六五口径九八式一〇糎高角砲

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駆逐艦「春月」の4番砲塔
六五口径九八式一〇糎高角砲
使用勢力 大日本帝国海軍
採用年 1938年(昭和13年)
口径 100mm
砲身長 6,500mm(65口径)
初速 1,000m/秒
最大射程 18,700m
(19,500mとする資料もある)
最大射高 13,300m
(14,700mとする資料もある)
発射速度 19発/分(計画)
俯仰角 -10度から+90度
俯仰速度 16度/秒
旋回角
旋回速度 10.6度/秒
動力 電動油圧
重量 20.4トン(A型砲架)
33.4トン(A型砲塔)
要員
使用弾
弾薬包全長 1,163mm
弾薬包重量 28.2kg
弾丸重量 13kg
炸薬重量
装薬重量 5.83kg
信管 九八式時限信管
製造数 169門
備考

六五口径九八式一〇糎高角砲(65こうけいきゅうはちしき10せんちこうかくほう)は、日本海軍の開発した高角砲。通称長10センチ高角砲1938年(昭和13年)に採用された 。

概要[編集]

40口径12.7cm高角砲を開発した日本海軍は次期高角砲として長砲身砲を計画し、1933年(昭和8年)から試作砲によるデータ収集をはじめた。1935年(昭和10年)より本砲の設計を始め、1938年(昭和13年)正式採用された。

装填機構は40口径12.7cm高角砲と同じ半自動装填機構とし、装填手順、装填方法とも同じである。口径は一回り小さい10cmとした。砲弾の威力はおよそ半分となるが被害半径を考えると1:1.27となり40口径12.7cm高角砲と大差がない、とされ採用された。また長時間発砲でも発射速度が低下しないよう弾薬重量を抑えたのではないか、とも言われている。

本砲の最大の特徴は65口径という長砲身を採用したことである。これにより40口径12.7cm高角砲に対して最大射程、最大射高ともおよそ1.4倍となっている。

その反面、砲の命数は短く40口径12.7cm高角砲の1,000発に対して本砲は350発とおよそ1/3となっている。このため艦内工作でも砲身内筒を簡単に交換出来るようになっていた。しかしながら実際に交換の機会があったかどうかなどの詳細は不明。また砲塔の機構が複雑になり量産には適さなかったとも言われている。

本砲の発射速度は毎分19発とされているが秋月乗員によると毎分15発を目標として訓練を積んでおり、実際の戦闘ではそれも難しかったと証言している。また、揚弾筒の能力が1門当たり毎分15発であり、そのことからも毎分19発の連続射撃は不可能であることがわかる(砲塔内に即応弾があるため、一時的には可能かもしれない)。

形式[編集]

※現在大鳳搭載砲の盾に関しての正確な資料はない。

連装砲架[編集]

A型
大鳳搭載。盾付き(?)。動力は15kWモーター
A型改1
巡洋艦用。波よけ盾付き。大淀搭載。
A型改2
航空母艦用。煤煙よけ盾付き。大鳳搭載(?)。
A型改3
戦艦用。爆風よけ盾付き。戦艦信濃搭載予定。動力を40馬力水力発動機とする。

連装砲塔[編集]

A型
秋月型駆逐艦搭載。動力は20kWモーター

搭載艦船[編集]

本砲は秋月型駆逐艦の主砲として有名である。しかしその高性能ゆえの生産性の低さから、その他には空母大鳳と軽巡大淀に搭載されただけに終わった。戦後、高雄市の防空砲台に配備されていた2基の本砲が、日本から中華民国に賠償艦として引き渡されたのち中華民国海軍総旗艦となった駆逐艦丹陽に搭載して運用されていたことが明らかになっている[1]

参考文献[編集]

  • 歴史群像太平洋戦史シリーズ Vol.23 秋月型駆逐艦』(学習研究社、1999年) ISBN 4-05-602063-9 遠藤昭「高初速高角砲の開発」 p123~p127
  • 雑誌『丸』編集部『丸スペシャルNo19 駆逐艦朝潮型・秋月型』(潮書房、1978年)
  • 長谷川藤一『軍艦メカニズム図鑑 日本の航空母艦』(グランプリ出版、1997年) ISBN 4-87687-184-1
  • 歴史群像太平洋戦史シリーズ Vol.22 空母大鳳・信濃』(学習研究社、1999年) ISBN 4-05-602062-0

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『歴史群像太平洋戦史シリーズ Vol.45 帝国海軍真実の艦艇史 未発表写真と綿密な考証で明かされる秘められた新事実の数々』(学習研究社、2004年) ISBN 4-05-603412-5 第1章 台湾海軍の旧「雪風」は九八式10センチ高角砲を搭載していた!(田村俊夫) p96~p106