雪風 (駆逐艦)
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| 艦歴 | |
|---|---|
| 計画 | マル3計画 |
| 起工 | 1938年8月2日 |
| 進水 | 1939年3月24日 |
| 就役 | 1940年1月20日 |
| その後 | 1947年7月6日に賠償艦として中華民国へ引き渡し(丹陽) |
| 除籍 | 1966年(丹陽) |
| 性能諸元 | |
| 排水量 | 基準:2,033トン |
| 全長 | 118.5メートル |
| 全幅 | 10.8メートル |
| 吃水 | 3.8メートル |
| 機関 | 艦本式衝動タービン2基2軸 ロ号艦本式缶3基 52,000馬力 |
| 最大速力 | 35.5ノット |
| 航続距離 | 18ノット/5,000海里 |
| 兵員 | 239人 |
| 兵装(新造時) | 50口径三年式12.7cm連装砲:3基 九六式25mm連装機銃:2基 九二式61cm四連装魚雷発射管:2基 (九三式魚雷16本) 九四式爆雷投射機:1基 爆雷投下台:6基 爆雷:18乃至36個 |
| 兵装(終戦時) | 50口径三年式12.7cm連装砲:2基 九六式25mm3連装機銃:5基 九六式25mm単装機銃:14基 九二式61cm四連装魚雷発射管:2基 (九三式魚雷16本) 九四式爆雷投射機:1基 爆雷投下軌条:2基 |
| 水測装置 | 九三式探信儀 九三式聴音機 |
雪風(ゆきかぜ)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。陽炎型の8番艦である。太平洋戦争を戦い、当時の艦隊型新鋭駆逐艦であった、朝潮型駆逐艦、陽炎型駆逐艦及びその改良型夕雲型駆逐艦、そして「島風」の計50隻の中で唯一終戦まで生き残り「奇跡の駆逐艦」と呼ばれた。日本海軍の駆逐艦は、激戦区に投入され非常に損耗率が高かったが、本艦は、戦果を上げつつほとんど無傷で終戦を迎えた。
目次 |
[編集] 「雪風」としての戦歴
雪風は1940年1月20日に佐世保海軍工廠にて竣工。初戦は1941年12月8日、フィリピンのレガスピーに対する攻撃である。その後もミッドウェー海戦、ガダルカナル島の戦い、マリアナ沖海戦(座礁によるスクリュー損傷のため補給部隊の護衛として参加)、レイテ沖海戦(機関不調のため最大速力発揮できず)、航空母艦「信濃」護衛、戦艦「大和」の水上特攻等、16回以上の主要な作戦に参加し、さらに艦艇、輸送船などの護衛に勤めた。
1943年8月6日から9日までは、わずか3日間だけであったが、第八艦隊旗艦を務めている。駆逐艦が艦隊旗艦となるのは極めて珍しい記録。戦艦「金剛」のレイテ海戦後本土回航時の護衛(台湾海峡にて被雷沈没)や空母「信濃」の回航時(潮岬沖にて被雷沈没)や戦艦「大和」の沖縄水上特攻作戦(坊ノ岬沖海戦。航空機約400機の猛攻を受け艦隊10隻中帰還4隻のみ)に同行するも全てほぼ無傷で帰還した(「涼月」(大破)、「冬月」(中破)、「初霜」(無傷)と共に)。
呉軍港空襲の際、雪風は稼働可能な状態であったため軍港内を走り回って攻撃を回避しながら敵機を2機撃墜した。(この頃の米軍機を撃墜するのは艦艇では至難の技だったのでこの戦果は大きかった)連合国からも第二次世界大戦最優秀艦と賞された、[要出典]。
雪風の武名は海軍内で有名であり、各艦隊とも雪風が作戦に共同するときは士気が上がったという。同様の幸運艦には呉の雪風 佐世保の時雨と謳われた「時雨」(スリガオ海峡海戦での西村艦隊唯一の生存艦、昭和20年1月戦没)や「瑞鶴」(エンガノ岬沖海戦にて戦没)もあったが終戦まで幸運が続いた例は希有であった。一方で常に雪風の損害が軽微だったのに対し僚艦は大破・沈没して多数の戦死者を出すことが多かったため、雪風を「死神」と呼んで同航することを嫌がる他艦の乗組員も多かったという話も残っている。
なお、戦争後期には、50口径三年式12.7cm連装砲のうち、2番砲塔(艦尾側)を撤去して九六式二十五粍高角機銃3連装2基を設置するなど、九六式二十五粍高角機銃(3連装、単装)がハリネズミのように増設され、対空装備の強化が図られた。
また、電探(レーダー)は前部マストに対水上用22号、後部マストに対空用13号が装備された。
敗戦後は武装を全て外されたものの、復員輸送艦として活躍。この活躍により、祖国の土を踏んだ将兵は1万3千人以上にもなるという。その中には後に漫画家として有名となる水木しげるもいた。
『雪風』の武勲は戦後も高く評価され、戦後国産護衛艦「はるかぜ型護衛艦」の2番艦は「ゆきかぜ」と命名されるなど、海上自衛隊でも伝承されている。(「ゆき」が艦名に拝領される艦は幸運艦との験担ぎが生まれ、海上自衛隊でもっとも量産された艦は「はつゆき型護衛艦」である。)
[編集] 「丹陽」として
復員輸送の任務を終え、戦時賠償艦として連合国へ引き渡される事となったが、乗組員たちは自棄になって手を抜く事をせず、最後まで入念に整備し、連合国側から「敗戦国の軍艦でもかくも見事に整備された艦を見た事が無い。まさに驚異である」と感嘆され、乗組員は米海軍から感状を授与されたという。
