東山動植物園

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東山動植物園
Higashiyama Zoo and Botanical Gardens
東山動植物園正門
施設情報
正式名称 名古屋市東山公園 動植物園[1]
前身 名古屋市立鶴舞公園付属動物園
専門分野 総合
事業主体 名古屋市
管理運営 名古屋市緑政土木局東山総合公園
所在地 464-0804
愛知県名古屋市千種区東山元町3-70
位置 北緯35度9分16.28秒
東経136度58分52.97秒
座標: 北緯35度9分16.28秒 東経136度58分52.97秒
公式サイト 東山動植物園
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全景
コアラ
アミメキリン
クロサイ
ソマリノロバ
ブラジルバク
サボテン

東山動植物園(ひがしやまどうしょくぶつえん)は、愛知県名古屋市千種区東山公園内にある市営動植物園。1937年(昭和12年)に開園した。

2010年の年間入場者数は、日本国内で上野動物園に次ぐ約218万人となっている[2]。2005年から2009年までの5年間は、北海道の旭山動物園に次ぐ3位だった。

概要[編集]

  • 正式名称: 名古屋市東山公園 動植物園
  • 開園: 1937年(昭和12年)
  • 敷地面積: 59.58 ha(動物園 32.21ha、植物園 27.37ha)
  • 所在地: 愛知県名古屋市千種区東山元町3-70
  • 最寄り駅: 東山公園駅(名古屋市営地下鉄東山線)
  • 総工費:
  • 工期:
  • 展示物: 動物550種15,690点、植物230科7,000種(2009年現在)
  • 管理運営: 名古屋市

園内[編集]

59haもの広大な園内には、動物園(本園・北園)、植物園、東山スカイタワー、さらに遊園地が併設されている。名物は数百種類もの世界中のメダカ類を体系的に展示している「世界のメダカ館」である。また、国内では3園でしか飼育されていない希少なペルシャヒョウや、国内では1頭のみと言うドールシープミミセンザンコウも飼育されているほか、屋外飼育で活発に走り回るシンリンオオカミの姿が見られたり、カンガルーを至近距離で見られる「カンガルー広場」、ライオンをガラス越しに見られる「ワ~オチューブ」が設置されるなど、動物本来の生態を見せる展示が進められている。また、ほかの施設では隠蔽されがちな動物の(飼育下での)精神的ストレス(を解消させるということ)についても来園者に対してきちんと説明が行われている。

園内を走るモノレールとして5両編成の「スカイビュートレイン」がある。2009年5月4日にコアラ舎の前に車輪の部品が落下する事故が発生したことを受けて運休していた[3][4]が、2010年3月18日より運行再開した。なおスカイビュートレインが開通する以前には、動物園と植物園との間におとぎ列車や本格的な懸垂式モノレール東山公園モノレール)が走っていた。このうち後者はサフェージュ式モノレールの実用試験として当園に導入されたものだった。

1968年以降は、動物園と植物園の入場券が共通となっている。

歴史[編集]

動物園[編集]

1890年明治23年)に、動物商の今泉七五郎により公開された「浪越教育動物園」を起源としている。市立動物園としては今泉から譲渡された動物を元として、鶴舞公園において1918年大正7年)に「名古屋市立鶴舞公園付属動物園」として開園したものが始まりである。手狭になったため、当時新設された東山公園へと昭和12年1月に移転し東山動物園に改名。開園当初は「東洋一の動物園」とも呼ばれていた。

第二次大戦前には、ゾウキリンライオントラなど700種1200点という動物数を誇る大動物園となる。戦中、上野動物園や天王寺動物園と同様、空襲によって暴れだしたら問題だということで多くの動物が殺されたり(戦時猛獣処分)、餌不足により餓死するなどし、終戦まで生き延びたのは5種26点(ゾウ2頭、チンパンジー1頭、カンムリヅル2羽、カモ20羽、白鳥1羽)だけであった。しかし北王英一園長などの努力があり、日本国内では唯一ここの2頭のゾウだけが終戦時まで生き延びたため[注 1]、戦後になるとゾウを見ようと全国から小中学生団体が詰め掛けた(象列車の項目も参照)。

