、しだいに桑名・庄内勢は後退し白岩陣ヶ峰で銃撃戦を行って幸生(寒河江市幸生)を経由して肘折(大蔵村)へと退却していった。庄内勢本隊は六十里越を退却した。この戦闘での戦死者は双方で30余名、焼失家屋は90軒ほどだったという。9月22日会津藩が降伏し翌日庄内藩も降伏して、東北地方での戊辰戦争は終結した。

明治以降[編集]

明治2年(1869年)天領から酒田県(第1次)に入り、翌明治3年(1870年)酒田県が山形市に移り山形県にかわる。明治11年(1878年郡区町村編制法により寒河江市南町に西村山郡役所が置かれ、初代郡長にはかつて会津藩家老であった海老名季昌が就いた。明治18年(1885年)に楯北、楯南、楯西、本楯の4村が合併して寒河江村となる。明治22年(1889年4月1日町村制施行に伴い、現在の市域にあたる寒河江村西根村柴橋村高松村醍醐村、白岩村、三泉村が発足。明治26年(1893年1月7日には、寒河江村が町制施行し寒河江町となった。1921年大正10年)に左沢線寒河江駅が新設され、大正11年(1922年)以降は山形市に至る左沢線の全線開通によって西村山郡一帯の行政・経済の中心地として発展した。寒河江市には、山形県の村山地方に置ける出先機関である、村山総合支庁の西庁舎も置かれている。

戦後に入り、1954年昭和29年)8月1日に、寒河江町、西根村、柴橋村、高松村、醍醐村が合併し寒河江市となった。

市制施行以降[編集]

  • 1967年(昭和42年) - 市役所新庁舎開庁。
  • 1974年(昭和49年) - 市制施行20周年。大韓民国安東市と姉妹都市締結。
  • 1976年(昭和51年) - 中央工業団地分譲開始。
  • 1983年(昭和58年) - 公共下水道共用開始。第1回神輿の祭典(熱狂裸神輿)。
  • 1984年(昭和59年) - 市制施行30周年。市の木「さくらんぼ」、市の花「つつじ」を制定。
  • 1987年(昭和62年) - 農林水産祭(むらづくり部門)で清助新田むらづくり委員会が天皇杯受賞。
  • 1988年(昭和63年) - 大江公入部800年祭。トルコ共和国ギレスン市と姉妹都市締結。国道112号寒河江バイパス全線開通。
  • 1989年(平成元年) - 山形自動車道寒河江山形間開通。
  • 1990年(平成2年) - 「さくらんぼの日」制定。神奈川県寒川町と姉妹都市締結。
  • 1991年(平成3年) - 山形自動車道寒河江仙台間全線開通。市立図書館新築オープン。
  • 1992年(平成4年) - チェリーランド全面オープン。花の国際コンクールで寒河江のバラが世界一。べにばな国体剣道競技開催。
  • 1993年(平成5年) - まちづくりで「宮崎賞」受賞。
  • 1994年(平成6年) - 市制施行40周年。自治大臣表彰受賞。二の堰親水公園で「せせらぎ宣言」。
  • 1996年(平成8年) - ハートフルセンターオープン。
  • 1997年(平成9年) - 地方自治法施行50周年記念自治大臣表彰。
  • 1998年(平成10年) - 山形自動車道寒河江西川間開通。
  • 1999年(平成11年) - 全国スポーツレクリエーション祭バウンドテニス競技大会開催。山形自動車道寒河江サービスエリアオープン。フラワーロード全国花いっぱいコンクール自治大臣賞受賞。第8回美しい日本のむら景観コンテストで平塩地区がむらづくり対策推進本部長賞(文化部門)。
  • 2000年(平成12年) - 都市緑化基金賞受賞。花のまちづくりコンクール農林水産大臣賞受賞。
  • 2001年(平成13年) - 花と緑の国際コンペで銀賞受賞。緑化推進運動功労者内閣総理大臣表彰。
  • 2002年(平成14年) - 第19回全国都市緑化やまがたフェア開催。
  • 2003年(平成15年) - 花咲かフェアINさがえが始まる。第18回国民文化祭やまがた2003開催。
  • 2004年(平成16年) - 市制施行50周年。「市民歌」、市の緑「寒河江ギボウシ」制定。
  • 2005年(平成17年) - 駅前中心市街地整備事業完了。
  • 2006年(平成18年) - 寒河江サービスエリアにスマートIC恒久設置。
  • 2008年(平成20年) - 寒河江市美術館オープン。
  • 2011年(平成23年) - 中学校給食スタート。寒河江市イメージキャラクター「チェリン」誕生。第12回山形ふるさとCM大賞で大賞受賞。
  • 2013年(平成25年) - 花咲かフェアINさがえからゆめタネ@さがえに。
  • 2014年(平成26年) - 市制施行60周年記念式典。