1947年7月6日、賠償として中華民国に引き渡された雪風は「丹陽(タンヤン)」(DD-12)と名を改め、駆逐艦ながら中華民国艦隊旗艦として迎えられた。「丹陽」とは中国江蘇省の小都市名であるとともに、字義通り「赤い太陽」の意味でもあり、大日本帝国海軍由来の艦艇であることを堂々と示唆していることをみても、中華民国海軍が相応の敬意を払って自軍に受け入れたことは想像に難くない(ただし、戦利品の日本駆逐艦の中華民国名は、全て、縁起の良い「〜陽」名であるため、この「敬意と解釈可能なもの」は特に「雪風」のみではない。しかし、戦争末期の殺伐とした頃に建造された他の生き残り駆逐艦に対し、戦争初期で精神的な余裕があり、いわゆる「本土外」の方たちに対しても海軍軍人に誠意があった頃から活躍していた「雪風」に対し、好意的な感情を持つ中華民国人が多かったのは事実のようである。この事は司馬遼太郎のエッセイにも記述されている)。実戦にも参加したと言われ、1964年12月に行われた観艦式では無事な雄姿を見せたが、1966年除籍された。
旧乗員が中心となって結成された「雪風保存会」などの活動もあり、「最後の日本海軍艦艇」の日本への返還が希望され、実現一歩手前までこぎつけたとも言われるが、台風による浸水で損傷した為に不可能になり、1970年に解体された。なお、単に老朽化により解体されたという異説や、「賠償」と言う正当な経緯で中華民国の所有物となった「丹陽」に「購入」や「譲渡」ではなく「返還」と言う要求を行った日本側に対して、中華民国側が丹陽を解体することによって「返還」を婉曲的に拒絶したと言う異説もある(日本側として「返還」は極めて自然な感情ではあるが、中華民国側が「返還」を理不尽な要求だと判断するのは当然である)。1971年12月、中華民国政府より舵輪と錨のみが返還され、舵輪は江田島の旧海軍兵学校・教育参考館に、錨はその庭に展示されている。
なお、雪風は引き渡し時には武装撤去の状態であったが、再武装化に対し、後部の2番、3番砲塔を九八式10センチ高角砲を装備(おそらく同時に引き渡された「宵月」から換装)している(前部の1番砲塔は本来の50口径三年式12.7センチ砲 である)。その後弾薬補給の問題から米国式の砲に換えられている。米国式に換装後の武装は、オープントップの38口径5インチ単装両用砲3基(本来の主砲砲塔の位置に搭載)、オープントップの50口径7.6センチ単装両用砲2基(本来の魚雷発射管の位置に搭載)、ボフォース40ミリ連装機銃4基8門(初期)ボフォース40ミリ単装機銃10基10門(後期)、爆雷投下軌条となっている。
[編集] 歴代艦長
[編集] 艤装員長
- 田口正一 少佐:1939年8月1日 -
[編集] 艦長
- 田口正一 中佐:1939年12月5日 -
- 脇田喜一郎 中佐:1940年11月5日 -
- 飛田健二郎 中佐:1941年7月25日 -
- 菅間良吉 中佐:1942年6月23日 -
- 寺内正道 少佐:1943年12月10日 -
- 古要桂次 中佐:1945年5月10日 -
- 橋本以行 中佐:1945年11月20日 -(発令の翌日、インディアナポリス撃沈の証人として出頭が命じられ、ワシントン行きが決定した為、実際には着任せず)
- 佐藤精七 少佐:1945年11月27日 -
- 高田敏夫 少佐:1946年10月26日 -
- 東日出夫 中佐:1947年4月 - 8月
[編集] 同型艦
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[編集] 参考書籍
- 豊田穣『雪風ハ沈マズ 強運駆逐艦栄光の生涯』(光人社NF文庫:1993年) ISBN 4769820275
- 永富映次郎『駆逐艦雪風 誇り高き不沈艦の生涯』(出版協同社:初版1972年、改訂新版1980年)
[編集] 雪風のプラスチックモデルキット
- 1/350 有名艦船シリーズ「日本海軍 甲型駆逐艦 雪風」(ハセガワ )
- ハセガワ65周年企画として新規金型で2006年に発売。バリエーション2種。
- 「昭和十五年竣工時」(No.40063)
- 「“天一号作戦”」(No.Z22)
- 1/350 艦船シリーズ No.20 「日本駆逐艦 雪風」(タミヤ)
- 2008年発売。”天一号作戦”時を再現。
- 1/700 ウォーターラインシリーズ No.421 「雪風」(青島文化教材社)
- 1972年発売。旧版。
- 1/700 ウォーターラインシリーズ No.444 「雪風1945」(青島文化教材社)
- 2004年発売。新金型でリニューアルしたもので、旧版とは全く異なる。
- 上記の旧キットもいまだに市中に出回っていることがあるので注意が必要。
- 1/700 フルハルモデル「中華民国海軍旗艦 丹陽」(青島文化教材社)
- 2008年発売。ウォーターラインシリーズ「雪風1945」の金型を一部流用し、中華民国海軍駆逐艦時代の「雪風」=「丹陽」を喫水線下も含めて再現したもの。武装は第2次改装後の状態になっている。「丹陽」としては初の模型商品化である。
- 1/700 ワールドウォーシップシリーズ №W25。「日本海軍 駆逐艦 雪風」(ピットロード)
- ウォーターラインシリーズより金額は高めだが、精密感のある繊細な表現が売り。

