伏木富山港
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伏木富山港(ふしきとやまこう)とは、富山湾沿岸に所在する伏木港(高岡市)、富山港(富山市)、富山新港(射水市)の総称である。港湾管理者は富山県。港湾法上の特定重要港湾に指定されており、正式には伏木港を「伏木富山港 伏木地区」、富山港を「伏木富山港 富山地区」、富山新港を「伏木富山港 新湊地区」と呼ぶ。なお、港則法上の特定港にも指定されている。
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[編集] 概要
富山県の主要な港湾で、富山県を含む北陸工業地域、延いては中華人民共和国、大韓民国、ロシアなど、環日本海圏の交易拠点として重要な役割を担っている。
[編集] 旅客航路
極東船舶会社(FESCO)が伏木港とウラジオストクを結ぶ旅客航路(月に2便~5便)を運航している。
[編集] 歴史
- 746年:大伴家持が越中国国守として国府のあった伏木に赴任、当地で5年を過ごし多数の和歌を詠む。
- 江戸時代:伏木港が西回り廻船・北国廻船の寄港地として栄える。
- 1875年:地元廻船問屋の藤井能三の働きかけにより伏木港が岩崎弥太郎の三菱商会の汽船定期航路の寄港地となる。
- 1877年:日本海側で最初の洋式灯台「伏木燈明台」が完成[1]。
- 1899年:伏木港が開港場に指定される[1]。
- 1939年:富山港が開港場に指定される。
- 1951年:伏木港と富山港が「伏木富山港」として統合し、重要港湾に指定される。
- 1968年4月21日:富山新港が開港。
- 1986年6月17日:「伏木富山港」が特定重要港湾に指定される。
[編集] 施設
[編集] 埠頭
[編集] レジャー施設
[編集] 環境
伏木富山港のヘドロにはダイオキシン類が含まれており、その面積は41haで、環境基準を超過する汚染底質量は286千m3であり、底質汚染のダイオキシン類濃度は160~10,000 pg-TEQ/gと国土交通省が発表している。
[編集] 脚注
- ^ a b 伏木港開港百周年を記念して、1999年に近代伏木港開港の祖である藤井能三が建設に尽力した初代灯台をかたどったデザイン灯台の伏木外港万葉東防波堤灯台が建設された。
- ^ 「万葉」の名は大伴家持が越中国国守として伏木にいた時に詠んだ和歌が万葉集に収録されていることによる。
- ^ 大伴家持「奈呉の海人の 釣する船は 今こそば 船棚打ちて あへて漕ぎ出め」の「奈呉」とは射水市(旧新湊市)の放生津周辺の海の古名。
[編集] 外部リンク
- 伏木富山港湾事務所(国土交通省北陸地方整備局)
- 伏木港事務所、富山港事務所、富山新港管理局 - 富山県
- 富山新港元気の森公園(富山県射水市)
- 伏木港開港の祖、藤井能三 - 社団法人日本埋立浚渫協会

