ガスマスク

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ガスマスクの付け方を市民に指導する警察官1938年(昭和13年)、東京)

ガスマスクとは、毒ガス粉塵・有害なエアロゾル微生物毒素などから体を守るために顔面に着用するマスクで、目など傷つきやすい組織や鼻・口を覆う。日本語では防毒面と表記する。

歴史[編集]

防毒マスクを装着した兵士と軍馬
MCU-2/P防護マスクを着用したアメリカ海軍の兵士

初期の物は軍用ではなく民生用だった。

  • 1799年に鉱山技師のアレクサンダー・フォン・フンボルトが開発した粉塵防護用の物が最初だと言われている。
  • 1823年に消防用として煙保護マスクをチャールズ・ディーンが開発している。
  • 1854年にイギリスでステンハウス式ガスマスクが販売された、普通のマスクに活性炭フィルターを付けた程度で目を防護する機能が無かった。
  • 1858年ごろに備後国の医師宮太柱(みや・たちゅう)が、銀山における防塵マスクとして、鉄の枠に梅肉を布で挟み込んだ「福面(ふくめん)」を開発し、石見銀山で使用された。
  • 1871年に消防士用として煙の中でも活動できるガスマスクをジョン・ティンダールが開発した。
  • 1874年に酸素ボンベを背負って酸欠状態でも活動できるスバートン式が開発された、これが現代でも消防で使用されている物の原型である。

第一次世界大戦で化学兵器が大規模に使用されたことに対する防御手段として軍に採用された。

  • 1915年2月にイギリス軍で目を覆うゴーグルと民間用のガスマスクをセットにした簡易ガスマスクが支給された。
  • 1915年後半から1916年になると本格的なガスマスクが支給されるようになった。

アメリカ軍におけるガスマスクの歴史[編集]

第二次世界大戦中は分離式のM4ガスマスクが使用されていた。1960年代にM17ガスマスクが採用されるとこれがベストセラーとなり以後30年にわたってM17A1、M17A2と改良されながら使用された。

しかし、1991年の湾岸戦争砂漠での使用に不向きであることがわかると、新型機の開発と配備が急速に進められ、 M40 Field Protective Maskが採用された。2009年から M50 Joint Service General Purpose Maskへの更新が進められている。

イギリス軍におけるガスマスクの歴史[編集]

イギリス軍ではS10ガスマスクが正式採用となり、現在も使用されている。その後の改良型でドリンクチューブが付いている物やAR10,FM12,SF10などがある。だがどれも基本的な形が同じため、一見どれも同じものに見えてしまうがよく見ると違いがある。近年、英軍では新型のFM12に更新しつつある。

構造と部品[編集]

面体
本体。鼻と口を包み外気を遮断する。下顎から鼻までを覆うものを半面マスク、下顎から額まで覆うものを全面マスクと言う。吸気口と排気口を別々にもち、それぞれ内側に逆止弁が付いている。排気口は着用者の口に近い場所にあることが多い。吸気口は一つないし二つ付いており、それぞれに吸収缶が取り付けられる。
ベルト
面体を頭部に固定するためのベルト。あらかじめ使用者の頭に合わせておく。
旧ソ連・ロシアを中心に、ベルトがない形状のガスマスクも存在する。面体と頭巾がゴムで一体成型されていて、装面すると首から上がマスクにすっぽり包まれる。
吸収缶(キャニスター)
有毒ガスを吸収する濾材(ろざい)が詰まった缶である。吸気は吸収缶を通ってからマスクに入るようになっている。吸収できるガスの種類によって塗装の色が異なる。サイズもさまざまあるが、小さいものは面体の側面か下部に直接ねじ込むようになっている。
初期の物は正面に取り付けられていたり、面体から伸びたホースの先に取り付けられていたが、近代では左右のどちらかに選択して取り付けるものが登場した。これはマスクをしたまま銃を構えると吸収缶が銃と接触して扱いにくいためである。右利きの場合は銃と接触しないように左側に吸収缶を取り付ける。
吸気弁
吸気口の内側に付属する逆止弁。空気を吸う方向には開くが、吐く方向には開かない構造になっている。
排気弁
排気口の内側に付属する逆止弁。空気を吐く方向には開くが、吸う方向には開かない構造になっている。
給水口
ガスマスクを装着したまま水が飲めるようにストローを装着する装置がある。
ボイスエミッター
ガスマスクを装着していると声が外へ聞こえにくくなり、意思疎通が阻害されるため、電気的に音声を増幅してマスクの外へ出す装置が内蔵されている。また、無線機と接続して使用することも出来る。
アンプリファイアー
ガスマスクを装着していると耳がフードでふさがれ、音が聞こえにくくなるため、補聴器のような装置が内蔵される。
吸気装置
ガスマスクはどうしても呼吸が苦しくなるため装着したままの激しい運動には限界があり、呼吸の不規則化は集中力を低下させる原因にもなる。このような欠点を補って普通に呼吸できるようにするために電動式のファンを内蔵した物がある。
ただし、電源を必要とするために重量、コスト、活動時間などに制限を受ける、このため採用しているのは対爆スーツなどの極一部のみである。
乾燥剤
ガスマスクを長期保存する場合、キャニスターの活性炭素やフィルターの繊維が湿気を吸ってしまうと性能が低下するため保管中の乾燥状態を保つために必要である。

