香椎 (練習巡洋艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Japanese cruiser Kashii 1941.jpg
艦歴
発注
起工 1940年5月30日
進水 1941年2月14日
就役 1941年7月15日
その後 1945年1月12日に戦没
除籍 1945年3月20日
性能諸元(計画)
排水量 基準:5,890t、公試:6,300t
全長 133.50m
全幅 15.95m
吃水 5.75m(公試状態)
軸数 2
軸馬力 8,000hp
(タービン2基:4,400hp
ディーゼル2基:3,600hp)
最大速 計画:18.0kt
航続距離 12ktで7,000浬
燃料 重油600t
乗員数 315名
兵装
新造時 50口径14cm連装砲 2基4門
40口径12.7cm連装高角砲 1基2門
25mm機銃 Ⅱ×4
53.3cm連装魚雷発射管 2基4門
航空機×1、射出機×1
爆雷×?
1944年 50口径14cm連装砲 2基4門
40口径12.7cm連装高角砲 3基6門
25mm機銃 Ⅲ×4、Ⅱ×4、Ⅰ×10
13mm機銃 Ⅰ×8
航空機×1、射出機×1
爆雷×300

香椎かしい)は旧日本海軍香取型練習巡洋艦3番艦。艦名は、福岡県香椎宮に由来している。練習艦として建造されたが、長距離練習航海には使用されないまま実戦投入され、船団護衛中に空襲で撃沈された。

艦歴[編集]

1941年7月15日三菱横浜造船所において竣工。本来の目的である練習航海には1度も使用されず、同年7月31日南遣艦隊旗艦となる。太平洋戦争開戦後はマレー上陸作戦の護衛任務など、南方攻略作戦に参加した。

その後、一時的に練習艦として使用。ただし、本来の目的である長距離の練習航海に就く機会は無かった。

1943年7月、シンガポールからポートブレアへ向かう呉第八特別陸戦隊を乗せた特設運送艦屏東丸を、掃海艇7号とともに護衛[1]。8月、シンガポールからサバンへ第三三一航空隊の整備員を輸送したが、その際命中はしなかったもののサバン入港直前にイギリス潜水艦トライデントの雷撃を受けた[1]

1944年5月3日海上護衛総隊に編入。同年11月15日、香椎と海防艦対馬大東鵜来、23号、27号、51号で第101戦隊渋谷紫郎少将)が編成され、香椎はその旗艦となった[2]

1944年11月17日、香椎はヒ80船団を護衛してシンガポールを発ち、12月4日に長崎に着いた[3]。12月19日、第101戦隊はヒ85船団とモタ38船団を護衛して門司を出発[4]。12月25日に高雄に着き、そこで多数のタンカーが船団に加わったがフィリピンに向かう船とは別れた[5]。船団は12月27日に高雄を出発し、1945年1月4日に仏印サン・ジャックに到着した[6]

第101戦隊は、サン・ジャックからはヒ86船団を護衛し内地に戻ることになった。この船団はシンガポールから北上して来ていたもので、4隻のタンカーと6隻の貨物船からなっていた[7]。船団は1月9日に出発したが、このとき多数の空母を含むアメリカ軍第38任務部隊南シナ海に侵入していた[8]。ヒ86船団は1月11日にキノン湾に仮泊し、翌日キノン湾を発ち北上したが、その日に船団は第38任務部隊による空襲を受け壊滅した[9]。香椎は第38.3任務群(空母エセックスタイコンデロガラングレーサン・ジャシント基幹)による空襲で午後1時45分にまず爆弾2発が命中し、続いてさらに爆弾3発と魚雷2本が命中して午後2時5分に総員退艦となり、沈没した[10]。生存者は海防艦の鵜来に7名が救助されただけで、艦長や渋谷少将も含む621名が戦死した[10]

1945年3月20日、除籍。

歴代艦長[編集]

艤装員長[編集]

  1. 岩淵三次 大佐:1941年4月1日 - 7月15日

艦長[編集]

  1. 岩淵三次 大佐:1941年7月15日 -
  2. 小島秀雄 大佐:1941年10月15日 -
  3. 重永主計 大佐:1942年6月25日 -
  4. 高田俐 大佐:1943年1月7日 -
  5. 松村翠 大佐:1944年3月5日 - 1945年1月12日戦死

同型艦[編集]

絵葉書

脚注[編集]

  1. ^ a b 日本軽巡戦史、388ページ
  2. ^ 日本軽巡戦史、622ページ
  3. ^ 日本軽巡戦史、623-624ページ
  4. ^ 日本軽巡戦史、624ページ
  5. ^ 日本軽巡戦史、625ページ
  6. ^ 日本軽巡戦史、625-626ページ
  7. ^ 日本軽巡戦史、626-627ページ
  8. ^ 日本軽巡戦史、627-629ページ
  9. ^ 日本軽巡戦史、629-631ページ
  10. ^ a b 日本軽巡戦史、631ページ

参考文献[編集]

  • 木俣滋郎、『日本軽巡戦史』、図書出版社、1989年

関連項目[編集]