嬬恋村

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つまごいむら
嬬恋村
Tsumagoi Cabbage&Asamayama.JPG
きゃべつ畑と浅間山(2010年7月)
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 群馬県
吾妻郡
団体コード 10425-6
面積 337.51 km²
(境界未定部分あり)
総人口 9,905
推計人口、2014年7月1日)
人口密度 29.3人/km²
隣接自治体 吾妻郡草津町長野原町
長野県上田市小諸市東御市須坂市
北佐久郡軽井沢町御代田町
上高井郡高山村
村の木 シラカバ
村の花 リンドウ
村の魚 ヤマメ
嬬恋村役場
所在地 377-1692
群馬県吾妻郡嬬恋村大字大前110番地
北緯36度31分0.6秒東経138度31分48.5秒
Tsumagoi village office.JPG
外部リンク 嬬恋村の公式サイト

嬬恋村位置図

― 市 / ― 町 / ― 村

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嬬恋村(つまごいむら)は群馬県の西端に位置するである。

夏の冷涼な気候を活かした高原野菜の栽培が盛んで、高原キャベツの産地として知られる。

概要[編集]

上信越高原国立公園の一角を占め浅間山四阿山本白根山などの山々に囲まれた高原地帯には万座温泉鹿沢温泉など数多くの温泉が湧出しゴルフ場別荘地スキー場キャンプ場などのレジャー施設も数多く存在する。

二等三角点「白根山」TR25438743201(北緯36度37分06.0337秒東経138度31分40.0897秒)以北、長野県境までは草津町との境界未定地域である。

村歌「嬬恋村の歌」が存在する。1972年に嬬恋村の村歌という位置づけで、嬬恋村観光協会が主導で制作した。広大で観光資源も豊富で、のんびりとした嬬恋村の雰囲気を大川栄策青山和子が歌うもので、シングルレコードとして日本コロムビア(当時)により制作された。現在は歌われることは少ないが、村主催の成人式やイベントなどで流されており、限定ながらも聞くことはできる。

2013年に嬬恋村文化協会より、『嬬恋村の歌』の他、「嬬恋小唄」「嬬恋慕情」「つまごい音頭」の4曲のご当地ソングがカップリングされたCDが発売された。一般の店舗では販売されていないが、嬬恋村文化協会で購入することができる。1枚500円

地理[編集]

隣接自治体[編集]

気候[編集]

JR吾妻線沿線地域を除く全地域が標高1000m以上の高地に位置するため、亜寒帯湿潤気候である。夏は湿度が低く冷涼で避暑地としてにぎわう一方、冬は非常に寒さが厳しく北海道並みとなり、最低気温はマイナス20度を下回ることもある。

嬬恋村(田代)の平均気温と平均降水量[1]
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均気温(C -4.4 -4.6 -1.1 5.6 10.8 14.7 18.4 19.4 15.1 9.0 3.7 -1.4 7.1
降水量(mm 44.7 61.3 102.9 111.1 136.3 185.8 199.5 178.9 233.9 120.1 76.0 32.4 1482.7

歴史[編集]

先史時代[編集]

村内各所で新石器時代の土器・石器が出土する。

縄文時代[編集]

村内で出土する縄文式土器は前期から晩期まで縄文時代全般に渡り、その様式は多彩で中部日本の様式と関東地方の様式が混在し長野県・新潟県との県境に位置する地勢からも交易や交流の中継地であったことが伺われる。1993年に今井地区東平遺跡から発掘された2つの黒色磨研注口土器嬬恋郷土資料館所蔵、群馬県指定重要文化財)は成型後にへらなどを使用してその表面を滑らかに磨き上げ、酸化炎を用いた焼成技術によって炭素を吸着させて黒光りさせる技法が用いられている。これは大陸の影響を受けて九州から西日本を中心に広がった黒色磨研土器の様式を受け継いでいるものであり、縄文後期東日本の社会構成や技術文化の波及を考察する重要な資料とされる。  

弥生時代[編集]

稲作に適さない寒冷な気候によるものか稲作に関連する弥生時代の遺構・道具等は嬬恋村では出土していないが弥生式土器等弥生文化の痕跡は縄文時代に引き続き出土しており、狩猟採取生活と共に畑作中心の農耕が営まれていたと推察される。なお干俣地区万座温泉の熊四郎洞窟遺跡において弥生式土器や木炭が発見されており、標高1,800mの険阻な山岳地帯での定住が考え難いことからも狩猟や交易の為の峠越え等の一時利用が推察されると共に古代における温泉利用を伺わせる。

沿革[編集]

人口[編集]

Demography10425.svg
嬬恋村と全国の年齢別人口分布(2005年) 嬬恋村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 嬬恋村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
嬬恋村(に該当する地域)の人口の推移
1970年 12,074人
1975年 10,839人
1980年 10,737人
1985年 11,056人
1990年 10,957人
1995年 11,135人
2000年 10,657人
2005年 10,858人
2010年 10,178人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

  • 村長:熊川 栄(くまがわ さかえ)(2007年5月1日 就任)

警察[編集]

  • 長野原警察署

消防[編集]

  • 吾妻広域消防本部 西部消防署
    • 嬬恋分署(吾妻郡嬬恋村大前125-1)

経済[編集]

産業[編集]

嬬恋村の中心的な産業は農業とサービス業である。

農業ではキャベツを中心にした高原野菜の高冷地栽培が盛んであり、キャベツの村として有名である(夏から秋にかけて生産・出荷されるキャベツの量は日本一を誇る)。近年では出荷量のみならず、その品質においても更なる向上を目指しJA嬬恋を中心に減農薬・減化学肥料栽培などに取り組んでいる。

一方、観光業を中心としたサービス業は雄大な景観や温泉などの自然環境と軽井沢・草津温泉・志賀高原の中間に位置する好立地条件に恵まれ、近年では就業者数においても農業を上回る形で推移している。

産業人口
産業別就業者数上位5位まで、単位・人。カッコ内は構成比。2010年国勢調査による。
  1. サービス業 2,077(36.7%)
  2. 農林漁業 1,823(32.2%)
  3. 卸小売業 537(9.5%)
  4. 建設業 444(7.9%)
  5. 運輸・通信業 256(4.5%)

姉妹都市・提携都市[編集]

国内[編集]

地域[編集]

教育[編集]

嬬恋村には現在小学校4校、中学校1校、高等学校が1校ある。小学校と中学校は全て村立、高等学校は県立である。2013年4月現在も、児童・生徒数の減少に伴う小学校の統廃合計画がある。平成24年4月1日より嬬恋村立東中学校と嬬恋村立西中学校 を統合し、嬬恋村立嬬恋中学校を新設、平成25年4月1日より東小学校と鎌原小学校を統合し、東部小学校を新設した。

  • 小学校
    • 嬬恋村立東部小学校
    • 嬬恋村立西小学校
    • 嬬恋村立干俣小学校
    • 嬬恋村立田代小学校
  • 中学校
    • 嬬恋村立嬬恋中学校
  • 高等学校

交通[編集]

東御嬬恋線から見た鹿沢スノーエリアと夕日

鉄道路線[編集]

バス[編集]

道路[編集]

観光[編集]

浅間高原地区:鬼押出しと浅間山
鹿沢地区
万座温泉地区:万座温泉万座山

出身有名人[編集]

参考文献[編集]

嬬恋村の歴史については、次のとおり。

  • 嬬恋村誌編集委員会 『嬬恋村誌 上下巻』 嬬恋村役場、1977年

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]