ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ
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| 州 | |
| 県 | カディス県 |
| 面積 | 1,188km² |
| 標高 | 56m |
| 人口 | 199,544人(2006年) |
| 人口密度 | 168人/km² |
36°40'N 6°8'W |
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ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ(Jerez de la Frontera)は、スペイン南部の都市。アンダルシア州カディス県に属する。カディスから約37km北東の内陸に位置する。人口は約19万9千人。シェリー酒(スペイン語で「ヘレス」)とフラメンコで有名。
目次 |
[編集] 歴史
旧石器時代から人が住んでおり、3000年前にはタルテソス人が居住していた。「ヘレス」の名はフェニキア語の「セレス」(Xeres)に由来する。のちにローマ化され「ケレト」(Ceret)と呼ばれたが、ローマ時代の町の場所は不明である。ローマ時代には重要な町アスタ・レギアもあり、その遺跡は現在のヘレス市内にある。
イスラム支配期には「シェリシュ」と呼ばれ、経済的・軍事的に重要な町であった。7世紀から8世紀には、現在旧市街と呼ばれる場所に都市計画によって市壁や塔、通りが建設された。1264年、アルフォンソ10世に征服され、カスティーリャ王国の支配下に入った。「フロンテーラ」は、キリスト教国とイスラム教国の「境」だったことに由来する。
15世紀には、農業、商業、ワイン産業によって経済的・文化的に発展した。アメリカ大陸発見とグラナダ征服は、セビリャやカディスの港に近いヘレスに繁栄をもたらした。17世紀にスペインの衰退が始まったが、ヘレスではシェリー酒が世界的に有名になり多くの酒倉が生まれた。
19世紀始めの半島戦争では、フランス軍による占領と略奪を被った。18世紀から19世紀にかけては産業化が進み、19世紀半ばに港との間に鉄道が敷かれた。19世紀後半、少数のブルジョア層と労働者との間に対立が生じ、農民暴動が続いた。政府はアナーキストの秘密結社「黒い手」(en)による犯行という噂を流し、弾圧の口実とした。
ヘレスは現在の形のフラメンコの発祥地とされる。19世紀から20世紀にはこの町で多くのフラメンコ演奏家が生まれ、歌唱やギターによって名声を博した。現在ではフラメンコ学校やフラメンコセンターが置かれている。
[編集] 名所と祭り
- カテドラル(es) - モスクや古い教会の跡地に17世紀に建てられた。ゴシック、バロック、新古典主義の様式による。
- カルトゥハ修道院(es) - シャルトルーズ会(カルトゥハ会)の修道院。15世紀の建築。
- アルカサル - 12世紀に建てられた町で最古の建造物。
- 王立アンダルシア馬術学校(en) - 伝統的な馬術や馬産の技術を伝える学校。ヘレス・デ・ラ・フロンテーラはアンダルシア種の産地として知られ、聖週間とともに祝われる馬祭り(es)はこの地で最も重要な祭りである。
[編集] ギャラリー
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馬祭りにてロマの衣装を着た女性 |
[編集] スポーツ
- ヘレスCD(en) - サッカークラブ。リーガ・エスパニョーラのセグンダ・ディビシオンに属する。
- シルクイート・デ・ヘレス - ロードレース世界選手権が開催されるサーキット。F1グランプリが開催されたこともある。
[編集] 交通
市街から北東に8kmの位置にヘレス空港(en)がある。
[編集] 姉妹都市
[編集] 外部リンク
- 自治体のサイト(スペイン語)
- ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ - スペイン観光局

