高崎山自然動物園

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
高崎山自然動物園
Takasakiyama Natural Zoo
Takasakiyama s park.jpg
高崎山自然動物園入口の立て札
施設情報
正式名称 瀬戸内海国立公園高崎山自然動物園[1]
専門分野 サル
事業主体 大分市
管理運営 財団法人大分市高崎山管理公社(指定管理者[2]
開園 1953年(昭和28年)3月15日
所在地 870-0802
大分県大分市大字神崎3078-20
位置 北緯33度15分7.1秒
東経131度31分26.7秒
公式サイト http://www.takasakiyama.jp/
テンプレートを表示
気温の低い時期は団子のように寄り集まり寒さを凌ぐ。さるだんごと呼ばれる。
別府から見た高崎山
さるっこレール
サル寄せ場にある「本堂建設用地」の看板
職員の餌撒きに集まるニホンザル

高崎山自然動物園(たかさきやましぜんどうぶつえん)は、大分県大分市高崎山にある大分市立の自然公園である。

概要[編集]

高崎山の麓にある万寿寺別院の境内に、高崎山の山中に生息する野生のニホンザルに餌付けを行うサル寄せ場が設けられており、観光客は檻を隔てずにニホンザルの姿を見ることができる。高崎山のニホンザルはそれぞれがα(アルファ)オス、いわゆるボス猿に率いられたB群、C群の2つの群に分かれ、時間をずらしてサル寄せ場に姿を現す。かつては1,000頭余を数えたA群も姿を現していたが、C群との争いに敗れて20頭ほどに激減し、2002年(平成14年)6月頃から姿を見せなくなった[3]

宮崎県幸島と並んで「日本のサル学発祥の地」とも言われ、「ボス猿」という呼称を日本で最初に使ったとされる。「群れの中で最も序列が高い個体を指す呼称を『ボス猿』から『αオス』に改める」と発表した際には、テレビニュース新聞で報道された[4]

高崎山に生息しているニホンザルの個体数は、全体で1,355頭で、このうち、B群が643頭、C群が712頭(2013年11月25日 - 11月29日調査)[5]

歴史[編集]

高崎山には古くから野生のニホンザルが住んでおり、明治時代末期には約600頭ほどにもなった。その後、大正時代の山火事で一時頭数が激減するが、1940年(昭和15年)には100頭以上を数えるようになり、終戦直後には200頭程度にまで増えて農作物への被害が深刻となった。そこで狩猟などによるニホンザルの駆除が試みられたが失敗。これを耳にした当時の大分市長上田保が、駆除に代えて餌付けし観光資源として利用しようとしたのが始まりである。

1952年(昭和27年)11月26日に上田が高崎山山麓の万寿寺別院の和尚とともに餌付けを開始。餌付けが軌道に乗った翌1953年(昭和28年)3月15日に正式に開園した。その際、上田の発案で、料金の表示を「小人十円、大人は小人並」としたことも話題を集めた[6]。同年のうちに、高崎山が阿蘇国立公園(現阿蘇くじゅう国立公園)に指定されるとともに、「高崎山のサル生息地」が国の天然記念物に指定された。

1954年(昭和29年)には、万寿寺別院から本堂建設のためサル寄せ場移転の申し入れがあったが、協議の結果、サル寄せ場を継続する代わりに、損害補償として年間総売上の20%を万寿寺に支払うことで合意[6]

1955年(昭和30年)には、上田をモデルに当園でのサルの餌付け等を描いた火野葦平の小説『ただいま零匹』が朝日新聞夕刊に連載されるとともに、後には映画化もされて知名度が高まった[6]

2004年(平成16年)3月26日、高崎山の入口からサル寄せ場までを4分で結ぶ2両編成、定員40名の小型モノレールスロープカー)「さるっこレール」が運行を開始。坂道や階段を登らずにサルを観察できるようになった。

年表[編集]

施設[編集]

  • サル寄せ場
  • 高崎山おさる館 - 大分マリーンパレス水族館「うみたまご」の隣に位置する。
  • さるっこレール - 定員40名の小型モノレール(スロープカー)。片道、往復どちらでも料金は100円。
  • 駐車場 - 大分マリーンパレス水族館「うみたまご」と共用。普通車400円。

高崎山に生息するニホンザルの個体数[編集]

