明治安田生命保険

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明治安田生命保険相互会社
Meiji Yasuda Life Insurance Company
Meiji-Life-Insurance-Building-02.jpg
明治生命館及び、明治安田生命本社ビル。
種類 相互会社
略称 めいやす、明安、MY
本社所在地 日本の旗 日本
100-0005
東京都千代田区丸の内2-1-1
設立 1881年(明治14年)7月9日1947年(昭和22年)
代表者 根岸 秋男(取締役代表執行役社長)
総資産 34兆3,177億円
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明治安田生命保険相互会社のデータ
英文社名 Meiji Yasuda Life Insurance Company
種類 相互会社
資本金・基金 6,700億円(基金総額)
保険料等収入 3兆6,162億円
SM比率 945.5%
従業員数 37,129人(うち営業職員:28,731人)
格付け AS&P
A+ (日本格付研究所)
AA-R&I
関係する人物 荘田平五郎
安田善次郎
イメージキャラクターの節も参照
外部リンク http://www.meijiyasuda.co.jp
特記事項:
経営指標は特記なき場合は2013年(平成25年)度第3月期決算におけるもの。基金は2014年3月末現在。
格付けは2012年5月1日現在。
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明治安田生命保険相互会社(めいじやすだせいめいほけん、英称Meiji Yasuda Life Insurance Company)は、東京都千代田区本社を置く日本の生命保険会社

概説[編集]

日本最初で最古の生命保険会社である。

三菱グループ(旧・三菱財閥系)の明治生命保険と、芙蓉グループ(旧・安田財閥系)の安田生命保険が、旧財閥・企業グループを越えて合併し発足。当時、比較的健全と見られていた両社の合併に生保業界のみならず経済界全体に大きな衝撃が走った。

総資産においては、合併により住友生命保険を抜き、日本生命保険第一生命保険に次ぐ業界第3位(のちに郵政民営化によりかんぽ生命保険が誕生したことで4位になった)となり、大手生保4社(かんぽ生命保険を除く)の一角に数えられる。また、合併により団体保険の保有契約高において1位となったが、これは、旧明治生命が、三菱グループ各社を始めとする民間企業向けの団体保険に強く、一方の旧安田生命が官公庁向けの団体保険に強かったためである。

沿革[編集]

  • 1880年(明治13)1月 - 安田生命の前身である「共済五百名社」が安田善次郎により設立。
  • 1881年(明治14)7月 - 福澤諭吉門下の阿部泰蔵水上瀧太郎の父)らにより有限明治生命保険会社設立。
  • 1947年(昭和22)6月30日 - 安田生命保険相互会社設立(1951年まで光生命保険の名称を使用[1])。
  • 1947年(昭和22)- 明治生命保険相互会社設立。
  • 2004年(平成16)1月1日 - 明治生命保険相互会社を存続会社として安田生命保険相互会社と合併し明治安田生命保険相互会社と名称変更。

系列[編集]

明治安田生命新宿ビル(旧・安田生命本社)

同社は、三菱金曜会三菱広報委員会の会員企業であり、芙蓉会の幹事役でもある。

存続会社が明治生命保険であるのと、芙蓉グループが属するみずほグループには他にも生命保険会社がある(第一生命保険富国生命保険朝日生命保険)ため、三菱グループ系とみなされることが多く、現に三菱東京UFJ銀行とは中小企業分野における業務提携を行っている[2]。だが、一方でみずほフィナンシャルグループ(旧富士銀行)、第一生命保険損害保険ジャパン(旧安田火災海上保険)と共同で新入学児童への交通安全ワッペンの配布活動[3]を行うなど、芙蓉グループとのつながりも依然として強い。

このように、三菱UFJフィナンシャルグループと、みずほフィナンシャルグループの両方に結び付きをもつため、両行において明治安田生命保険の保険商品が販売されている。近年は独立系だがUFJグループと親密だった日本興亜損害保険に接近している。一方、関係が良好とは言えなかった東京海上日動火災保険(三菱グループの東京海上火災保険と芙蓉グループの日動火災海上保険が合併)だが、2011年10月を目途に同社の保険商品を販売することとなった。 子会社に明治安田損害保険(2005年に明治損害保険と安田ライフ損害保険が合併)があるが、法人向けのみに特化した業務のため知名度は低い。2001年に安田生命とイギリスのダイレクトグループの共同出資による安田ライフダイレクト損害保険も設立されたが、こちらは2004年に日本興亜損害保険に譲渡し、そんぽ24損害保険となった。

最古の歴史[編集]

前身会社である明治生命保険も安田生命保険も歴史は古く、共に明治初期の創業である。明治生命保険は1881年(明治14年)7月9日に日本最初の生命保険会社として設立された。一方の安田生命保険も1880年(明治13年)に日本最古の生命保険組織として結成された共済五百名社をその起源としている。古いしきたりが残っている所以でもある。

