三河物語

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三河物語(みかわものがたり)は、大久保忠教(彦左衛門)によって書かれた、徳川氏大久保氏の歴史と功績を交えて武士の生き方を子孫に残した家訓書である。

[編集] 概要

元和8年(1622年)成立。3巻からなり、上巻と中巻では徳川の世になるまでの数々の戦の記録が、下巻では太平の世となってからの忠教の経験談や考え方などが記されている。

本来門外不出とされ、公開するつもりもなく子孫だけに向けて記されたため、逆に忠教の不満や意見などの思いがそのまま残されている。しかし忠教の思惑とは裏腹に写本として出回り、人気になったと伝えられている。もっとも、下巻の巻末には読み手に対して、「この本を皆が読まれた時、(私が)我が家のことのみを考えて、依怙贔屓(えこひいき)を目的として書いたものだとは思わないで欲しい」といった趣旨の言葉が記されており、門外不出と言いながらも読み手を意識しているという忠教の人間くささがうかがえる。(同様の文章は同じく三河出身の室町期の武将今川了俊の著書難太平記にも記されている)

戦国時代~江戸時代初期を知るための一次史料で、多くの歴史学者が参考にしているが、徳川びいきの記述が目立ち、創作もある。

珍しい特徴として、仮名混じりの独特の表記・文体で記されており、この時代の口語体を現代に伝える貴重な資料としての側面もある。

[編集] 関連作品

  • 安彦良和『三河物語』マンガ日本の古典23 - 三河物語そのものをモチーフとした作品ではなく、関ヶ原の戦い直後から晩年の忠教の姿を、彼に仕えた一心太助の視点から語るという体裁になっている。三河物語の内容そのものは、彦左衛門が語る軍談として断片的に引用されている。
  • 宮城谷昌光『新三河物語』- 彦左衛門(作中では幼名の平助で呼ばれる)を主人公として、大久保一族の活躍と挫折を書く。三河物語を著した後の姿も書かれている。
  • 童門冬二『老虫は消えず 小説大久保彦左衛門』- 三河物語が江戸城の武士らに熟読される理由「付箋」が語られている。

[編集] 参考文献

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