年度 A群 B群 C群 合計
1996 1042 557 529 2128
1997 1089 413 497 1999
1998 834 297 556 1687
1999 838 360 563 1761
2000 758 400 617 1775
2001 773 449 660 1882
2002 - 503 732 1235
2003 - 481 715 1196
2004 - 445 763 1208
2005 - 484 778 1262
2006 - 487 781 1268
2007 - 516 774 1290
2008 - 491 836 1327
2009 - 526 696 1222
2010 - 549 816 1365
2011 - 540 713 1253
2012 - 614 754 1368
2013 - 643 712 1355
2014 - 701 815 1516

歴代αオス[編集]

ジュピター(A群初代αオス)像(朝倉文夫作)
ベンツ(B群第9代・C群第9代αオス)

カッコ内は在任期間。

A群[編集]

  1. ジュピター(1952年11月-1961年1月、8年2ヶ月)
  2. タイタン(1961年1月-1964年6月)
  3. バッカス(1964年6月-1967年6月)
  4. ブア(1967年6月-1967年8月)
  5. ダンディー(1967年8月-1970年1月)
  6. トク(1970年1月-1973年1月)
  7. ケム(1973年1月-1973年3月)
  8. ジュチ(1973年3月-1980年3月、8年)- 高崎山のニホンザルの調査を行った伊谷純一郎の息子の名にちなむ。
  9. ヘクター(1980年3月-1981年12月)- C群の偵察中電車にはねられ命を落とす。
  10. トボ(1981年12月-1986年6月)
  11. ギャラン(1986年6月-1988年7月)
  12. ホープ(1988年7月-1992年12月)
  13. テツ(1992年12月-1996年9月)
  14. チューテツ(1996年9月-1997年8月)
  15. コーテツ(1997年8月-1999年2月)
  16. シービー(1999年2月-1999年11月)
  17. ジンギ(1999年11月-2000年12月)
  18. ブラボー(2000年12月-不明) -

B群[編集]

  1. ホシ(1959年8月-1965年8月、6年)- A群初代「ジュピター」時代に分裂し、B群初代αオスに就任。
  2. シロ(1965年8月-1968年1月、2年5ヶ月)
  3. ヒヒ(1968年1月-1974年3月、6年2ヶ月)
  4. ナケ(1974年3月-1974年7月、4ヶ月)
  5. ピーナツ(1974年7月-1978年8月)
  6. マッスル(1978年8月-1983年8月)
  7. ゲンチ(1983年8月-1986年3月)
  8. ダーツ(1986年3月-1987年10月)
  9. ベンツ(1987年10月-1990年1月) - 後にC群に移り、C群の一兵卒からC群でも第9代αオスにのぼりつめた。
  10. ジョーカー(1990年1月-1991年8月)
  11. ドラゴン(1991年8月-1997年2月、5年6ヶ月) - 生まれつき手の指が右2本、左3本しかなく、しかも電車にはねられ右腕を失ったにもかかわらずαオスとなった。
  12. イッセイ(1997年2月-1997年12月)
  13. ムラサメ(1997年12月-1998年9月)
  14. ゴルゴ(1998年9月-2010年1月、11年3ヶ月)
  15. タイガー(2010年1月-2012年3月)
  16. マコト(2012年3月-2014年2月)[9]
  17. ナンチュウ(2014年3月- ) ー 大分市立南大分中学校(南中)の生徒が命名した[10]

C群[編集]

  1. ヤマ(1964年3月-1973年12月、9年9ヶ月)- A群から2代目「タイタン」時代に群れから分裂しC群を構成。
  2. シータク(1973年12月-1975年7月)
  3. ギャバン(1975年7月-1979年8月)
  4. スター(1979年8月-1981年12月)
  5. ミック(1981年12月-1989年5月、7年4ヶ月)
  6. バートン(1989年5月-1993年9月)
  7. ゲンタ(1993年9月-1998年12月、5年3ヶ月)
  8. ゾロ(1998年12月-2011年2月、12年1ヶ月)[11] - 在任期間歴代最長。先代αオスへの差し入れのバナナを奪ったバナナ事件をきっかけに順位が入れ替わりαオスに就任。
  9. ベンツ(2011年2月-2014年1月)[12] - 高崎山史上初めて異なる群れでNo.1になった。お別れ会で「高崎山名誉ボス」の称号を授与された[13]
  10. ゾロメ(2014年2月-) - C群8代目ゾロの弟[11]

その他の有名なサル[編集]