このため、合併前の両社はそれぞれ「当社こそ日本初の生保」と最古の歴史を誇示し宣伝競争を行っていたが、両社の合併で自然収拾した。一体となったことで争う理由が消滅したからである。

なお、安田生命保険の会社としての設立は、1894年(明治27年)。先の共済五百名社の運営に行き詰まった創業者の安田善次郎が、矢野恒太の「相互主義」に賛同し、両者[4]を中心に共済生命保険が設立された事による。

重要文化財・明治生命館[編集]

旧明治生命の旧本社屋(明治生命館)は、大正から昭和初期にかけて日本建築界の重鎮であった、岡田信一郎の代表作であるとともに、遺作である。同じ建築家による歌舞伎座(戦災をうけ一部改築を受けている)の建て替えがすでに発表されているため、明治生命館は日本近代建築史を語る上でますます貴重な存在であるといえる。平成9年5月には昭和時代の建築物として初めて重要文化財に指定された。近年、隣接地に明治安田生命ビルが新築された際には、それにあわせて外壁の洗浄や破損部の修復などが行われた。内部は今日も「丸の内お客様ご相談センター」として現役で活用されており、土日には一般公開も行われている。

主な関連会社・団体[編集]

国内[編集]

  • 明治安田損害保険株式会社(損害保険事業を営む完全子会社)。
  • MDAMアセットマネジメント株式会社(投資顧問・投資信託委託事業を営む子会社)。
  • 明治安田システム・テクノロジー株式会社(明治安田系企業を中心にシステムの開発・運用管理を行う企業)。
  • 株式会社 BTS(システム営業・コンサルティングを事業とする)。
  • 株式会社明治安田生活福祉研究所(明治安田生命グループが100%の株式を保有する介護や福祉等の調査・研究企業)。
  • 明治安田スタッフサービス株式会社(明治安田生命本体を中心とする労働者派遣事業および明治安田生命職員を対象とする福利厚生事業を行う企業)

海外[編集]

  • パシフィック・ガーディアン生命
本社:ハワイ州ホノルル市。明治安田生命の100%米国子会社。1976年に旧明治生命が同社の株の過半数を取得し、日本の生命保険会社として初めて米国生命保険会社に経営参加した。1985年には100%子会社化。1991年に旧明治生命が株式の100%を取得したハワイアン生命と合併し、ハワイ州内最大の生命保険会社となった。

財団法人[編集]

  • 財団法人明治安田厚生事業団
  • 財団法人明治安田こころの健康財団
  • 財団法人明治安田クオリティオブライフ文化財団
公募制度によって、「音楽分野」と「地域の伝統文化分野」に対する助成を行っている。「音楽分野」では、若手のクラシック音楽家の海外留学を支援しており、「地域の伝統文化分野」では、地域の伝統文化の維持継承や後継者の育成を支援している。

特筆すべき最近の不祥事[編集]

2005年 告知義務違反 保険金未払い[編集]

  • 2月20日 - 告知義務違反の教唆等の不祥事が発覚、金融庁長官から団体保険及び団体年金保険を除く保険契約の締結及び保険募集[5]を2005年3月4日から3月17日までの間(2週間)停止させる、国内保険業界で史上最長となる業務停止命令を受ける。
  • 7月5日 - 90件の保険金等の不払い契約の存在を公表。
  • 10月28日 - 金融庁長官から、保険契約の締結及び保険募集の業務[6]を2005年11月4日から11月17日までの間(2週間)停止すること、業務改善計画の実施状況によって確認されるまでの間、「無期限」で新規商品の販売についての認可の申請並びに届出に関する業務を停止することとの業務停止命令[7]を受ける。
  • 2月20日に、告知義務違反の教唆等の不祥事が発覚し、2週間の業務停止命令が国より下された。だが、それで事態は収まらず、同年7月5日には、約15億円以上の保険金未払いの問題が発生し、金子亮太郎社長、宮本三喜彦会長が辞意を発表するにまで至った。
なお、これが保険金不払い事件の発端となり、明治安田生命保険だけではなく、保険業界全体のモラルが問われる問題へと発展していく事となる。また、同社が明治生命時代から長年スポンサーになっていた日本テレビ系の伊東家の食卓では、これらの不祥事を受け一時的にスポンサーが公共広告機構(現:ACジャパン)や東芝などに差し替えられた。

2005年以降 集団訴訟[編集]

  • 2009年(平成21年)9月 - 大阪市内で保険外交員として勤務していた女性6人が、当時の男性所長からパワーハラスメントを受けていたとして、同社およびこの所長に対して損害賠償を求める集団訴訟をおこすとした。
※この事件では女性が同社の本社コンプライアンス部門に内部通報したが、しかるべき対応を行わず所長に通報があった事を通知するなどしていた[8]