行政区域の変遷[編集]

  • 昭和29年(1954年)8月1日 - 市政施行。寒河江町・西根村・柴橋村・高松村・醍醐村が合体。
  • 昭和29年(1954年)11月1日 - 白岩町(明治33年(1900年)2月8日町制施行)・三泉村を編入。
  • 昭和30年(1955年)12月31日 - 三泉村の畑中、造山地区が河北町へ。
  • 昭和62年(1987年)3月1日 - 寒河江市の一部と中山町の一部と大江町の一部を交換。

行政[編集]

歴代市長[編集]

氏名 就任年月日 退任年月日 生年~没年
初代 渡辺彦吉 1954年(昭和29年)8月29日  1958年(昭和33年)8月28日  1896年1990年 
2 国井門三郎 1958年(昭和33年)8月29日  1962年(昭和37年)8月28日 
3 渡辺彦吉 1962年(昭和37年)8月29日  1974年(昭和49年)8月28日  1896年1990年
4 武田房雄 1974年(昭和49年)8月29日  1985年(昭和60年)1月19日 
5 佐藤誠六 1985年(昭和60年)1月20日  2009年(平成21年)1月19日  1930年
6 佐藤洋樹 2009年(平成21年)1月20日  現職 1950年

市長は、佐藤誠六が昭和60年(1985年)から長らく務めた後、平成21年(2009年)1月20日からは村山総合支庁長を務めた佐藤洋樹が就任した。昭和42年(1967年)に竣工した市役所庁舎は若き日の黒川紀章が設計したものであり、後に世界的な建築家となる彼が設計した建築物としては最初期にあたるものである(2003年日本におけるDOCOMOMO100選)。ホール中央には岡本太郎作のオブジェ『生誕』が飾られている。2013年8月から耐震改修免震工事を行い、2014年2月末に完了した。

岡本太郎のシャンデリア『生誕』

憲章[編集]

  • 寒河江市民さくらんぼ憲章

都市宣言[編集]

  • 寒河江市平和都市宣言
  • 暴力のない明るい都市宣言
  • 暴走族追放都市宣言
  • 寒河江市せせらぎ宣言

行政機構[編集]

市長
  • 副市長 - 総務課・政策推進課・財政課・税務課・市民生活課・建設管理課・下水道課・農林課・商工振興課・さくらんぼ観光課・健康福祉課・子育て推進課・市立病院
  • 会計管理者 - 会計課
  • 水道事業所
寒河江市議会
  • 事務局
教育委員会
  • 教育長 - 学校教育課・生涯学習課
選挙管理委員会
  • 事務局
監査委員
  • 事務局
農業委員会
  • 事務局

市議会[編集]

  • 定数18名
  • 任期4年(平成23年5月1日から平成27年4月30日)
  • 議長:鴨田 俊廣(「廣」は、まだれに黄)
  • 副議長:木村 寿太郎
組織
  • 常任委員会
    • 総務文教常任委員会(定数6名)
    • 厚生常任委員会(定数6名)
    • 建設経済常任委員会(定数6名)
  • 議会運営委員会
  • 特別委員会

経済[編集]

産業[編集]

農村部は果樹栽培が盛んで、サクランボは県内随一の生産を誇る。夏バラ(切り花)の生産量は全国でも有数で食用菊「もってのほか」の生産も盛んである。ほかに地場産業として、フルーツやコンビーフの缶詰加工業、ニット工業、草履の生産などがある。また、中央工業団地・ニューチェリーハイテクランドには、数多くの先端企業が進出し、1992年には技術交流プラザが完成、産学官一体となった開発、交流を行っている。産業人口は、

  • 第1次産業:2,232人
  • 第2次産業:7,233人
  • 第3次産業:11,523人

となっている(平成22年度国勢調査による)。

主な企業[編集]

