初鷹 (急設網艦)
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| 艦歴 | |
|---|---|
| 計画 | 1937年(マル3計画) |
| 起工 | 1938年3月29日 |
| 進水 | 1939年4月28日 |
| 就役 | 1939年10月31日竣工 |
| その後 | 1945年5月16日戦没 |
| 除籍 | 1945年8月10日 |
| 性能諸元 | |
| 排水量 | 基準:1,600t 公試:1,890t |
| 全長 | 91.0m |
| 全幅 | 11.3m |
| 吃水 | 4.0m |
| 主缶 | ロ号艦本式混焼缶3基 |
| 主機 | 艦本式タービン2基2軸 6,000hp |
| 速力 | 20.0kt |
| 航続距離 | 3,000 NM /14kt (石炭:206t 重油:53t) |
| 乗員 | 199名 |
| 兵装 | 40mm連装機銃2基4挺 防潜網6カイリ分 もしくは九三式機雷100個 爆雷18個 |
初鷹(はつたか)は、日本海軍の敷設艦。初鷹型急設網艦の1番艦。
目次 |
[編集] 概要
マル3計画艦。白鷹の改良型。防潜網6カイリ分、または九三式機雷100個を搭載可能。
昭和16年に入り中支、南支方面進出。緒戦はバレンバン攻略作戦支援などに参加。その後はペナン方面での船団護衛に活躍。昭和20年5月16日戦没。
[編集] 艦歴
- 1938年3月29日 播磨造船所で起工
- 1939年4月28日 進水
- 10月31日 竣工
- 1942年2月26日 第1南遣艦隊第9根拠地隊に編入、以後はペナン、シンガポール方面で主に船団護衛任務
- 1945年5月3日 アメリカ海軍潜水艦『ラガート (Lagarto, SS-371)』をタイランド湾(北緯07度55分 東経102度00分 )で撃沈
- 1945年5月16日 マレー沖にてアメリカ海軍潜水艦「ホークビル」の雷撃を受け戦没
- 8月10日 除籍
[編集] 歴代艦長
[編集] 艤装員長
- 稲垣義龝 大佐:1939年8月1日 -
[編集] 艦長
- 稲垣義龝 大佐:1939年10月31日 -
- 門前鼎 大佐:1939年11月15日 -
- 松下武雄 大佐:1940年10月15日 -
- 吉川唯喜 中佐:1941年8月15日 -
- 土井申二 大佐:1942年12月22日 -
- 尾崎隆 少佐:1944年10月10日 -
[編集] 同型艦
[編集] 参考文献
- 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第14巻 小艦艇Ⅱ』(光人社、1990年)
- 外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年。 ISBN 4-7698-1246-9
[編集] 関連項目
| 大日本帝国海軍の敷設艦 |
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敷設艦 : 津軽 [I] | 阿蘇 | 勝力 | 常磐 | 厳島 | 八重山 | 沖島 | 津軽 [II] | 箕面 |