東海豪雨
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東海豪雨(とうかいごうう)は、2000年9月11日 - 12日を中心に愛知県名古屋市およびその周辺で起こった豪雨災害(水害)。東海集中豪雨とも言う。都市水害の恐怖を実感させる大きな被害で話題になった。なお、東海豪雨は通称であり、気象庁による命名ではない。後に激甚災害に指定された。また、メディアによっては2008年8月28日 - 30日を中心に、やはり愛知県名古屋市およびその周辺で起こった豪雨災害(平成20年8月末豪雨)を指すこともある[要出典]。
以下の地名はすべて豪雨発生当時の自治体名で示す。
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[編集] 概要
11日夕方ごろから、名古屋市をはじめとする東海地方を中心とした広範囲にわたり大きな被害をもたらし、2日間の積算降水量は多いところで600ミリ前後に上った。
愛知県東海市では11日の午後7時までの1時間に114mm、日降水量492mmの異常な値を記録した。
このため、名古屋市周辺で多数の浸水被害が生じたほか、中部地方太平洋側の広い範囲で浸水、河道護岸の損壊、崖崩れ、土石流などによる災害が発生した。この災害により、愛知県名古屋市、西春日井郡師勝町(現・北名古屋市)・西春町(現・北名古屋市)・清洲町(現・清須市)・西枇杷島町(現・清須市)・新川町(現・清須市)・豊山町、豊明市、半田市、刈谷市、大府市、岩倉市、知多郡美浜町・東浦町、海部郡甚目寺町・大治町、北設楽郡稲武町(現・豊田市)、岐阜県恵那郡上矢作町(現・恵那市)の18市町に災害救助法が適用された。
この豪雨災害で最も着目される点としては、名古屋市周辺における浸水被害である。最も浸水被害が激しかったのは、天白区野並地区で、天白川とその支流の藤川の堤防に囲まれた堤内地が水面より遥かに低い地形だったため、行き場を失った雨水が集中し、ポンプ場から天白川に排水した水が、そのまま藤川の支流の郷下川(ごうしたがわ)を逆流して、再度野並地区に流入するという悪循環を繰り返し、やがて地区の住宅の1階は完全に水没し、住居内での溺死者も発生した。ポンプ場も浸水して機能停止したため、水が引くまでに相当の時間を要することとなった。
一方、元々旧市街地を洪水から守る庄内川放流路としての洗堰の向こう側に広がった名古屋市内の庄内川水系新川では、長さ100メートルにわたる破堤があったほか、愛知県内で少なくとも10か所で破堤し、名古屋市中川区下之一色町では、洗い堰での分流にもかかわらず庄内川が堤防高を超えて溢水するなど、各地で多数の越流があった。
この結果、新川流域(名古屋市西区山田地区、清須市(当時の西春日井郡西枇杷島町・新川町など))、庄内川流域(名古屋市中川区)、天白川流域(名古屋市天白区など)、境川・逢妻川流域(大府市・知立市・刈谷市・知多郡東浦町など)、名古屋市周辺で多数の浸水被害が生じた。
岐阜県では矢作川流域を中心とした恵南地域に多大な被害が出たため、この豪雨に関して岐阜県内に限っては恵南豪雨とも呼ばれる。
[編集] 被害状況
消防庁によると、静岡、岐阜、愛知、三重の各県で10人が死亡し、全国で115人が重軽傷を負った。経済的被害は2700億円を超え、1959年の伊勢湾台風以来の水害となった。
[編集] 交通網
[編集] 東海道新幹線
東海道新幹線は、11日の昼ごろまではダイヤ通り運転していた。それから名古屋市付近では警戒水準を超える降雨を記録したにもかかわらず、JR東海は、名古屋地方気象台発表の予報がここまでの豪雨を予想していなかったことと、「いずれ止むだろう」という期待値を含んだ見通し、更に「遅れを最小限にとどめたい」、「運休は避けたい」という考えもあってか、東京駅からダイヤ通りに次々に新幹線を発車させた。ところが、むしろ雨足は強まるばかりで、出発した列車は徐行と停止を繰り返しながら遅延を拡大させ、結果的に、東京駅~米原駅の間で、70本近い列車が団子状態で止まったまま、東海道新幹線は全面的に不通となった。
駅間に停車したまま一向に動かない列車の乗客は、正確な情報がないまま「運転再開まで、もうしばらくお待ちください」などという車内放送が繰り返されるだけの状況に、イライラを募らせ、車掌はその対応に追われることとなった。
運良く列車が駅ホームにおいて足止めとなった乗客は、改札を出て駅近くのホテルなどを利用できたが、結局5万人を超える乗客が車内に閉じ込められ、一夜を明かした。この乗客の中には甲子園球場での阪神戦に出場する巨人の選手も数人含まれており、試合は延期となった。
天候が回復した翌日もダイヤの乱れは続き、当時の「のぞみ20号」(博多発東京行き)は、22時間21分遅れで終着の東京駅に到着するという、開業以来最悪の遅延を記録することとなった。
JR東海は、数多くの乗客が車内に閉じ込められる結果となったことについて、「もっと早く運転見合わせするべきだった」という批判にさらされた。この事態について、運輸省(現・国土交通省)も同社に事情説明を求めた。数日後の社長定例会見で、当時の同社葛西社長は「あれは未曾有の大災害が原因で、正常で適切な運行だった」と発言したが、この発言にも批判が集まり、更に後の会見では「多くの乗客にご迷惑をおかけしました」と陳謝せざるを得なくなった。
[編集] 地下鉄