製造業(食品)
業務用冷凍食品・缶詰を製造・販売する企業。本社工場(1964年竣工)はまだ駆け出しだった黒川紀章が設計した。このことがきっかけで寒河江市庁舎(1967年竣工)の設計も行った。
清涼飲料・果実加工品の製造を行い、キリンビバレッジ(株)や日本コカ・コーラ(株)などに卸売する企業。自社ブランド製品も手がける。
果実缶詰製造会社として創業し、果汁及び製菓原料などの業務用を主体に製造販売している。
  • 東北ぼんち製菓株式会社(山形工場・中央工業団地工場)
ぼんち株式会社の関連会社。ぼんち揚の揚げる前の生地を製造。
ぼんち株式会社の関連会社。上記工場直営店とおみやげ用せんべいの生産・通信販売を行う。
中央工業団地にある製麺会社。寒河江駅近くの直営店舗の他、40年以上にわたり通信販売を行っている。
銀行業・保険事業・葬祭・福祉・食材加工・リフォーム・農産品直売所・果樹狩り斡旋などを手掛ける。
製造業(非食品)
  • 山形ハルタ株式会社
ハルタの関連会社。
ニナリッチシャネルなど、世界ブランドに高級ニット糸を提供している。
  • 東北グンゼ 株式会社 山形工場
グンゼ株式会社の関連会社。インナーウエアを中心に生産を行う。
主に建築用断熱外壁材(金属サイディング・金属サンドイッチパネル)及び金属屋根材の研究開発、製造、販売を手掛ける。
各種ブレーキおよびその構成部品・関連部品の製造・販売・研究開発を行っている。
食品トレイの生産・販売などを手掛ける。
  • TPR工業 株式会社
TPR株式会社の関連会社。自動車用ピストンリングなどを製造、販売するメーカー。
カルソニックカンセイ株式会社の連結子会社。自動車用ラヂエーターの製造を手掛ける。
  • 伊藤電子工業 株式会社
  • 未来工業 株式会社 山形工場
電気設備資材、給排水設備およびガス設備資材の製造販売を行う。
酒造
元禄末期創業の石山蔵を寿虎屋酒造(山形市)が引き継ぎ後に独立。日本酒「千代寿」や系列会社「月山トラヤワイナリー」ではワインを製造。
天保7年(1836年)創業。日本酒「澤正宗」などを生産・販売。
(株)設樂酒造店(1896年創業)、鈴木酒造(資)(1700年創業)、(株)八幡屋酒造店(1780年創業)の3社が1972年に設立した会社。日本酒「銀嶺月山」などを生産・販売。

金融機関[編集]

郵便[編集]

  • 寒河江郵便局(集配局)
  • 高松郵便局
  • 寒河江北郵便局
  • 寒河江島郵便局
  • 三泉郵便局
  • 柴橋郵便局
  • 白岩郵便局
  • 寒河江宮内簡易郵便局
  • 醍醐簡易郵便局
  • 谷沢簡易郵便局
  • 日田簡易郵便局
  • 内ノ袋簡易郵便局
  • 上柴橋簡易郵便局


姉妹都市・提携都市[編集]

1990年平成2年)11月1日 友好都市提携、歴史的文化交流による。
1974年昭和49年)2月4日 姉妹都市提携、サクランボの栽培法を寒河江市から学んだ。
1988年(昭和63年)6月25日 姉妹都市提携、サクランボの誕生地であることによる。

地域[編集]

人口[編集]

Demography06206.svg
寒河江市と全国の年齢別人口分布(2005年) 寒河江市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 寒河江市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
寒河江市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 38,558人
1975年 39,311人
1980年 41,048人
1985年 41,828人
1990年 42,076人
1995年 42,805人
2000年 43,379人
2005年 43,625人
2010年 42,334人
総務省統計局 国勢調査より

保健医療[編集]

病院

公共施設[編集]