戦後には動物の数も回復。昭和20年代後半から昭和40年代前半まではゾウやゴリラによる動物ショウなどが人気を博したが、世相の変化もあって、単なるレクリエーションではない、教育・研究・繁殖などにも重きを置いた動物園へと徐々に転換した。

1984年(昭和59年)には、日本で初めてコアラが来日し、コアラ舎には連日の行列ができた[注 2]。また、外国の動物園とも姉妹動物園になる。

植物園[編集]

植物園の温室

動物園の開園に先立ち、1937年(昭和12年)3月3日に開園した。

植物園内の大温室の前館は開園当時のもので、現存する温室では日本最古である。当時は「東洋一の水晶宮」と呼ばれた。2006年(平成18年)12月には重要文化財となる。また、前館内には開園当時に植えられたヤシなど十数種が現存している。

植物園全体は自然林を活かす形で整備されており、未舗装路も含めて縦横に散策路が走る。梅園、桜の園、椿園、花畑などに加えて、尾張藩の聞人として名高い横井也有にちなんだ也有園など複数の庭園があり、奥池のほとりには1956年(昭和31年)に白川郷から合掌造りが移築され内部が公開されているほか、日本庭園の傍には1971年(昭和46年)に見つかった東山古窯跡群窖窯跡が残る。

1996年平成8年)には「東山植物園の野鳥」が日本の音風景100選に選ばれた。

また、植物園ではあるが、子供たちが動物と直に触れ合える「小鳥とリスの森」や「こども動物園」が一角に置かれており、人気遊具としてローラー式すべり台「樹快ダー」(全長約200m、高低差約28m)も設置されている。

年表[編集]

主な飼育動物と施設[編集]

本園[編集]

北園[編集]

こども動物園[編集]

東山動植物園再生プラン[編集]

名古屋市は、松原武久市長時代に「東山動植物園再生プラン」を策定した。

基本的に別々である動物園と植物園の展示を融合し、従来の「見るだけ」から「体験・体感する」展示として「環境行動を促すメッセージを発信する」事を目指す。また、入園場者数350万人に対応しユニバーサルデザインに配慮した施設整備に合わせて、現在動植物園を分断している市道を廃止。各門(後述)と展示エリア、主要施設を接続する園路、およびそれらを接続するトラムを設ける計画である。

また、正門前に千種図書館を新築移設(2012年)して、地下鉄から正門へのエントランスを設置するほか、植物園内に置かれている伊藤圭介記念館を移し、動植物関連の資料・書籍を拡充。「環境」と「大交流」の拠点施設として整備する[6]。なお、実際は動植物園のみではなく、それを核として平和公園と一体となった「なごや東山の森」としての里山再生、東山公園とその周辺地区の「まちづくり」を含めたものとなっているため、動植物園以外の計画の終了時期は設定されていない。

後に市長となった河村たかし市長はこのプランの撤回を表明した[7]がプランは継続されており、今後の先行きは不透明となっている。

利用詳細[編集]

開園時間
9時 - 16時30分
休園日
毎週月曜日、および年末年始(12月29日 - 1月1日)
月曜日が国民の休日などの場合にはその翌日が休園日になる。
入園料
交通機関
名古屋市営地下鉄東山線
自家用車

公園周辺には有料・無料含めて1,600台分の駐車場があり、正門・星ヶ丘門以外に北園門、上池門、スカイタワー門と、植物園門から入退場できる。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 厳密には京都市動物園にも1頭が終戦時には生存していたものの、戦後間もなく餓死してしまった。
  2. ^ 東京の多摩動物公園、鹿児島の平川動物公園と同時に公開。

出典[編集]

参考資料[編集]

  • 「プロジェクトHIGASHIYAMA80 東山動植物園再生プラン」 - 名古屋市

関連項目[編集]

  • 東山スカイタワー
  • 鳥山明名古屋市出身の漫画家。コアラ舎のシンボルマークの作画を担当した)
  • 江川達也(名古屋市千種区出身の漫画家。2011年夏、アフリカゾウ舎の新壁画の作画を担当した)
  • 佐野研二郎(MR_DESIGN代表。アートディレクター。東山動植物園のシンボルマーク、キャラクター「ズーボ」を制作)

外部リンク[編集]