楽寿園

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楽寿館と小浜池

楽寿園(らくじゅえん)は、静岡県三島市が運営する有料の公園。面積約72,768平方メートル[1]

目次

概要 [編集]

三島市街と楽寿園の森

現在の楽寿園のある場所は古くは小浜山と呼ばれ、愛染院(廃寺)、浅間神社、広瀬神社の社寺域であった[2]1890年(明治23年)、小松宮彰仁親王の別邸として造営され、彰仁の没後、1911年(明治44年)に韓国王世子李垠の別邸となり、昌徳宮と呼ばれた。1927年(昭和2年)、伊豆出身の資産家・緒明圭造へ売却。1952年(昭和27年)には三島市が購入し、同年7月15日から市立公園として一般公開した[2]1954年(昭和29年)には小浜池(こはまがいけ)と周囲の自然林・植生を含む庭園が国の天然記念物および名勝に指定された。

楽寿園は富士山が約1万4000年前に噴火した際に流出した三島溶岩の上に造られ[1]、富士山の雪解け水が豊富であった。この三島溶岩流は露頭しており観察も可能である。庭園と共に小さな遊園地動物園が併設されている。かつてはゾウやキリンなどの大型動物も飼育されていたこともあった。2011年(平成23年)6月26日には開園以来2000万人の入園者を記録した[3]

主な施設 [編集]

楽寿館 [編集]

京都風の高床式数寄屋造りの建物[1]。館内には滝和亭など、帝室技芸員の6人を含む明治時代の画家の作品が展示されている。内部は一般公開されているが、指定された見学時間までに玄関前で待つ必要がある[1]

小浜池(こはまがいけ) [編集]

楽寿園の敷地内南側にある湧水によって形成される蓮沼川(宮さんの川)と源兵衛川の起点となっている。池の水位は季節によって変化し、降水量の多い夏期に増加、冬季に減少する。かつては三島湧水群を代表する水量を誇ったが、昭和37年頃から湧水の枯渇が続いており、工業用水の汲み揚げとの関係が指摘されている[4]

ミシマバイカモRanunculus nipponicus var. japonicus)は1930年(昭和5年)に中井猛之進によりこの小浜池にて発見された。1950年代中頃、渇水や水質の悪化により一度は絶滅したと考えられたが、柿田川で再発見され楽寿園に移植された。

三島市郷土資料館 [編集]

三島市周辺地域の歴史や文化、人々の暮らしを紹介する博物館。入館料は無料。

蒸気機関車静態保存 [編集]

三島市郷土資料館の近くに、C58形322号機(1942年(昭和17年)製造)が静態保存されている。

どうぶつ広場 [編集]

園内にある小動物園。

どうぶつふれあい広場 [編集]

来客と動物がじかに触れ合う広場。

風景 [編集]

脚注 [編集]

  1. ^ a b c d 公式パンフレットより
  2. ^ a b [1] 三島市公式サイト「三島市立公園 楽寿園の自然」
  3. ^ 園内の表示より
  4. ^ 三島自然を守る会編集委員会編 『どこに消えたか三島の湧水』 三島自然を守る会、2006年11月

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]

座標: 北緯35度7分22.54秒 東経138度54分42.36秒 / 北緯35.1229278度 東経138.9117667度 / 35.1229278; 138.9117667