  • 市役所(本庁舎)
寒河江市中央一丁目9-45
  • 寒河江市文化センター
生涯学習課
  • 水道事業所(寒河江市上河原)
  • 浄化センター(寒河江市日田)
複合施設
  • フローラ・SAGAE(寒河江市中央)
商工振興課
  • ハートフルセンター(寒河江市中央)
健康福祉課・子育て推進課
文化施設
  • 寒河江市立図書館(寒河江市中央):月~土午前9時30分~午後7時30分(12月~2月は午前9時30分~午後6時30分)、日・祝日午前9時30分~午後5時。
  • 寒河江市美術館(フローラ・SAGAE内):午前10時~午後7時、休館日毎月第2・4水曜日及び元旦。 
  • 寒河江市郷土館(旧西村山郡役所、寒河江市長岡):開館日は4月の第2土曜日から11月の第2土曜日までの期間の土曜日、日曜日、祝日及びつつじまつり開催期間、特別展開催期間。午前10時~午後4時。
健康福祉
  • 子育て支援センター(ハートフルセンター内):月~金午前9時~午後6時、土・日・祝日午前9時~午後5時、休館日毎月第3日曜日及び12月29日~1月3日。
  • 児童センター(ハートフルセンター内):子育て支援センターと同じ。
  • 老人福祉センター(寒河江市白岩):娯楽室、集会室、浴室、付設作業所など。
  • 屋内ゲートボール場 (老人福祉センター内):ゲートボールコート2面、観覧席、更衣室など。
  • 市民浴場(寒河江市島):入浴料大人200円・15歳未満100円、休館日毎月第2木曜日。年越しオールナイト営業(12月31日午前6時30分~1月1日午前5時)
ホール
  • 市民文化会館(寒河江市西根):定員936名
  • 中央公民館ホール(寒河江市文化センター内):定員240名
  • ハートフルセンター多目的ホール:定員288名
交流施設
  • 勤労青少年ホーム(寒河江市文化センター内):講習室、娯楽談話室、音楽鑑賞室、音楽集会室、調理実習室、体育館。
  • 技術交流プラザ(寒河江工業団地内):研修室、コンピューターサロン(20台)、産業デザインルームなど。
スポーツ施設
  • 市民体育館(寒河江市西根):アリーナはバスケットボール2面またはバレーボール3面もしくは、バドミントン10面として利用可能。柔道場(300平方メートル)、剣道場(347平方メートル)、弓道場(近的9人位)、テニス2面。
  • 市民プール(寒河江市西根):50mプール、25mプール、6月~9月。
  • 市民テニスコート(寒河江市西根):コート4面、夜間照明6基、3月~12月。
  • 市民体育館合宿所(寒河江市西根):収容人数80名
  • チェリーナさがえ(寒河江市久保):屋内多目的運動場。延べ床面積2283平方メートル。アリーナは砂なしの人工芝で面積は1862平方メートル。天井の高さは10メートル。フットサル2面またはテニスコート3面もしくは、ゲートボール4面として利用可能。平成26年1月20日から一般利用可能。大規模災害発生時は支援物資集積場としての役割を担う。休館日毎月第4月曜日。
  • 野球場(寒河江市長岡):センター120m両翼100m、収容人数2,500名、4月~11月。
  • 陸上競技場(寒河江市長岡):1周300m、6コース、4月~11月。
  • グリバーさがえ(最上川寒河江緑地):水面広場75,026平方メートル、緑地広場(野球場・サッカーコート)、3月~12月。
レジャー施設
  • いこいの森(寒河江市平野山):森のいえ、運動広場(5,700平方メートル)、テントベース(19箇所)など
  • 葉山市民荘(寒河江市白岩):5月~10月
ギャラリー

山形県の出先機関[編集]

寒河江市大字西根字石川西355
  • 山形県農業総合研究センター園芸試験場
寒河江市大字島字島南423

警察[編集]

警察署
消防本部
税務署
法務局
寒河江市大字西根字上川原228-1

消防[編集]

寒河江市大字西根字石川西300番地1

税務[編集]

寒河江市中央2丁目2番35号

法務[編集]

寒河江市八幡町7番12号

水道[編集]

  • 村山広域水道用水供給事業(山形県)
寒河江ダムを水源として49%の供給を受けて、自己水源である8本の深井戸と合わせて供給している。[11]

教育[編集]

高等学校
中学校
小学校

寒河江中部小学校は、文部科学省が推進する「学力向上フロンティア事業」指定校(フロンティアスクール)である。

交通[編集]

寒河江市街の主要な道路・鉄道・河川
寒河江駅
寒河江スマートインターチェンジ

庄内地方へ通じる高速道路が西に向かって伸びているほか、山形市鶴岡市を結ぶ国道112号(旧六十里越街道)、東根市米沢市さらには新潟県をつなぐ国道287号も通る。山形空港も至近距離にある。 市の南部は最上川・寒河江川が流れるため、多くの橋が架かる。

