浦賀

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現在の愛宕山公園からの眺望、手前が西浦賀、奥が東浦賀

浦賀(うらが)は、神奈川県横須賀市東部にある地域。狭義には横須賀市浦賀またはそこに西浦賀町・東浦賀町を加えた区域、広義には町村制による明治の大合併で誕生したかつての三浦郡浦賀町付近を指す。アメリカマシュー・ペリー黒船で来航したことで有名な地である。

概要[編集]

三浦半島の東部に位置し、東京湾の湾口部、浦賀水道に面する。南南東から北北西へと深く海が切れ込み、浦賀港として利用されている。湾の入り口には住民の便のため市道の一部として東西を結ぶ「浦賀の渡船」が運行されている。

旧浦賀町域については、標高の高い山は無いものの山がちな地形で、海岸近くの平地に市街地が形成されている。しかし近年は京浜地域ベッドタウンとして発展し、山の上に住宅団地が造られている。また北方の丘陵地(小原台)には、防衛大学校が置かれている。

なお浦賀に含まれるのは、浦賀丘、浦賀、浦上台、小原台、鴨居、光風台、西浦賀、東浦賀、二葉、南浦賀、吉井の11地域である。

かつては住友重機械工業浦賀造船所(旧浦賀船渠。通称:浦賀ドック)があり、海上自衛隊の艦船の製造や修理が行われていたが、2003年平成15年)3月に閉鎖された。現在、跡地は野外ミュージアムとして整備される計画である。毎年8月には、浦賀みなと祭が開催され多くの人出がある。夜には花火大会も行われている。

歴史[編集]

1890年頃の浦賀

半島の中では比較的早くから発展した地域であり、戦国時代には浦賀城が築城されて後北条氏の水軍の拠点の1つになっていた。

江戸時代には江戸湾の入り口に位置することから廻船問屋や干鰯問屋が軒を連ねた。さらに1720年には江戸湾の警備の為に浦賀奉行が置かれ、万が一の事態に備えて砲台(浦賀砲台)も整備された。浦賀は、湾に出入りする船が必ず寄港する要衝となり隆盛を極めた。

1853年には沖合にマシュー・ペリー率いるアメリカ海軍艦隊が来航し(黒船来航)、浦賀奉行が応対に当たった末に近隣の久里浜(現横須賀市。当時は小さな漁村)に上陸することとなった。

このためペリー上陸の記念碑や記念館は久里浜にあるが、一般に来航地は浦賀とされる。その後1860年には咸臨丸が浦賀港より出港して、太平洋を横断した。

商業・公共[編集]

史跡[編集]

東叶神社

交通[編集]

浦賀駅前の光景

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度14分47.63秒 東経139度42分52.38秒 / 北緯35.2465639度 東経139.7145500度 / 35.2465639; 139.7145500