種類[編集]

濾過式[編集]

防毒マスク[編集]

アメリカ陸軍によって撮影された、第1次世界大戦当時各国で使われた防毒マスク

少量の有毒ガスに汚染された空気をその有毒ガスを除去するフィルター(吸収缶)を通すことによって無害化するタイプのガスマスクである。汚染している有毒ガスにより適切な吸収缶を用いる必要がある。吸収缶には寿命があり、使用前未開封時の有効期限および汚染環境下での使用時間を適切に管理する必要がある。

マスクとフィルターの接続位置の関係により、直結式と隔離式に分類できる。マスクに直接吸収缶が付いている形式のものを直結式、マスクと吸収缶が分離しホースでつながっている形式のものが隔離式である。隔離式は直結式に比べ吸収缶を大きくすることが出来るため、より高い濃度の有毒ガスに対応できる。しかし、隔離式はホースが嵩張り、運用がやや不便であることとフィルターの性能向上により、第二次世界大戦後は直結式が主流となっている。

吸収しきれないほど高い濃度の有毒ガスに汚染された環境や酸欠(酸素濃度が18%以下)の環境においては使用することができない。このような場合には供給式マスクを使用する必要がある。吸収缶が大型であるほど着用者の疲労は大きくなるので、作業雰囲気に合わせて適切に選ばなければならない。

吸収缶の種類には、有機ガス、ハロゲン、青酸、硫化水素、アンモニアなどの種類があり、吸収缶だけを取り替えることもできる。種類の合わないガスには効果が無いので、あらかじめ作業場所の雰囲気を確認しておかなければならない。

一般的には他の呼吸用保護具よりも軽量・安価であるため、広く用いられており入手容易である。

防塵マスク[編集]

固体の微粒子が浮遊している空気を粒子フィルターを通すことによって微粒子を除去して無害化するガスマスクである。防毒マスクに粉塵用フィルターを組み合わせて両方の役目を同時に果たすタイプのものもある。

医療用マスクとして流通しているマスクは、細菌ウイルスによって汚染された空気をフィルターを通すことによって無害化することを狙った、一種の防塵マスクである。医療用マスクは、SARSの流行がマスメディアの注目を集めたことから、近年需要が高まっている。特に一般でも手に入りやすいN95マスクは人気があるが、実質的にはDS2規格相当品であり、性能は産業用の防塵マスク(半面マスク)と同等である。

自給式加圧服

供給式[編集]

自給式[編集]

空気ボンベがなく、酸素発生缶(化学反応により酸素を発生させる器具)によって清浄な空気をマスクに供給する装備である。酸欠雰囲気や高い濃度のガス中でも使用でき、行動範囲に制限が無いが、装備は重い、空気供給源が有限なので作業時間に制限があるなど欠点も多い。ガスを通さない材質の全身気密スーツにボンベを組み合わせた自給式加圧服というものもある。またこれらは生物兵器の防護にも使用される。

送気式[編集]