  • 最上川(上流から)
柏陵橋 - 新最上橋 - 旧最上橋 - 簗瀬橋 - 此の木橋 - 平塩橋 - 高瀬大橋 - 最上川鉄橋 - 長崎大橋 - 村山橋
  • 寒河江川(上流から)
稲沢橋 - 上野大橋 - 臥龍大橋 - みやま橋 - 新臥龍橋 - 臥龍橋 - 慈恩寺大橋 - 慈恩寺橋 - 寒河江川橋

鉄道路線[編集]

路線バス[編集]

一般路線
高速バス(寒河江BSに停車)
夜行バス(寒河江営業所に停車)

道路[編集]

国道112号と、山形自動車道が市街地を迂回している。山形自動車道寒河江インターチェンジは市街地の南東で国道112号に接続する。また、2006年平成18年)9月30日まで寒河江サービスエリアでスマートインターチェンジの設置実験が行われていたが、恒久的に設置されることになった。これを利用すると、市街地南西部へのアクセスが向上する。

高速道路
一般国道
県道主要地方道

文化・スポーツ[編集]

風習[編集]

小正月の飾り。

方言[編集]

南奥羽方言山形弁に分類され、村山弁に当たる。

食文化[編集]

山形県村山地方の食文化に含まれ、一部山間地域の食文化も有する。内食では芋煮納豆汁、いるか汁[注釈 2]ひっぱりうどん、からかい[注釈 3]棒鱈いなごの佃煮だしひょうのお浸し[注釈 4]ワラビなどの山菜、食用菊青菜漬け 、凍み大根[注釈 5]凍み餅などがある。外食では冷やしラーメン冷たい肉そばやきとり玉こんにゃくどんどん焼きあじまんなど。

山形県の人口10万人あたりのラーメン店舗数は69.46軒と全国1位(平成23年iタウンページ掲載店舗数と都道府県別人口で計算)だが、本市においても人口10万人あたり71.28軒(平成23年iタウンページ掲載店舗数と市町村人口で計算)と多い。

もてなし料理[12][編集]

かつては月1回は餅を振舞う行事があり、神仏にそなえたという。

ぼたもち・なめこ汁・煮しめ・えご・くるみ豆腐など
  • 春祭り料理
赤飯・なめこ汁・孟宗竹とふきの煮物・の甘露煮・からかい煮・おひたしなど
もち(納豆あんこ・ぬたなど)・雑煮もち・えご・煮物・おひたし・漬物など
  • 秋祭り料理
赤飯・芋煮汁・ぜんまいの煮物・鯉の甘露煮・からかい煮・おひたしなど
  • 秋彼岸料理
五目ごはん・なめこ汁・あつもの・和え物・漬物・しょうゆ団子など
  • 正月料理
もち(くるみ・納豆・あんこ)・雑煮もち・栗きんとん・田作りごぼう・伊達巻・からかい煮・昆布巻き・鯉の甘露煮など
  • 婚礼料理

スポーツ大会[編集]

  • 市民卓球大会(第56回大会:2014年1月)
  • 市長杯争奪市民バスケットボール大会(第52回大会:2014年2月)
  • 寒河江市民インドアテニス大会(2014年2月)
  • 協会長杯争奪インディアカ大会(第22回大会:2014年3月)
  • さくらんぼマラソン大会(第38回大会:2014年6月15日) - チェリーナ寒河江を中心としたコースにリニューアルして行われる。
  • ツール・ド・さくらんぼ2014(6月29日) - 3月1日に申込みを開始すると3月11日には定員に達し、現在キャンセル待ちの状況。
  • 市長杯争奪市民柔道大会(第35回大会:2014年)
  • 少年少女柔道大会(第30回大会:2014年)
  • 寒河江市長杯市民テニス大会(第33回大会:2014年)
  • 寒河江市長杯争奪剣道大会(第44回大会:2014年)
  • 寒河江市長杯争奪ロードレース大会(第59回大会:2014年)

観光ほか[編集]

名所・旧跡[編集]

神亀元年(724年)行基によって開基されたと伝わる古刹。多くの文化財を有する。寒河江十景の9。平成26年6月1日~秘仏御開帳(9:00~16:00)。
寒河江荘総鎮守として現在に至るまで尊崇を集める。
寒河江十景の8。

文化財[編集]

