西武新宿駅
| 西武新宿駅 | |
|---|---|
正面口・駅ビル(2006年12月)
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| せいぶしんじゅく - Seibu-Shinjuku | |
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(2.0km) 高田馬場 SS02►
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| 所在地 | 東京都新宿区歌舞伎町一丁目 |
| 駅番号 | SS 01 |
| 所属事業者 | 西武鉄道 |
| 所属路線 | ■新宿線 |
| キロ程 | 0.0km(当駅*起点) |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面3線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
170,822[1]人/日 -2011年- |
| 開業年月日 | 1952年(昭和27年)3月25日 |
| 乗換 | ○東京地下鉄(東京メトロ)丸ノ内線 新宿駅 ○M 08 ○東京都交通局(都営地下鉄)大江戸線 新宿西口駅 ○E 01 ※連絡運輸実施路線のみ記載 |
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* 0kmの距離標があるのは次駅の高田馬場
当駅は高田馬場から-2kmとなっている。 |
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西武新宿駅(せいぶしんじゅくえき)は、東京都新宿区歌舞伎町一丁目にある西武鉄道新宿線の駅である。同線の起点で、駅番号はSS01[2]。
目次 |
駅構造 [編集]
日本最大の歓楽街・歌舞伎町の西端に立地する当駅は、新宿駅(JR・小田急・京王・都営地下鉄新宿線)から見て靖国通りを挟んだ北北東に位置し、直線距離でおよそ350 - 700メートル離れている。並行するJR山手線の新宿駅 - 新大久保駅間の中間付近に存在しており実態として「新宿駅とは別の駅」である一方、比較的近い東京メトロ丸ノ内線(新宿駅)と都営地下鉄大江戸線(新宿西口駅)とは相互に連絡駅となっている(連絡運輸)。ただし定期券については各線新宿駅との間でも連絡運輸を行っている。新宿駅・新宿西口駅・新宿三丁目駅との間には巨大な地下通路・地下街網が張り巡らされている。このうち、東京地下鉄副都心線新宿三丁目駅については、2013年3月16日から発売される「西武横浜ベイサイドきっぷ」などのフリーきっぷに限って、接続駅として扱われる[3]。
後述するが、新宿線を高田馬場駅から新宿駅へ乗り入れさせる計画があり、当駅は仮駅として開業した。その後計画が頓挫し、1977年(昭和52年)3月3日に仮駅を本駅とした。
改札は正面口と北口の2か所[4]。正面口には駅事務室のほか、定期券うりば、特急券うりばなどがある[4]。開設時間は初電から終電までである。2005年度にバリアフリー化工事を実施したことで、エレベーターとスロープが整備されている[4]。また、改札口有人通路は「ご案内カウンター」としている[4]。2008年度より、ホーム屋根およびホーム床や北口旅客トイレ改修などのリニューアル工事が行われている。続いて正面口改札側のトイレのバリアフリー化改築を行い、段差を解消した。
これに対し、北口改札はエレベーター、エスカレーターともに設置されていない[4]。また、駅員も常駐していないため、インターホンで対応している[4]。開設時間は7:00 - 終電までである。
トイレは南口、北口各改札内にある。このうち多機能トイレは南口改札内に設置されている。
JR線高田馬場 - 新宿間と西武線高田馬場 - 西武新宿間の両方が利用可能な特殊連絡定期券「Oneだぶる♪」(PASMO定期券)が2009年3月14日から発売されている[5]。
小田急発売の「小江戸・川越フリークーポン[6]」・西武発売の「箱根フリーパス[7]」などは、当駅と小田急の新宿駅が接続駅となっている。ただし乗り換えには10分以上を要する。
このため、西武新宿線の乗客のうち目的地が新宿あるいは京王や小田急の沿線である場合も乗換距離が短い高田馬場駅でJR山手線(この間運賃130円)に乗り換えるケースが多い。
