ペナン州
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| ペナン州 Pulau Pinang بينانج 槟城 பினாங்கு |
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| — 州 — | |||
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| 標語:Bersatu dan Setia | |||
| 賛歌:Untuk Negeri Kita | |||
| ペナン州の位置 | |||
| 座標: 北緯5度24分 東経100度14分 / 北緯5.400度 東経100.233度 | |||
| 州都 | ジョージタウン | ||
| 行政 | |||
| - 与党 | 人民連盟 | ||
| - 州知事 | Tuan Yang Terutama Abdul Rahman bin Haji Abbas | ||
| - 州首相 | 林冠英 (Lim Guan Eng) | ||
| 面積 | |||
| - 計 | 1,046.3km2 (404mi2) | ||
| 人口 (2009年)[a] | |||
| - 計 | 1,578,000人 | ||
| - 人口密度 | 1,508.2人/km² (3,906.1人/mi²) | ||
| 人間開発指数 | |||
| - HDI (2009) | 0.851 (high) | ||
| 国際郵便番号 | 10000 - 19500 | ||
| 国際電話番号 | +604 | ||
| ナンバープレート | P | ||
| イギリスによる割譲 | 1786年8月11日 | ||
| 日本による占領 | 1942年 | ||
| マラヤ連邦 | 1948年 | ||
| 独立 | 1957年8月31日 | ||
| ウェブサイト | http://www.penang.gov.my | ||
| ^[a] ペナン島が 2,542.66人/km²、スブラン・プライが 1,099.60人/km² | |||
ピナン州(―しゅう、マレー語: Pulau Pinang)またはペナン州(英語: Penang)は、マレーシアの州 の一つである。中国語では檳城。
南北24キロメートル、東西15キロメートルのペナン島、東洋屈指の長大橋ペナンブリッジで結ばれる対岸のマレー半島部分のスブランプライにて構成される。
プラウ・ピナン(Pulau Pinang)とは、マレー語で「檳榔樹 Pinang の島 Pulau」を意味する。
目次 |
歴史 [編集]
詳細は「ペナンの歴史」を参照
- 7世紀頃 - モンスーン貿易の経路にあり、インド・アラブ方面、中国方面からの商人が寄港するようになる。
- 16世紀頃 - インドより出たポルトガルの商人が寄航するようになる。
- 17世紀頃 - マラッカ海峡の北側の玄関口として様々な国の船舶が通る。
- 1786年 - シャムの攻撃を恐れたクダ王国は、イギリスのフランシス・ライトによる提案にこたえて、イギリスがクダ王国に軍事援助することと引き換えにイギリス東インド会社にペナン島を賃貸した。この後、現在のペナン島を「プリンス・オブ・ウェールズ島」と改名、イギリス東インド会社の拠点として発展した。イギリスはイギリス人とマレー人の間の存在として華僑やインドのセポイといった移民を増やす政策を行った。
- 1791年 - シャムが隣国のパタニ王国(現在のタイ深南部三県)まで攻めて来たため、クダ王国は軍事援助の約束に従ってイギリスに派兵を要求したが断わられた。ここにイギリスはクダ王国を5年間も騙し続けていた事が発覚した。そのため、クダ王国は10,000人からなる大軍によるペナン島回復戦を計画したが、事前にフランシス・ライトに察知され、ペナンを取り返すどころか対岸の拠点スブランプライを奪われてしまい、ペナンをイギリスに明け渡すことになった。
- 1824年 - イギリス・オランダ両国にて、マラッカ海峡を中心とする地区の勢力範囲を定めた英蘭協約を締結。(イギリスはスマトラ島西海岸のベンクーレンとオランダのマラッカを交換し、ペナン、シンガポール・マラッカのいわゆる海峡植民地が完成)
- 19世紀終盤 - イギリスによるマレー半島全土の植民地体制が整う。
- 1941年 - 太平洋戦争勃発。日本、イギリスからペナンを含むマレー半島全土とシンガポールを奪取。
- 1945年 - 第二次世界大戦終戦。
- 1957年- -マラヤ連邦の独立。
- 1960年代 - 自由港の地位を失う。そのため地域経済が低迷し、失業者が街中にあふれる事となった。
- 1980年以降 - 東西交易の舞台から、工業地帯への変貌を遂げる。
地理 [編集]
- 民族構成:福建や潮州出身をはじめとするの中国系住民が59%と最も多い。次にマレー系住民が32%、インド系住民が7%。
- 位置:北緯5度、東経100度付近に位置する。
- 気候:熱帯に位置するため、年間通じて高温多湿。
州政府の地方行政区分 [編集]
- 北東郡(Daerah Timur Laut)
- 南西郡(Daerah Barat Daya)
- 中スプラン・プライ郡(Daerah Seberang Perai Tengah)
- 北スブラン・プライ郡(Daerah Seberang Perai Utara)
- 南スブラン・プライ郡(Daerah Seberang Perai Selatan)
地方自治体 [編集]
政治 [編集]
ペナン州は元々クダ州の土地であったが、イギリスにだまし取られてしまった歴史のため、独自の王(スルタン)を持たない。そのためマレーシア国王が州首相と協議して任命する任期4年の知事(ガバナー)が置かれる。知事は儀礼的存在であり、州政府の長は州議会の多数会派(与党)から選ばれる州首相である。
産業 [編集]
ペナンは「東洋の真珠」や「インド洋のエメラルド」とも呼ばれ[1]、古くからマレーシア有数のリゾート島である。一方で、対岸のバターワースはポート・クランと並ぶマレーシア屈指の港であり、バターワースやバヤンレパス空港周辺は外国資本の企業も数多く進出するマレーシアの工業の拠点となっている。
交通 [編集]
空港 [編集]
- ペナン国際空港 - ペナン島南部にあり、国内外へ就航している。
鉄道 [編集]
- ペナン・ヒル鉄道 - ペナン島内には観光用ケーブルカーが有る。
- マレー鉄道 - 本島連絡鉄道が無いが、対岸にバターワース駅があり、シンガポールやクアラルンプール、タイのハジャイ、バンコクとも結ばれている。
ペナン島内にLRT鉄道建設の構想がある。
港湾 [編集]
ジョージタウンとバタワース間には、フェリーが24時間運航している。
また、インドネシアのメダンやクダ州のランカウイ島と間にも定期航路がある。
バス [編集]
島内は数社のバス会社によってくまなく網羅されている。
ペナン島と本土主要都市間やシンガポール・タイとの間にも高速バスが運行している。
道路 [編集]
ペナンブリッジを経由して、半島部を縦断する南北高速道路とつながっており、クアラルンプールを経由しシンガポールへ結ばれている。
現在ペナン島内やウェレスレーの道路建設が急ピッチで行われている。
脚注 [編集]
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