コンプレッサーで発生させた圧縮空気を、チューブを通してマスクに送る方式である。作業時間に制限が無いが、行動範囲はチューブの取りまわせる範囲に限られる。ガスを通さない材質の全身気密スーツにチューブを組み合わせたものもあり、これをエアラインスーツと言う。軽量な上、涼しいので着用感も良好で、スーツの内側が陽圧になっているために万一スーツにリークがあっても激しく動かなければ汚染されることは無い。

使用方法[編集]

一般的な手順

  1. 使用する前に外観検査をする。面体やベルトに傷や劣化が無いこと、吸気弁や排気弁に折れ曲がりや傷が無いこと、吸収缶が正しく取り付けられ、ゆるんでいないことを確認する。
  2. ベルトを全て弛める。
  3. 着用者の下あごを先に面体に入れ、次いで面体を顔にかぶる。このとき、面体に髪や被服を巻き込まないように注意する。
  4. ベルトを頭の後ろに回して締め、ベルトの長さを調節する。このとき、ベルトが長すぎると使用中に汗をかいたとき面体がずれやすい。ベルトを締めすぎると頭の血流を阻害し使用中に頭痛を起こすことがあるので、適度に締めること。
  5. 面体が顔にフィットしたら、吸収缶の吸気口を手で軽く塞いで、息を吸う。このときに息苦しい感じがしたら、正しく装着できている。

軍隊では上記と手順が少し異なる。

  1. あらかじめ、マスクのベルトを使用者の頭のサイズに合わせておく。
  2. ガス警報と同時に目を閉じ、息を止める。
  3. ヘルメットを脱ぎ、片手でガスマスクを取り出す。
  4. ベルトを両手で引き延ばしながら、下あごを先に面体に入れる。次いで面体を顔にかぶる。このとき、面体に髪や被服を巻き込まないように注意する。
  5. 面体が顔にフィットしたら、深く息を吐く。有毒ガスがマスク内部の空間に残っていても、排気弁から出て行く。最後に目を開ける。
  6. 装面したままフィルターを交換する際には、まず息を深く吸ってから止め、フィルターを取り換える。交換の際に有毒ガスが侵入しているかもしれないので、交換が終わったらまず深く息を吐き、有毒ガスを外へ追い出す。

機能検査[編集]

産業でガスマスクを使用する場合、JISに定める方法によって定期的に機能を検査し合格したもの以外使用してはならない。 防塵マスクにあっては、マスク着用者を塩化ナトリウムの粒子を放出した雰囲気中に一定時間置き、面体の内部と外部の塩化ナトリウム濃度を比較する方法による。昭和63年労働省告示第19号に定める防塵マスクの規格は次の通り:

  • DS1,RS1……粒径0.06~0.1μmの塩化ナトリウムの捕集効率80%以上
  • DS2,RS2……同、95%以上
  • DS3,RS3……同、99.9%以上
  • DL1,RL1……粒径分布0.15~0.25μmのフタル酸ジオクチルの捕集効率80%以上
  • DL2,RL2……同、95%以上
  • DL3,RL3……同、99.9%以上

その他[編集]

第二次世界大戦中には大規模な化学兵器戦が行われなかったが、各部隊にかならず装備されていたため、本来の用途とは違う使い方もされた。

  • キャニスターのフィルターを浄水器の代わりにして飲料水を濾過する。ただし、フィルターが濡れているとガスマスクとして使用できないため、規則で禁止されていた。
  • 顔面を凍傷から守る防寒具。
  • ガスマスクを携行するケース(布または金属製)を、雑嚢代わりに使う。

ドイツ軍において対戦車ロケット火器パンツァーシュレック使用時に発射爆風が酷かったため、射手が顔面火傷を防ぐ為にガスマスクを装着していたという(後に、爆風防御用の防楯が追加されてガスマスク装着の必要は無くなった)。

戦後になると、旧ソ連軍の機械化歩兵がガスマスクを呼吸器として流用していた。演習で戦闘状況に入ると装甲兵員輸送車のハッチがすべて閉められるため、車内の換気が極端に悪くなる。兵士たちは隔離式のガスマスクを装着し、吸収缶を外すとホースの先端を銃眼から外に突き出して、少しでも新鮮な外気を吸おうとしていた。

関連項目[編集]

国内ガスマスクメーカー[編集]

自衛隊の装備[編集]