駅ビル [編集]
駅ビルには西武新宿PePe(1 - 8階)・新宿プリンスホテル(それより上)、アメリカン・ブルバード(1・2階)が入居する。西武新宿PePeおよびアメリカン・ブルーバードの出店店舗の詳細は公式サイト「フロアガイド」を参照。
地下で接続する「新宿サブナード」は、駅ビル完成以前の1973年に既に開業しており、2003年に30周年を迎えた。
のりば [編集]
頭端式ホーム2面3線を有する高架駅である。1番ホームは単式、2・3番ホームは島式になっており[4]、いずれも有効長は10両分である。 平日17:30 - 21:00に発車する急行については整列乗車を実施している。
| ホーム | 主な種別 | 備考 |
|---|---|---|
| 1 | ■各駅停車 | 早朝・日中通勤時間帯外・深夜は2・3番ホームも使用 |
| 2 | ■特急「小江戸」 | 特急はこのホームで固定 |
| 3 | ■急行・■準急 | 早朝・平日朝は1・2番ホームも使用 |
- 発着列車は原則で、平日の朝や早朝・深夜などに変わる場合がある。
- 1993年までは特急は1番ホームに発着していた(他種別と併用)。
利用状況 [編集]
2011年度の1日平均乗降人員は170,822人[1]であり、西武鉄道全92駅中3位[8]。
近年の1日平均乗降人員、乗車人員の推移は下記の通り。
| 年度 | 1日平均 乗降人員 |
1日平均 乗車人員 |
|---|---|---|
| 1990年 | 120,871[9] | |
| 1991年 | 122,650[10] | |
| 1992年 | 118,452[11] | |
| 1993年 | 115,808[12] | |
| 1994年 | 113,000[13] | |
| 1995年 | 111,189[14] | |
| 1996年 | 111,964[15] | |
| 1997年 | 111,175[16] | |
| 1998年 | 108,452[17] | |
| 1999年 | 106,691[18] | |
| 2000年 | 105,907[19] | |
| 2001年 | 203,988 | 106,992[20] |
| 2002年 | 201,110[21] | 104,940[22] |
| 2003年 | 199,735[21] | 103,784[23] |
| 2004年 | 196,849[21] | 102,107[24] |
| 2005年 | 195,171[21] | 101,090[25] |
| 2006年 | 195,903[21] | 101,370[26] |
| 2007年 | 188,184[1] | 98,536[27] |
| 2008年 | 184,118[1] | 96,247[28] |
| 2009年 | 179,766[1] | 93,901[29] |
| 2010年 | 173,328[1] | 91,205[30] |
| 2011年 | 170,822[1] |
駅周辺 [編集]
正面口 [編集]
新宿靖国通りに面した大ガード傍で繁華街が広がっている。
- 歌舞伎町
- 新宿区役所
- 新宿区役所内郵便局
- TOKYU MILANO(東急文化会館(新宿))
- 新宿ミラノ1・2・3、シネマスクエアとうきゅう
- 新宿ミラノボウル
- 新宿コマ劇場(改築中)
- 新宿東宝会館(改築中)
- 新宿ゴールデン街
- 新宿区役所
- 靖国通り(東京都道302号)
- 新宿通り(東京都道430号)
- 新宿大ガード
北口 [編集]
バス路線 [編集]
正面口靖国通り沿いの「歌舞伎町」停留所が最寄りである。すべて東京都交通局により運行されている。
なお、休日には以下の系統も歌舞伎町停留所に停車する。
歴史 [編集]
西武新宿駅は、本川越 - 高田馬場間を結んでいた旧西武鉄道村山線(現・西武鉄道新宿線)が国鉄新宿駅まで延伸する過程で仮駅として誕生し、新宿線の新宿駅乗り入れの中止とともに恒久的ターミナル駅となった歴史を持つ。
新宿乗り入れ計画 [編集]
旧西武鉄道の終点だった高田馬場は山手線以外に接続路線がなかったため、さらに都心部へと延長する計画は戦前からあった。戦前は早稲田まで延長して市電と接続させようとし、この区間の免許も受けていたが実現せずに終わった。戦後は国鉄新宿駅への延伸を目指すこととなった。