マイハピネスフォトコンテスト[編集]

マイハピネスフォトコンテストは、同社が2003年以来、毎年主催している写真コンテストであり、入賞作品は小田和正の歌をBGMにした同社のイメージCMの背景として使用される。「単一テーマとしては国内最大級の写真コンテスト[9]」である。応募の対象は、家族、友人、恋人、動物など2人以上のモデルからなる「しあわせな瞬間(とき)」を収めた写真である。また、入賞作品の発表後には、東京丸ノ内MY PLAZA アトリウム(明治安田生命ビルと明治生命館の間にある、ガラス屋根のかけられた公開スペース)において入賞作品展も開催される。

広告関係[編集]

イメージキャラクター[編集]

現在

  • 小泉今日子(2013年10月26日~)
  • 片桐はいり(2013年10月26日~)
  • うさりん(企業イメージキャラクター、2010年~)
  • かめろん(企業イメージキャラクター、2013年~)

過去 (旧明治生命)

(旧安田生命)

(明治安田生命)

CMソング[編集]

現在

『たしかなこと』と『言葉にできない』は、マイハピネスフォトコンテスト入賞作品を背景に使用した企業イメージCMに使用。
『今日も どこかで』と『ダイジョウブ』は特別協賛している小田のツアーの応援CMに使用。
同年12月25日に放送の『クリスマスの約束』(TBS系列)内のCMに使用。

過去

(旧明治生命)

  • 明治生命スーパーライフCMイメージソング
  • 明治生命CMソング
    • 渡辺美里『Power -明日の子供-』(1990年)
    • 渡辺美里『卒業』(1991年)
    • 渡辺美里『夏が来た!』(1991年)
    • 渡辺美里『クリスマスまで待てない (雪だるま Version)』(1991年)
    • 渡辺美里『泣いちゃいそうだよ』(1992年)
    • TUBE『もう負けないよ』(1994年)
    • TUBE『Horizon』(1994年)
    • TUBE『君に賭けるよ」(1994年)
    • TUBE『いつかの君よ...』(1995年)
    • TUBE『Only Good Times』(1996年)
    • TUBE『Purity 〜ピュアティ〜』(1997年)
    • TUBE『Open your everything』(1997年)
    • TUBE『Yes,I Know』(1998年)
    • TUBE『この夏一番熱いLoveSong』(1998年)
    • 小田和正『言葉にできない』(1999年~2003年、2008年~)一時期、小田のライブ映像が使われたことがあった。
    • 野猿Chicken guys』(2000年)
    • 野猿『太陽の化石』(2000年)
    • 野猿『star』(2001年)
    • ビリー・ジョエル『The Longest Time(ロンゲストタイム)」(2008年)

(旧安田生命)

  • 安田生命ヴァイタル・パッケージCMイメージソング
    • 大黒摩季『風になれ』(1997年)

現在の提供放送番組[編集]

以前の提供放送番組[編集]

関連項目[編集]

旧明治生命と関係が深い。東京海上グループ
MY新宿第2ビル(旧安田生命第2ビル)にある。現在ビルはヨドバシカメラが所有権を保持している。

脚注[編集]

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  1. ^ 財閥名称使用禁止に伴うもの。
  2. ^ 2007/12/11付ニュースリリース「明治安田生命保険と三菱東京UFJ銀行の中小企業分野における業務提携について
  3. ^ 公式ホームページより「社会貢献活動 黄色いワッペン
  4. ^ なおその後、矢野は他の経営陣と対立して袂を分かち、第一生命保険を創業する。
  5. ^ 自動継続による契約の更新を除き、生命保険募集人に委託しているものを含む。
  6. ^ 自動継続による契約の更新を除き、生命保険募集人に委託しているものを含む。
  7. ^ 新商品の認可申請等に関する業務停止命令は2006年7月6日に解除。
  8. ^ 明治安田生命:女性外交員6人、パワハラ集団提訴へ 所長ら相手取り(毎日新聞)
  9. ^ 2008/10/01付ニュースリリース「明治安田生命2008 マイハピネスフォトコンテスト開催!
  10. ^ かつては競合企業の1つであるアリコジャパン(現:メットライフアリコ)のCMにも出演していた。
  11. ^ 2004年、2005年の同社の不祥事に伴い、他社に差し替える等の対応をしていたが、2006年1月6日に提供スポンサーに復帰している。
  12. ^ 2005年の同社の不祥事に伴い、公共広告機構(現:ACジャパン)の啓発CM(2月 - 3月、7月 - 9月)や東芝など他社スポンサー(10月 - 12月)に差し替えで対応していたが、2006年1月に提供スポンサーに復帰している。

外部リンク[編集]