邑楽郡

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群馬県邑楽郡の範囲(1.板倉町 2.明和町 3.千代田町 4.大泉町 5.邑楽町)

邑楽郡(おうらぐん)は、群馬県上野国)のである。平成の大合併において群馬県内の郡では唯一全町が独立を保った。

人口104,068人、面積132.32km²、人口密度786人/km²。(2014年3月1日、推計人口

以下の5町が含まれる。

概要[編集]

  • いずれの町も工業が発展しており、観光産業に乏しい。
  • 県内で唯一男性女性より多いである。
  • 生産人口割合が高く、最も高い大泉町は県内第1位、最も低い板倉町でも県内第9位である。
  • 県都の前橋市から40~60kmとかなり離れているのに対し、都心からは約70kmであり便も良いため、都心との関係が県内の他の地域と比べて、密接である。

郡域[編集]

1878年(明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、概ね上記5町に館林市を加えた区域に相当する。

歴史[編集]

近代以降の沿革[編集]

知行 村数 村名
幕府領 幕府領 38村 大久保村、島村[1]、高鳥村[2]、海老瀬村、下五箇村、飯野村、斗合田村、江黒村、千津井村、板倉村、岩田村、浮戸村、内蔵新田村、離村、細谷村、大荷場村、除川村、秋妻村、瀬戸井村、古戸村、鍋谷村、●赤岩村、福島村、寄木戸村、●上小泉村、下小泉村、坂田村、古氷村、吉田村、石打村、下中森村、野辺村、木崎村、萱野村、上五箇村、須賀村、新福寺村、藤川村
藩領 上野館林藩 1町
40村
館林町[3]、川俣村、大佐貫村、矢島村、近藤村、入ヶ谷村、日向村、鶉村、鶉新田、赤堀村、狸塚村、光善寺村[4]、中野村、●堀工村、松原村、●羽附村、江口村、田島村、南大島村、新里村、中谷村、梅原村、青柳村、当郷村、●大新田、成島村、足次村、岡野村、高根村、木戸村、傍示塚村、上早川田村、下早川田村、新当郷村、田谷村、四ツ谷村、籾谷村、谷越村、●新宿村、小桑原村、赤生田村
上野前橋藩 1村 大輪沼新田、大輪沼新田ノ内・川俣村分(大輪沼新田のうち)
幕府領・藩領 幕府領・前橋藩 8村 西岡新田、●北大島村、西岡村、●大曲村、仙石村、舞木村、上中森村、大輪村
幕府領・館林藩 3村 篠塚村、上三林村、下三林村
幕府領・三河西端藩 1村 古海村

町村制後の沿革[編集]

1.館林町 2.郷谷村 3.大島村 4.西谷田村 5.海老瀬村 6.大箇野村 7.伊奈良村 8.赤羽村 9.千江田村 10.梅島村 11.佐貫村 12.六郷村 13.三野谷村 14.富永村 15.永楽村 16.大川村 17.小泉村 18.高島村 19.中野村 20.長柄村 21.多々良村 22.渡瀬村(紫:館林市 青:板倉町 赤:明和町 桃:邑楽町 橙:千代田町 黄:大泉町)
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。古戸村は新田郡沢野村に合併され郡より離脱。(1町21村)
    • 館林町 ← 館林町、谷越村の大部分および成島村、当郷村の一部(現館林市)
    • 郷谷村 ← 新当郷村、田谷村、四ツ谷村および当郷村の大部分、館林町の一部(現館林市)
    • 大島村(単独村制、現館林市)
    • 西谷田村 ← 除川村、西岡村、西岡新田、細谷村、離村、大荷場村、大曲村(現板倉町)
    • 海老瀬村(単独村制、現板倉町)
    • 大箇野村 ← 大高島村、下五箇村、飯野村(現板倉町)
    • 伊奈良村 ← 板倉村、岩田村、籾谷村、内蔵新田村(現板倉町)
    • 赤羽村 ← 羽附村、赤生田村(現館林市)
    • 千江田村 ← 千津井村、江口村、江黒村、田島村、斗合田村(現明和町)
    • 梅島村 ← 新里村、梅原村、中谷村、南大島村(現明和町)
    • 佐貫村 ← 須賀村、大輪村、大輪沼新田、川俣村、大佐貫村および矢島村の大部分、入ヶ谷村の一部(現明和町)
    • 六郷村 ← 新宿村、松原村、小桑原村、青柳村、近藤村、堀工村(現館林市)
    • 三野谷村 ← 上三林村、下三林村、野辺村および入ヶ谷村の大部分、矢島村の一部(現館林市)
    • 富永村 ← 上五箇村、萱野村、木崎村、上中森村、下中森村および瀬戸井村の大部分、赤岩村の一部(現千代田町)
    • 永楽村 ← 福島村、舞木村、鍋谷村、新福寺村および赤岩村の大部分、瀬戸井村の一部(現千代田町)
    • 大川村 ← 仙石村、吉田村、古海村、寄木戸村、古氷村、坂田村(現大泉町)
    • 小泉村 ← 上小泉村、下小泉村(現大泉町)
    • 高島村 ← 藤川村、秋妻村、石打村(現邑楽町)
    • 中野村 ← 中野村、鶉村、鶉新田、光善寺村(現邑楽町)
    • 長柄村 ← 篠塚村、狸塚村、赤堀村(現邑楽町)
    • 多々良村 ← 高根村、木戸村、日向村および成島村の大部分、谷越村の一部(現館林市)
    • 渡瀬村 ← 下早川田村、上早川田村、傍示塚村、足次村、大新田、岡野村(現館林市)
  • 1896年(明治29年)7月15日 - 郡制を施行。
  • 1902年(明治35年)7月25日 - 小泉村が町制施行して小泉町となる。(2町20村)
  • 1916年大正5年) - 人口:83,319名。マラリア患者数:3,609名[5]
  • 1923年大正12年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 1926年(大正15年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 1954年昭和29年)4月1日 - 館林町・郷谷村・大島村・赤羽村・六郷村・三野谷村・多々良村・渡瀬村が合併して館林市が発足し、郡より離脱。(1町13村)
  • 1955年(昭和30年)
    • 2月1日 - 西谷田村・海老瀬村・大箇野村・伊奈良村が合併して板倉町が発足。(2町9村)
    • 3月1日(2町6村)
      • 高島村・中野村が合併して中島村が発足。
      • 千江田村・梅島村・佐貫村が合併して明和村が発足。
    • 3月31日 - 富永村・永楽村・長柄村が合併して千代田村が発足。(2町4村)
  • 1956年(昭和31年)9月30日 - 千代田村の一部(旧長柄村の大字篠塚・狸塚・赤堀)が中島村に編入。
  • 1957年(昭和32年)
    • 1月1日 - 中島村が邑楽村に改称。
    • 3月31日 - 小泉町・大川村が合併して大泉町が発足。(2町3村)
  • 1968年(昭和43年)4月1日 - 邑楽村が町制施行して邑楽町となる。(3町2村)
  • 1982年(昭和57年)4月1日 - 千代田村が町制施行して千代田町となる。(4町1村)
  • 1998年平成10年)10月1日 - 明和村が町制施行して明和町となる。(5町)

変遷表[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 記載は大久保村ノ内・島村。
  2. ^ 記載は大久保村ノ内・高島村。
  3. ^ 館林城下各町の総称。「旧高旧領取調帳」には記載なし。
  4. ^ 記載は中野村ノ内・光善寺。
  5. ^ 内務省衛生局保健衛生調査室編『各地方ニ於ケル「マラリア」ニ関スル概況』1919年(大正8年)発行(2008年2月24日現在、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能