山手線と並行する高田馬場 - 新宿間に免許が下りたことは当時としては異例であり、次のような逸話が残っている。第二次世界大戦後、千葉県内に敷設されていた鉄道連隊施設(現在の新京成電鉄路線)の払い下げにおいて、いったんは西武鉄道が引き受けることに決まった。ところが「千葉県内は京成」という行政側の判断で、一転して京成電鉄に譲られることになった。その代替として西武鉄道にとって悲願である高田馬場 - 新宿間に対し免許が与えられたという[31]。
別説として、鉄道アナリストの広岡友紀によると、民鉄路線を山手線内側へ入れないという政策がある中で西武鉄道に高田馬場 - 新宿間の免許が交付されたのは、終戦直後に運輸省が西武に資材の一部を放出させた見返りだという。西武は戦中戦後に払い下げ品によって車両増備をしていたが、戦後の混乱期には多くの鉄道事業者が資材不足に悩んでいた[32]。
仮駅としての開業 [編集]
1948年(昭和23年)に高田馬場 - 新宿間の免許を取得した西武鉄道は、村山線を高田馬場駅から新宿駅まで延伸することとなった。しかし新宿周辺の区画整理がなされていなかったため、1952年(昭和27年)3月25日に西武新宿駅までを暫定的に開業した。これにともない、当時「西武線」もしくは「村山線」と呼ばれていた路線は「新宿線」と改称された。西武新宿駅は仮駅のまま営業を続け、新宿駅東口の再開発を待っていた。
もともと、当駅の周辺は角筈と呼ばれた地域だった。当駅の場所には都営バスの新宿車庫があった。西武新宿駅(角筈) - 新宿駅間は元々同社が1951年(昭和26年)まで所有していた新宿軌道線(西武軌道線、新宿 - 荻窪間、後の都電杉並線)の休止区間を東京都に譲渡せずそのまま免許線として保有し、また軌道も長年放置されていた。この軌道跡の所有権を根拠に、ゆくゆくは新宿駅まで延伸する計画だった。
1950年代終わり頃から、新宿東口駅舎を取り壊して駅ビルを建設する計画が立てられた。西武もこの計画に参加し、新宿線は駅ビルに乗り入れる予定になった。駅ビル設計図によると、西武線はビル2階に高架線で乗り入れ、2階には切符売り場・駅務室、1階にも駅務室が置かれる設計であった[33]。1961年(昭和36年)3月の『社内報西武』には、西武新宿線の新宿駅乗り入れ決定と、具体的な駅ビルの計画が報じられていた[34]。
新宿駅乗り入れ中止 [編集]
1964年(昭和39年)、国鉄新宿駅東口に「新宿ステーションビル」が完成した。ビル2階は西武線乗り入れを考慮した構造となっていて、実際にビルには旅客用の入口が開けられ、改札ラッチも搬入され、高架線の基礎もいくつか作られていた。しかし、島式ホーム1本の6両編成用発着線2線分というスペースしか確保できず、輸送量が急増していた西武新宿線のターミナルとするには狭すぎた。そのため、乗り入れ計画は中止された[33]。
西武新宿線が新宿駅乗り入れを断念した本当の理由には異説もある。堤康次郎の側近だった中嶋忠三郎によると、戦時中に東京西南部の私鉄を次々に東京急行電鉄(大東急)に組み入れた五島慶太は、旧西武鉄道(現在の西武新宿線など)も狙っていた。1944年(昭和19年)に堤康次郎は旧西武鉄道・武蔵野鉄道・食糧増産の3社を合併する申請を出したが、五島と手を結んだ鉄道総局長官の堀木鎌三は許可を出さず、さらに西武系を分割するように圧力をかけてきた。堤はこの交通統制に懲りて西武鉄道の都心乗り入れを一切やめたという。中嶋は新宿東口までの延伸を主張したが、堤の意向で歌舞伎町の所で切られた[35]。
西武新宿線が新宿駅まで乗り入れていないのは、新宿駅東口の駅ビル建設に西武グループが反対していたからだという説もある。当時、まだ小規模であった西武百貨店池袋本店のある池袋に、当時百貨店として強力な力をみせていた三越・伊勢丹が池袋進出を検討していた。このうち新宿に本店を擁していた伊勢丹では東口駅ビルへの高島屋の新宿進出が取りざたされていて絶対阻止の構えであった。そこで伊勢丹が池袋出店計画をやめる代わりに西武が高島屋の新宿出店を反対するという取引が交わされ、駅ビル建設に反対する立場になった西武は新宿駅へ乗り入れられなくなった[32]。
ターミナルとなってから [編集]
1977年(昭和52年)3月3日、現在の位置にプリンスホテルとショッピングモールを取り込んだ地上25階・地下4階の駅ビルが完成。西武新宿駅はホーム2本、10両編成用発着線3本を有する恒久的ターミナルとなり、西武の新宿駅東口への乗り入れは完全に消えた[33]。1980年(昭和55年)10月には北口が開設された。