慈恩寺(山形県指定史跡)
以下の重要文化財(国指定)を有する。括弧内は重要文化財指定日。
林家舞楽
(国の重要無形民俗文化財1981年(昭和56年)1月21日指定)

観光地[編集]

長岡山躑躅園(寒河江公園)
寒河江周辺の名産品の販売、食事、さくらんぼ狩りの案内、トルコ物産の販売のほかイベントも開催される。寒河江十景の4。
パークゴルフ場、スケートパークやドッグランを併設する公園。各種イベントも開催される。寒河江十景の2。
寒河江駅周辺に9軒のホテルおよび旅館・足湯が存在する。最上川ふるさと総合公園(チェリークア・パーク)周辺にホテルおよび日帰り入浴施設、市民浴場・足湯が存在する。
市街地中央の長岡山一帯にある公園。東北最大級のつつじ園・市営球場・陸上競技場・寒河江市郷土館・さくらの丘がある。「花咲か山」としての再整備計画がある。寒河江十景の1。
寒河江十景の5。
寒河江市側からは3本の登山コースがあり、ブナ林や高山植物・野生動物を楽しむことができる。
  • 観光さくらんぼ園(5月下旬~7月中旬)
  • 観光いちご園(1月~6月上旬)
  • ブルーベリー狩り(7月中旬~8月中旬)
  • もも狩り(8月上旬~中旬)
  • 大粒ぶどう狩り(8月中旬~10月中旬)
  • ラ・フランス狩り(10月上旬~下旬)
  • りんご狩り(11月上旬~11月下旬)
  • 寒河江十景
美しい景観を保全するとともに優れた景観を形成していくことを目的として平成14年(2002年)に景勝地を選定したもの。
1.長岡山一帯、2.チェリークアパークからの大パノラマ、3.東内楯から君田町、十二小路にかけての通り、4.フラワーロードとチェリーランド、5.二の堰親水公園と三色の花の里、6.寒河江川橋からの眺め、7.最上川堤防からの眺め(島地区)、8.平塩熊野神社と参道、9.本山慈恩寺と山王台公園からの眺め、10.寒河江川臥龍橋(陣ヶ峰からの眺め)

祭り・行事[編集]

