船上山

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船上山
Senjyosan Byobu-iwa.JPG
船上山屏風岩
標高 687 m
所在地 日本の旗 日本
鳥取県東伯郡琴浦町
位置 北緯35度25分42.1秒
東経133度35分29.2秒
座標: 北緯35度25分42.1秒 東経133度35分29.2秒
山系 大山山系
船上山の位置
Project.svg プロジェクト 山
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船上山(せんじょうさん)は、鳥取県東伯郡琴浦町にある山である。大山山系の一つ。標高687メートル

概要[編集]

船上山少年自然の家

なだらかな山容が船底の形に似ていることからこの名がある。

船上山は古期大山火山の活動によって噴出した溶岩流が、長い間の浸食によって削られ、特異な山容を形成したと考えられている。船上山の断崖は有名で、溶岩の冷え固まった険しい断崖が数キロにわたって連なる。また、古期大山の活動によって生じたカルデラ外輪山とする説もある。山頂と横手道の間には屏風岩と呼ばれる岩がある。屏風岩には千丈滝(雄滝・雌滝)という滝がある。屏風岩の南の勝田川には鱒返滝(ますがえしたき)という滝があり、その上流には一枚岩渓谷という渓谷がある。

登山道入り口には船上山万本桜公園があり、毎年4月に船上山さくら祭りが開催され、町内外から多くの人が訪れる。公園内には、手作りのそばやうどん等の食事やお土産を提供するじげショップ「さくらの里」や、社会教育施設として多くの人々に利用されている鳥取県立船上山少年自然の家が併設されている。

また利水目的の船上山ダムがある。

歴史[編集]

船上山は山岳霊場として、和銅年間に赤衣上人か智積上人によって、智積寺として開基されたと伝えられる。智積寺は平安仏教の山岳霊場として多くの人々の信仰を集めた。南北朝時代の初めには、隠岐を脱出した後醍醐天皇伯耆の豪族・名和長年が迎え、船上山に行宮を築いた。後醍醐天皇方の名和長年と鎌倉幕府方の佐々木清高との間で激しい戦い(船上山の戦い)が繰り広げられた古戦場としても有名である。山頂付近の蒲ヶ原には行宮碑がある。後醍醐天皇の行宮の所在地は不明であるが、船上山神社の奥宮近くではないかと考えられている。1932年(昭和7年)に国の史跡に指定された。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]