新宿線複々線化計画 [編集]
1980年代になって、西武新宿線の混雑を緩和する目的で、西武新宿 - 上石神井間に地下急行線を建設する計画が立てられた(西武新宿線#複々線構想を参照)。計画では地下線の西武新宿駅は現在の駅(-1.97 km)よりJR新宿駅寄り(-2.23 km、乗降場中心)になる、新宿プリンスホテルと丸ノ内線メトロプロムナードまでの間に設けられ、新宿駅各路線との乗り換えが便利になる計画であった。地下駅は有効長210 mの島式ホームで、駅舎は地下2階に設け、道路直下の地下1階はメトロプロムナードと靖国通り下の新宿サブナードを結ぶ連絡通路となる予定だった[36]。しかし、工事費の増大や輸送量の減少により、新宿線の地下複々線化計画は中止された。
バブル時代の再度の新宿南口延伸計画 [編集]
時はバブル時代の1980年代末、新宿駅南口の貨物駅跡地(現・タカシマヤタイムズスクエア)に百貨店の建設構想が浮上した。同地域への出店を目指して西武百貨店は1989年に、西武新宿駅から大深度地下線を建設して南口まで延伸させる計画とともに競争入札に挑んだが、歌舞伎町商店街の反対などもあり、さらなる好条件を示した高島屋に敗れた。選考にあたった東京都は「都内の出店バランスを考慮して高島屋に決めた」と発言している。これによって西武鉄道の新宿駅方面への延伸は完全に立ち消えになった。
1980年 - 現在 [編集]
- 1980年(昭和55年)
- 1982年(昭和57年)4月1日 - PRC導入。
- 1980年代初期(時期不明) - 硬券による乗車券類発売終了。自動券売機発売の裏が白いきっぷ(軟券)に更新。
- 1988年(昭和63年)4月1日 - きっぷ売り場の券売機を東口中央改札側・北口どちらもレオカード対応にすべて更新。自動改札機非対応の裏が白い乗車券類は自動改札対応の裏が茶色の磁気化券に統一。レオカード発売機導入。
- 1991年(平成3年) - 自動改札機導入。
- 1993年(平成5年)
- 1996年(平成8年) - 改札内特急券売り場窓口の半分を窓口から特急券券売機2台に改修。
- 1998年(平成10年)9月1日 - 終電後東口中央改札側きっぷ売り場全面改修。マップ型回数券発売対応自動券売機以外の従来の自動券売機をすべて更新。同時に北口もきっぷ売り場は未改修のまま、マップ型回数券対応自動券売機以外の自動券売機をすべて更新。すべて裏が茶色のものから裏が黒色の磁気化券に更新。定期券券売機導入。
- 1999年(平成11年) - パスネット導入にさきがけ、自動改札機更新。
- 2003年(平成15年) - SFレオカード発売機更新。
- 2004年(平成16年) - マップ型回数券発売対応券売機をタッチパネル式券売機に更新。
- 2006年(平成18年) - LED式発車ごあんない表示機を新しいものに更新。
- 2007年(平成19年)
- 2008年(平成20年)
- 北口きっぷ売り場全面改修。
- 定期券券売機更新。
- 2009年(平成21年)
- 3月14日 - 高田馬場 - 西武新宿(JR新宿)間の特殊連絡定期券「Oneだぶる♪」発売開始。
- 9月1日 - 東口中央改札側きっぷ売り場と北口の従来の券売機をタッチパネル式券売機にすべて更新。
- LED式発車ごあんない表示機の種別表示部分をフルカラーLEDに更新。
- 2013年(平成25年)3月16日 - 同日から発売される「西武横浜ベイサイドきっぷ」などのフリーきっぷに限って、東京地下鉄副都心線新宿三丁目駅との接続駅となる[3]。
付記 [編集]
北口から正面口までの間の歩道には、アメリカ合衆国各地および西武グループの施設があるリゾート地の方角を示したタイルが埋め込まれている。その歩道に面する商業施設は「アメリカン・ブルバード」である。
当駅の敷地は狭く、本来は2線しか入らないはずだったが、現在の構造にする時に3線としたため、東側ホームの一部は直下の歩道上に張り出ている。
隣の駅 [編集]
- 西武鉄道
- ■新宿線
- ■特急「小江戸」 始発・終着駅
- ■通勤急行(到着列車のみ)・■急行・■準急・■各駅停車
- 西武新宿駅 (SS01) - 高田馬場駅 (SS02)
脚注 [編集]
- ^ a b c d e f g 「駅別乗降人員(一日平均)の推移」No.4 2007年度〜2011年度 新宿線・拝島線・西武園線・国分寺線・多摩湖線・多摩川線 (PDF) - 西武鉄道