慈恩寺舞楽 陵王(2013)
古式流鏑馬(2013)
  • 修正会(しゅしょうえ)
1月1日に慈恩寺で行われる加持祈祷。(2014年1月1日 10:00~)
  • 初市・旧の初市(だんご木市)
小正月を迎えるための品々を取り扱ったのが始まりだという。本町駐車場。(2014年1月13日及び2月12日 9:00~16:00)
  • チェリーランド冬まつり 寒鱈まつり
1月下旬にチェリーランド(道の駅寒河江)で行われ、本場庄内の寒鱈汁を味わえるほか、物品販売・イベントも行う。(2014年1月25日~26日 10:30~15:00)
  • 寒河江雛まつり
2月~4月にかけて、料亭 慈恩寺陣屋古澤酒造資料館、寒河江八幡宮参集殿で行われる。
  • 御塞神祭(おさいじんさい)
2月中旬に平塩熊野神社で行われる除災招福の伝統行事。松の木で男根を型どった御神体を彫り、入魂後塞の神に(神社参道の東はずれにある石)供え、集まった人々に撒かれる。拾った人には福が訪れると伝えられ、激しく奪い合う姿は圧巻。 (2014年2月14日 御神体争奪20:30~)
  • 病送り(やんまいおくり)
3月第2日曜日に行われる幸生地区に伝わる伝統行事。無病息災の願を込め、のぼりを先頭に団子木や鬼の絵を持ち、太鼓、笛の音にあわせ村を練り歩き疫病神を川に流す。(2014年3月9日 10:00出発)
  • 平塩舞楽(ひらしおぶがく)
4月初旬に平塩熊野神社で行われる舞楽。十番の舞が披露される。(※太平楽は旧暦閏年のみ上演)(2014年4月3日 13:30~、前日祭4月2日 13:00~)
  • 桜まつり
4月中旬~下旬。寒河江公園の桜をライトアップ(2014年4月16日~29日 18~21時)。イベント4月27日 10:00~15:00。
  • 一切経会(いっさいきょうえ)
5月5日に慈恩寺で行われる。林家が慈恩寺舞楽八番の舞を披露する。(2014年5月5日 13:30~)
  • つつじまつり
5月上旬~下旬が見ごろ。東北最大規模のつつじ園(寒河江公園)をライトアップ。(イベント2014年5月18日)
  • さくらんぼ祭り
6月上旬~7月上旬。さくらんぼシーズンに開催される寒河江市の一大イベント。「ミスさくらんぼコンテスト(2014年4月13日)」「さくらんぼマラソン大会(2014年6月15日)」・「観光さくらんぼ園開園式(2014年6月1日)」・「ツール・ド・さくらんぼ2014(6月29日)」・「全国さくらんぼの種吹きとばし大会(2014年6月15日)」などが行われる。
  • ゆめタネ@さがえ
6月~7月チェリークア・パーク(最上川ふるさと総合公園周辺)で開催。遊びと食、憩いの空間を提供し、様々なイベントを行う。(2014年6月7日~7月6日)
  • ノスタルジックカー・ミーティング in さがえ
6月下旬。2013年から寒河江駅前に場所を移して開催された。
  • 最上川フェスタ
7月中旬。各種親水イベントが行われる。(2014年7月13日)
  • やきとりBar(バル)
寒河江駅前みこし公園。寒河江・西村山の焼きとり屋を一堂に集め、この地域のやきとり文化を発信する。(2014年9月13日)
  • 柴燈護摩会(さいとうごまえ)
9月第2日曜日に慈恩寺で行われる。山中の峰にある積弊炉には、うず高く柴が積まれ、山伏姿の一山衆徒が本堂前より法螺貝の音を合図に山に登り、炎々ともえさかる焔の中に諸康成就、煩悩滅除を祈念する。(2014年9月14日 10:00~)
  • うまい大鍋フェスティバル 
寒河江駅前みこし公園。寒河江の特産を生かした大鍋や地酒が勢揃いする。神輿の祭典前夜祭として開催する。(2014年9月14日 17:00~)
9月14日~15日に古式流鏑馬神輿渡御などが行われる。(2014年9月14日 14:30~ 前日祭、16:00~ 古式流鏑馬、9月15日 14:00~ 太々神楽(だいだいかぐら)奉奏、16:00~ 古式・作試し流鏑馬)
  • ふるさと芸能まつり
小・中学校音楽隊や小学校太鼓の演奏、田植踊や大黒舞等の伝統芸能を披露する。(2014年9月15日 12:00~16:00)
  • 神輿の祭典
9月第3日曜日。寒河江八幡宮例大祭に合わせて十数基の神輿と数千人の担ぎ手が渡御を披露する。(2014年9月15日 17:30~)
  • 日和田弥重郎花笠田植踊(ひわだやじゅうろう はながさたうえおどり)
日和田八幡神社(寒河江市日和田)で行われる田植踊り。県指定無形民俗文化財。(2014年9月14日 19:00~)
  • さがえ秋のうまいもの市
10月中旬にチェリーランド(道の駅寒河江)で行われる。味覚の秋に、寒河江市の特産品を味わう「食」をテーマとして開催。(2014年10月19日 9:45~)
  • 慈恩寺大晦日花火大会『雪月華』
12月31日(強風の場合は1月1日~3日に順延)。花火を打ち上げ、山門前の仁王堂坂を絵灯篭でライトアップする。醍醐地区慈恩寺花火大会実行委員会。(2014年12月31日 23:40~予定)

寒河江市を舞台とした作品[編集]

歌川広重『最上川月山遠望』
国立国会図書館蔵

小説[編集]

版画[編集]

映画[編集]

ドラマ[編集]

  • 女系家族(2005年) - 陣ヶ峯・箕輪周辺でロケが行われた。

近隣市町村等との連携[編集]

山形デスティネーションキャンペーン2014
イメージキャラクターチェリンが「おもてなしプラン」認定100号となった。[14]
山形どまんなか探訪 湯っくり湯めぐりスタンプラリー
西村山地域(西村山郡および寒河江市)内の日帰り入浴施設7か所で入浴し、抽選で西村山特産品などが当たるというもの。事務局:寒河江市さくらんぼ観光課。
最上川活用地域活性化推進協議会
寒河江市中山町大江町で組織され、7月に最上川を利用したイベントを企画。ゴムボート川下りやカヌーフェスタなど。
ツール・ド・さくらんぼ2013
共催:寒河江青年会議所・寒河江市、後援:西川町大江町朝日町河北町。寒河江市および西村山郡において全長約123km、獲得標高1,800mのコースで500名が参加して行われた。
1市4町首長・JAさがえ西村山さくらんぼトップセールス
2013年西村山地域(西村山郡および寒河江市)の首長が首都圏でさくらんぼのトップセールスを行ったもの。
葉山開発協議会
六十里越街道でつながる広域連携・交流促進プロジェクト