名古屋市営地下鉄も各地で運転見合わせが相次いだ。名城線は市役所~砂田橋の間で運転を見合わせた。特に平安通駅付近とその構内の被害が大きく、軌道も完全に浸水してしまった。桜通線では桜山~野並の間で運転見合せ。特に冠水した地域の真下を走っていた区間の一番近くの駅の野並駅ではコンコース、ホーム階ともに30cm以上浸水する被害を受けた。鶴舞線は庄内緑地公園~上小田井の間と、八事~赤池間で運転を見合わせた。塩釜口駅でも水害が発生し、出入り口には止水板が設置された。東山線では目立った運休はなかったが、中村公園駅付近で増水し、出入り口には土嚢が積まれた。また、一部の駅では終日構内を開放、ホームに停まっていた電車は『車内ホテル』として開放され、利用者は、電車の座席やホームのベンチなどで寝るなどして一夜を明かした。結局、名古屋市内を走る全ての地下鉄が全面的に運転再開を果たしたのは13日の午後以降になった。なお、上飯田線は当時未開通で、名城線は砂田橋駅が終着駅だった。
[編集] 在来線
JR東海の在来線では11日夕刻から列車の運転が規制され、名古屋駅構内では家に帰れなくなった通勤客で大混乱となった。東海道本線の下り岐阜方面行きは11日の深夜に一旦雨足が収まり運転が再開されたが、枇杷島~清洲間や稲沢駅付近で浸水被害が出たため数本の列車を運転しただけで再び運休となった。
翌12日は朝から全面運休となった。12日午後6時ごろまず岐阜方面が復旧した。この時点では稲沢線を経由した復旧だったため、清洲、稲沢の両駅に列車が到着したのは13日の始発からであった。また豊橋方面は大府~逢妻間の境川橋梁付近の浸水が特にひどく、全線復旧は14日の午後4時半であった。
[編集] 名鉄
名鉄では西枇杷島駅や下小田井駅付近、須ヶ口駅とその構内にある新川検車区・車庫などが完全に水没した。犬山線の上小田井駅以北と名古屋駅のアクセスは鶴舞線直通により対処できたものの、犬山線残存区間、名古屋本線栄生駅 - 新一宮駅(現・名鉄一宮駅)間と津島線は、9月13日22時頃まで運休した。
この災害により多数の車両が被害を受けた。ほとんどは修理を受け復帰したものの、車両自体が古い5500系は修理を断念し、予定よりも早く廃車となった。
[編集] 電気製品
各家庭でも水没、被水により多くの電気製品が故障した。高度な電子制御をしていない電器機器などは綺麗に洗浄してしっかり乾燥させることで再利用できたものもあったが、大半の電気製品は買い換えなければならなくなった。地元電気店では安値の大売出しを実施し被災者に配慮するとともに、大きなビジネスチャンス到来ともなった。しかしながら、地元電気店も水没被害の例外ではなく、店頭や倉庫の在庫が売れない状態となっていたので、経営的に大打撃を受けたことには間違いがない。
[編集] 特別キャンペーン
電器メーカー各社は、保証期間のあるなしに関わらず、修理費用を免除あるいは低額にする特別キャンペーンを実施した。阪神大震災時にもこの種のキャンペーンが行われており、その後の異常気象被害時の特別キャンペーンとして定着する契機となった。
[編集] 重要データ
企業や官公庁などでは多数のパソコンが水没し、高額な修理交換費用もさることながら、重要データ消失の危機にさらされた。しかしながら、水を浴びた状態で通電したものや水没後に錆が発生したものを除き、ハードディスクの気密性の高さが幸いしデータ消失の損害は最小で済んだ。この種のデータ消失リスクに対してはRAIDやバックアップテープなどは全く無力であり、遠隔地にデータセンターを設け定期的にデータをバックアップすることが行われる契機になった。
[編集] 自動車
水没した自動車は、程度にもよるが修理費用が新車購入費用を越えるケースが多く、多数の自動車が廃車となり廃車後の処置が危ぶまれた。しかしながら、綺麗に洗浄して多少手を掛ければ使える部品が多かったので、被災後には中古車業者や解体業者が大挙して押し寄せ、引き取っていった。
[編集] 流通
災害発生中、名古屋市内全域に大渋滞が発生し、場所によっては1時間に100メートルも進めない状態となった。このため食料品を中心とした流通がマヒし、また市民の買出しが集中したこともあり直接的な被害を受けていない地域においてもコンビニ、スーパーの棚から食料品が消えた。生鮮食品は配送のトラックの中で消費期限を迎え、店舗に到着した段階で即廃棄処分される状況となった。
[編集] その他
[編集] プロ野球
ナゴヤドームで開催予定だった中日-広島戦が中止になった。ナゴヤドーム内が冠水したため。さらに、甲子園球場で開催予定だった阪神-巨人戦も中止。理由については前述の東海道新幹線の項を参照。
[編集] 気象概況
9月7日頃から本州付近に前線が停滞しており、11日から12日にかけて、台風14号の東側を回る暖湿気流が前線に向かって流れ込んだため、前線の活動が活発となり、愛知、三重、岐阜県の東海地方を中心に記録的な大雨となった。名古屋では11日の日降水量が、平年の9月の月降水量の2倍となる428ミリとなり、2日間の合計降水量が567ミリに達した。また大雨は静岡県、山梨県にも及び、これらの広い地域で2日間の合計降水量が200~400ミリとなったところがあった。期間降水量は、三重県多気郡宮川村(現・大台町)で1,090ミリとなったほか、四国から東海地方で800~1,000ミリに達した。
[編集] 外部リンク
[編集] 関連項目
- 集中豪雨
- 伊勢湾台風
- 平成20年8月末豪雨(2008年8月28日豪雨)
- 9.12水害 (24年前の同日に岐阜県で発生した大規模水害)

