西洋環境開発

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株式会社西洋環境開発
The Seiyo Corporation
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
〒170-6090
東京都豊島区東池袋三丁目1-1 サンシャイン60
設立 1949年12月26日
(尼ヶ崎化学肥料株式会社)
業種 サービス業
事業内容 住宅事業、リゾートレジャー事業、都市開発事業の開発
代表者 太田紘(代表取締役社長)
資本金 1,000万円(2002年時点)
従業員数 307人(2000年時点)
決算期 3月末日
主要株主 西武百貨店(40%)
アクロス(13%)
西友(13%)
クレディセゾン(13%)
西洋フードシステムズ(6%)
主要子会社 #子会社を参照
関係する人物 堤清二(代表取締役相談役)
特記事項:2000年に精算会社となる。
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株式会社西洋環境開発(せいようかんきょうかいはつ)は、日本にかつて存在した不動産デベロッパー。本社は東京都豊島区にあった。

目次

[編集] 概要

アーティスティックな活動で注目されたセゾングループにおいては、不動産開発の印象は薄いが、堤清二は「生活総合産業」を謳い、本業である小売業の域から脱することを目論んだ。しかし、バブル崩壊で多額の負債を抱え、2001年特別清算された。西洋環境開発の巨額の負債が、セゾングループ解体の大きな要因となった。

1972年に西武化学工業(現・朝日工業)が、西武グループの西武鉄道グループと西武流通グループ(セゾングループ)への分割の際に、西武流通グループに入り、不動産・レジャー部門が西武都市開発として分離・独立、後に横浜の不動産会社・太洋不動産興業と合併した。1986年に両社の名前の一部をとり、西洋環境開発へ社名を変更した。

大規模な土地の買い占めは、1960年代から滋賀県宮城県群馬県を中心に始まっており(当時で800億円の借入金)、その当時もすでにメインバンクから金利減免の措置を受けていた。このような不動産開発事業への傾注は、セゾングループのトップであった堤清二による、父堤康次郎の事業の中核部分を引き継いだ異母弟義明への対抗心からではないかとも言われる。

[編集] おもな開発例

[編集] 子会社

約30社のうちの代表例

[編集] 沿革

  • 1949年12月26日 : 国土計画興業株式会社(後のコクド)が肥料部門を分離し、尼ヶ崎化学肥料株式会社として設立する。
  • 1950年8月29日 : 尼崎肥料株式会社へ商号変更する。
  • 1955年3月 : 朝日化学肥料株式会社へ商号変更する。
  • 1960年9月 : 日本ニッケル株式会社の鉄鋼部門を吸収し、西武化学工業株式会社へ商号変更する。
  • 1966年3月 : 初の大規模住宅開発となる、多田グリーンハイツの分譲を開始する。
  • 1970年6月 : 西武流通グループ(後のセゾングループ)へ移管する。
  • 1972年1月1日 : 不動産開発事業を行う西武都市開発株式会社を存続会社とし、肥料・飼料・鉄鋼事業を行う西武化学工業株式会社(後の朝日工業)を分離設立する。
  • 1972年5月1日 : 西武都市開発株式会社が、株式会社ディベロッパー西武を吸収合併する。
  • 1986年1月 : 西武都市開発株式会社が、太洋不動産興業株式会社および株式会社シティクリエイトと合併し、株式会社西洋環境開発へ商号変更する。
  • 1987年9月 : 住流通事業部を、株式会社ハウスポート西洋として分離する。
  • 2000年7月18日 : 東京地方裁判所特別清算開始を申立て、臨時株主総会で解散決議する[1]。負債は約5,538億円。
  • 2001年7月6日 : 特別清算協定認可される。
  • 2002年2月25日 : 臨時株主総会で資本金を1,000万円とする[2]

[編集] 脚注

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  1. ^ 同年7月24日、『官報』第2917号28ページ「解散公告(第一回)」
  2. ^ 同年2月26日、『官報』第3308号26ページ「資本減少公告」
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