出身有名人[編集]

名誉市民[編集]

昭和57年(1982年)3月顕彰。食糧庁長官退任後18年間にわたり山形県知事を務め、その後参議院に進んで自治大臣及び国家公安委員長に就任し、国政及び地方自治の発展に尽力したことによる。
平成3年(1991年)12月顕彰。寒河江市教育委員長を務め、その後市史編纂委員長及び文化財保護委員長として郷土史資料の集大成、特に慈恩寺仏像群の歴史的価値の解明に尽力したことによる。
平成3年(1991年)12月顕彰。文学博士茶道及び文化の研究の第一人者として、数多くの研究論文や著作等によりその道の権威として世界的に活躍したことによる。
平成21年(2009年)11月顕彰。昭和60年(1985年)から6期24年間にわたり市長として職務に精励し、寒河江市の発展に寄与したことによる。

その他[編集]

  • 「寒河江」の名称について、現在の神奈川県高座郡寒川町の人々がここに移住したことに由来するとの説がある。また、古代には寒河江市・中山町・天童市・東根市・村山市・河北町にまたがる「藻が湖(もがうみ)」という湖が存在し、そこに注ぐ「寒川」(現在の寒河江川)の入り江に当たることから寒川江と呼ばれるようになり、寒河江に変化したともいう。藻が湖には行基円仁による川道開削の伝承が残るという[15]
  • 村山地方に古くから伝わる言葉に「寒河江女に谷地男」というものがある。これは男らしい隣町の谷地(現河北町)の男性と気立てのよい寒河江の女性の組み合わせが最も良いということを表す言葉である。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 庄内勢が火をかけたという逸話も残る。
  2. ^ 鯨の塩漬けを使用した味噌汁の一種。
  3. ^ エイを乾燥したもの。水で戻し煮付ける。
  4. ^ 乾燥させたものを煮物などにすることも。正月料理では「ひょうっとして良いことがあるように」との思いを込めて食す(『聞き書 山形の食事』)。
  5. ^ 大根を20cm程に切り縦半分に切ったものを煮て水にさらし、雪の上で凍らせ、凍った大根を軒下につるし干したもの。湯で戻し煮物に利用する。

出典[編集]

  1. ^ 『日本三代実録』巻49、仁和2年11月11日丙戌条。新訂増補国史大系本の後編620頁。
  2. ^ 『角川日本地名大辞典6山形県』から引用した『山形県の歴史』p.41
  3. ^ 『寒河江市史 中巻』p.61-62
  4. ^ 『寒河江市史 中巻』p.640
  5. ^ 『寒河江市史 中巻』p.78-106
  6. ^ 『寒河江市史 中巻』p.70-71
  7. ^ 『寒河江市史 中巻』p.298
  8. ^ 『寒河江市史 中巻』p.343-344
  9. ^ 『寒河江市史 中巻』p.568
  10. ^ 『寒河江市史 下巻』p.21
  11. ^ 寒河江市議会 平成24年5月31日第2回定例会
  12. ^ 『寒河江のごっつぉ』
  13. ^ 山形県HP
  14. ^ [山形新聞山形ニュースオンライン2014年2月27日]
  15. ^ 保角里志 『東根の歴史』

参考文献[編集]

  • 寒河江市 『寒河江市の統計 2013』
  • 寒河江市史編さん委員会 『寒河江市史 上巻』、1994
  • 寒河江市史編さん委員会 『寒河江市史 中巻』、1999
  • 寒河江市史編さん委員会 『寒河江市史 下巻』、1997
  • 「日本の食生活全集 山形」編集委員会 代表 木村正太郎 『日本の食生活全集6 聞き書 山形の食事』、1988
  • 寒河江市食生活改善推進協議会会員 『寒河江のごっつぉ』編集委員会 旬果旬菜 地産地消と食文化『寒河江のごっつぉ』、2009
  • 横山昭男・誉田慶信・伊藤清郎・渡辺信 『山形県の歴史』第2版、2011

関連項目[編集]

外部リンク[編集]