  • オオムギとハトムギ - 兄弟のサル。母はネピア。C群の女帝として君臨した母ネピアの影響で、オオムギとハトムギは苦労せず順調に昇格した。しかし、弟のハトムギは、その粗暴な性格からくる不人気と、近親相姦を避けようとする自浄作用によって、C群を追われてB群へ移り最下位から出直している。
  • ミルサーとムメ - C群でライバル関係にあるメスザル。競って群のナンバー2に毛づくろいを行うなどして、ナンバー2のオスザルを後ろ盾にメスザル・ナンバー1の地位を争っている。人間で言えばそろそろ更年期にあたるミルサーは、若いオスザルや子ザルに噛みつく行為まで観察されており、朝日新聞はメスザルとして初のボスになるのではないかという報道をしている[14]

名付け[編集]

高崎山では、1984年(昭和59年)から、その年最初に生まれたサルに、その年の出来事に因んだ名前を付けている[15]。2009年以降の命名は以下の通り。

また、2012年5月2日には大分市出身で大分市の初代観光大使に選ばれた指原莉乃が、その初仕事として高崎山自然動物園を訪れ、子ザルを「さしこちゃん」と名付けた[24]。しかし、この子ザルは同年12月13日に死んでいるのが見つかった[25]

交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 大分市高崎山自然動物園条例
  2. ^ 指定管理者制度の導入状況一覧
  3. ^ サル社会は年功序列へ? 読売ウイークリー 2008年9月7日号
  4. ^ 「ボス猿」改め「αオス」 大分・高崎山も 共同通信 2004年2月16日
  5. ^ 25年度 高崎山に生息しているニホンザルB・C群2群の頭数調査結果についてお知らせします 大分市、2013年12月20日
  6. ^ a b c ロマンを追って 元大分市長 上田保 第九章 条件反射 (PDF) 中川郁二著
  7. ^ 高崎山について 高崎山自然動物園
  8. ^ a b 高崎山に生息する餌づけニホンザル個体群の動態と管理」杉山幸丸・大沢秀行 霊長類研究 Vol.4 , No.1(1988) pp.33-43
  9. ^ 『若きリーダー「マコト」就任 高崎山B群 大分合同新聞 2012年3月4日、2013.8.1閲覧。なお、公式HPにある『B群αオスの就任式および桃の節句イベントのお知らせ』(2012年3月2日)では、マコトがαオスになった経緯も紹介されている。
  10. ^ 大分・高崎山、B群新ボスはナンチュウ 南中生が命名 朝日新聞 2014年3月3日
  11. ^ a b 高崎山10代目ボスにゾロメ ベンツの側近が昇格 大分 朝日新聞 2014年2月2日
  12. ^ ボスザル「ベンツ」、死亡認定 不明1カ月で動物園 朝日新聞 2014年1月18日
  13. ^ 大分)ベンツが「名誉ボス」に お別れ会で称号授与式 朝日新聞 2014年1月23日
  14. ^ 高崎山サル、初のメスのボス誕生に期待 ミルサー台頭 朝日新聞デジタル 2014年10月19日21時23分
  15. ^ 高崎山第1号赤ちゃんザル誕生についてお知らせします 大分市
  16. ^ 命名「レンパ」 今年最初の赤ちゃんザル 高崎山自然動物園 西日本新聞朝刊 2009年5月17日
  17. ^ 高崎山に赤ちゃん第1号 名前はクロマグロ 大分合同新聞 2010年4月17日
  18. ^ 赤ちゃんザル第1号 「キズナ」と命名 大分合同新聞、2011年5月23日
  19. ^ 高崎山第1号赤ちゃんザル誕生について 大分市、2012年4月24日
  20. ^ 赤ちゃんでも「カンレキ」 高崎山の子ザルに命名 MSN産経ニュース、2013年5月25日
  21. ^ 大分)高崎山、今年最初のサルの赤ちゃん「ソチ」誕生 朝日新聞、2014年5月11日
  22. ^ 英王女ちなむ命名に抗議 赤ちゃんザル「シャーロット」 高崎山自然動物園、取り消し検討 産経WEST、2015年5月6日
  23. ^ 赤ちゃんザル「シャーロット」、名前は変更せず 読売新聞 2015年5月8日閲覧
  24. ^ 大分市観光大使の指原さん“初仕事” 大分合同新聞、2012年5月2日
  25. ^ 高崎山の「さしこちゃん」死ぬ 大分合同新聞、2012年12月14日

関連項目[編集]

  • フォーナランド - かつて高崎山下の海岸にあった施設。現在は「高崎山おさる館」になっている。
  • 動物園
  • モンモンモン - パロディ地名として原崎山が登場。
  • うみたまご - 直接関係はないが、高崎山の真下にあり、最寄バス停も同じなので、一緒に観光する例が多い。

外部リンク[編集]