コマール型ミサイル艇

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コマール型ミサイル艇
183R型ミサイル艇
183R.JPG
艦級概観
種別 ミサイル艇
艦名
建造者 ソビエト連邦の旗ソビエト連邦
中華人民共和国の旗 中国
運用者  ソビエト連邦海軍
 アルジェリア海軍
 キューバ海軍
 エジプト海軍
 インドネシア海軍
 イラク海軍
 朝鮮人民軍海軍
 中国人民解放軍海軍
 シリア海軍
 ベトナム人民海軍
建造期間 1952-1960
就役期間
同型艦 112隻
前級 P-6型魚雷艇
次級 オーサ型ミサイル艇
主要諸元
排水量 基準: 61.5トン
満載: 66.5トン
総トン数 {{{総トン数}}}
全長 25.4m
全幅 6.24m
吃水 1.24m
深さ {{{深さ}}}
機関 M-50Fディーゼルエンジン×4基(4,800bhp), 4軸
機関出力 {{{機関出力}}}
電力 {{{電力}}}
速力 44kt
燃料 {{{燃料}}}
航続距離 600nmi / 32kt
潜航深度 {{{潜航深度}}}
乗員 11名
搭載量 {{{搭載量}}}
装甲 {{{装甲}}}
兵装 25mm連装機関砲×1
P-15(SS-N-2)SSM×2発
12.7mm機関銃×1
搭載機 {{{艦載機}}}
搭載総数 {{{総艦載機数}}}
搭載艇 {{{艦載艇}}}
C4ISTAR
レーダー スクエア・タイ射撃指揮/対水上
ソナー {{{ソナー}}}
電子戦
対抗手段
特殊装備 {{{特殊装備}}}
その他 {{{その他}}}

コマール型ミサイル艇(-がたみさいるてい Komar class Fast Attack Missile Craft)は、ソヴィエト/ロシア海軍ミサイル艇である。ソ連海軍の第1世代ミサイル艇であり、また、世界初のミサイル艇でもある。

コマール型NATOコードネームであり、ソ連海軍の計画名は183R型小型ミサイル艇Ракетные катера проекта 183Р)である。

概要[編集]

本型は、先行して整備された183型魚雷艇(P-6級)の魚雷装備を艦対艦ミサイル装備に換装したものであり、共通の木製船体を有する。183型魚雷艇は、533mm魚雷発射管 2基を主兵装として622隻が建造され、1950年代を通じて沿岸警備に使用された。1956年に、艦対艦ミサイルという新しい種類の兵器として、P-15「テルミート」(NATOコードネームはSS-N-2「スティックス」)が実用化されるとともに、これを183型魚雷艇の船体に搭載してミサイル艇を開発することが決定された。

まず、1956年にプロトタイプとして183E型が開発され、1957年10月より試験に入った。続いて1959年より、量産型の183R型が建造されはじめ、1965年までに110隻が建造された。ただし、ソ連沿岸での運用には船型過少であったことから、配備はより大型のオーサ型ミサイル艇に移行し、本型は70隻以上が海外の同盟国に売却あるいは譲渡された。

これらのうち、エジプト海軍に配備されたコマール型ミサイル艇が、初の実戦を経験することとなった。1967年10月21日、ポートサイド港を出撃した艇隊が、エジプト沖で哨戒中であったイスラエル海軍のZ級駆逐艦エイラート」を攻撃し、1時間半をおいて2発ずつ、計4発のP-15ミサイルを命中させて、これを撃破した。これは、本型として初であるばかりでなく、対艦ミサイルとして世界初の戦果であり、エイラート事件として知られている。この事件は、西側諸国に対して、ソ連の対艦ミサイル脅威の深刻さを印象付けることとなり、ヨーロッパではペンギンエグゾセなど同種の兵器の開発が加速され[1]、アメリカでもヨーロッパに遅れてハープーンの計画を具体化するとともに、ファランクスCIWSなど対抗策の開発に着手した。

脚注[編集]

  1. ^ 開発はいずれも1960年代初頭には着手されており、実用化の目途も立っていたが、エイラート事件以後、より多くの資源を投入して配備が急がれることとなった。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

  • ミサイル艇
  • ラタキア沖海戦 - 世界初のSSM搭載艦艇同士の海戦。シリア海軍所属の本型2隻も参加したが、イスラエル海軍が展開した電子戦によって有効な戦果を挙げられず、逆に戦闘参加した全艇を喪失することとなった。