山口貯水池
| 山口貯水池 Yamaguchi Reservoir |
|
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県所沢市勝楽寺25番地2 |
| 位置 | |
| ダム諸元 | |
| 有効貯水容量 | 19,528,000m³ m³ |
| 着工年/竣工年 | 1927年/1934年 |
| 備考 | 竣工:1934年3月 ダム頂標高:A.P122.820m ダムの頂幅:7.90m ダムの敷幅:184.55m ダムの高さ:34.98m ダム頂長さ:690.91m 満水位:20.00m 出水期制限水位:19.35m 出水期制限貯水量:18,309,000m³ 最大取水量:31.8m³/s 流域面積:7.180km² |
山口貯水池(やまぐちちょすいち、英称:Yamaguchi Reservoir)は狭山湖(さやまこ、英称:Sayama Lake)の通称でよばれる、埼玉県所沢市・入間市にある1934年(昭和9年)完成の東京都水道局水源管理事務所村山・山口貯水池管理事務所が管理する人造湖である。
多摩川(羽村市)の小作取水堰(小作・山口線)及び、羽村取水堰(羽村線)からの導水を主要な水源としているが、一部金堀沢・大沢などの天然の湧き水が流れ込む。湖の水は東村山市の東村山浄水場、武蔵野市の境浄水場へと導かれ、東京都の上水道として供給される。
1998年(平成10年)から2002年にかけて、堤体の上流側と下流側に腹付け盛土を行い堤体の断面規模を大きくする耐震強化工事を実施した。
北岸には根古屋城の城跡が存在する。隣接する東京都東大和市の村山貯水池(多摩湖)も同じ理由で作られた人造湖。1927年(昭和2年)完成。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 歴史・経緯
東京市の人口増加に対応した水源確保のため、埼玉県入間郡山口村(現在の所沢市)に1927年(昭和2年)から7年の歳月をかけ建設された。
貯水池は狭山丘陵の柳瀬川浸食谷を活用して造られた。工事にあたり村山貯水池の資材運搬と導水管(羽村村山線)工事の際に敷設した羽村-山口間の軽便鉄道を復活させて、砂利運搬に利用した。廃線跡の一部は東京都道253号保谷狭山自然公園自転車道線などのサイクリングロードとして整備されている。
[編集] 戦時中の補強工事
第二次世界大戦中、空襲による破壊に備えるため、既存の堤防の上に自然石とコンクリートによる耐弾層が施工された。高欄や親柱は耐弾層に埋められたが、後の平成の耐震工事の際に発見された。
[編集] 平成の耐震工事
1995年(平成7年)に起きた阪神・淡路大震災を契機とし、1998年(平成10年)から2002年11月にかけて堤防と取水塔の補強工事が実施された。
耐震工事とともに周辺の整備も行われ、以前はなかった堤防の途中に設けられた数カ所の階段や展望デッキも新設された。耐震工事前の堤防の道の両脇には石が敷き詰められていたが、新しい堤防はそれがなくなり、歩きやすくなった。新しい堤防の道は以前の堤防の雰囲気を残すためか、道と道の両脇の色が異なっている。
なお、耐弾層を除去した際に昭和初期の高欄や親柱が発見された。耐弾層が保護の役割をしていたため、当時の面影がきれいに残っていた。
[編集] 自然
湖畔は松やクヌギの雑木林で、緑豊かな武蔵野の情景を醸し出している。
春には、ソメイヨシノとツツジが咲き誇る名所でもある。2万本にも及ぶ桜が開花すると、湖周辺は花見を楽しむ家族連れなどで非常に賑わう。
周辺は県立狭山自然公園となっており、その美しさは埼玉の自然100選にも選出されている。狭山丘陵には「狭山丘陵いきものふれあいの里」と「さいたま緑の森博物館」が整備され、狭山丘陵の自然について学ぶことができる。
[編集] 交通アクセス
西武狭山線・山口線 西武球場前駅下車。徒歩17分。同駅はかつて(1951年から1979年まで)「狭山湖駅」と呼ばれていた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|||||||||||||||||||||||