- ^ 西武線全駅で駅ナンバリングを導入します - 西武鉄道、2012年4月25日閲覧。
- ^ a b 「西武横浜ベイサイドきっぷ」、「西武東急線トライアングルチケット」を発売! (PDF) - 西武鉄道、2013年2月19日。
- ^ a b c d e f g 西武新宿駅 駅構内マップ - 西武鉄道
- ^ 特殊連絡定期券 - 西武鉄道
- ^ 各種おトクなパス 小江戸・川越フリークーポン - 小田急電鉄
- ^ おトクなきっぷのご案内 箱根フリーパス - 西武鉄道
- ^ 駅別乗降人員 2011(平成23)年度 1日平均 (PDF) - 西武鉄道
- ^ 東京都統計年鑑(平成2年)224ページ
- ^ 東京都統計年鑑(平成3年)230ページ
- ^ 東京都統計年鑑(平成4年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成5年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成6年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成7年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成8年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成9年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成10年) (PDF)
- ^ 東京都統計年鑑(平成11年) (PDF)
- ^ 東京都統計年鑑(平成12年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成13年)
- ^ a b c d e 「駅別乗降人員(一日平均)の推移」No.3 2002年度〜2006年度 新宿線・拝島線・西武園線・国分寺線・多摩湖線・多摩川線 (PDF) - 西武鉄道
- ^ 東京都統計年鑑(平成14年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成15年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成16年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成17年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成18年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成19年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成20年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成21年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成22年)
- ^ 高嶋修一 (2002). “西武鉄道のあゆみ―路線の役割と経営の歴史過程―”. 鉄道ピクトリアル (電気車研究会) 52 (4): 97-112(2002年4月臨時増刊号「西武鉄道」).
- ^ a b 広岡友紀 (2009). 日本の私鉄 西武鉄道. 毎日新聞社. pp. 198. ISBN 978-4-620-31938-4.
- ^ a b c 新宿歴史博物館(編) (1993). ステイション新宿. 新宿歴史博物館. pp. 116.
- ^ H.FUKU.. “新宿乗り入れ・年表”. 西武グループの歴史. 2009年8月26日閲覧。
- ^ 中嶋忠三郎 (2004). 西武王国―その炎と影 ―狂気と野望の実録―. サンデー社. pp. 287. ISBN 4-88203-041-1.
- ^ 黛雅昭 (1992). “複々線計画の概要”. 鉄道ピクトリアル (電気車研究会) 42 (5): 68-72(1992年5月臨時増刊号「西武鉄道」).
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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