XF9 (エンジン)

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防衛装備庁に納入されたXF9-1

XF9防衛省技術研究本部(現・防衛装備庁)とIHI将来戦闘機開発計画の一環として開発中の低バイパス比ターボファンエンジン。2008年度までのXF5ターボファンエンジンの開発の成果を基に2010年から研究開発が開始された。

コンセプト[編集]

基本的なコンセプトは「スリム化」と「大出力」であり、大出力だがスリムなエンジンにより燃料・兵装などに機内容積を多く割くというものである[1]。このコンセプトは「ハイパワー・スリム・エンジン」と呼ばれ、2010年に発表された「将来の戦闘機に関する研究開発ビジョン」[2]でもコンセプト機「i3 FIGHTER」のエンジンとして掲載されている。

開発経過[編集]

IHIの瑞穂工場でテスト中のXF9-1

研究開発は複数の計画に分けて段階的に進められている。

次世代エンジン主要構成要素の研究(2010-2015)」でエンジンコア部(高温化燃焼器、高温化高圧タービン、軽量圧縮機)の研究を行い[3]、続いて「戦闘機エンジン要素の研究 (2013-2017)」ではエンジンコア部に加えてファンと低圧タービンの研究を行った[1]

XF9の開発はこれらの計画で得られた技術を統合する形で「戦闘機用エンジンシステムに関する研究(2015-2019)」として進められた[4]

プロトタイプエンジンであるXF9-1は2018年6月に防衛装備庁に納入され[5]、性能確認試験が2020年7月まで実施された[6]

2019年4月10日に最大推力確認試験の様子が動画で公開された[7]

技術的特徴[編集]

XF9-1の構造

サイズと推力[編集]

XF9-1はF-15戦闘機に搭載されているプラット・アンド・ホイットニー社のF100エンジンと同クラスのサイズであり、戦闘機エンジンとしては大型の部類に属する。

推力はF-22戦闘機に搭載されている同社のF119エンジンに匹敵する大型エンジンとなっている。断面積あたりの推力はF-2戦闘機に採用されているゼネラル・エレクトリックF110と比べて3割上回るという[8]

なお、XF9-1で最大推力に達成するまでの時間と手間は、F3エンジンの最初期型XF3-1の10%程度で済んだという[9][10][11][12]

タービン入口温度[編集]

XF9のタービン入口温度は1,800℃に達する。1,800℃はニッケル超合金の融点1,400℃を大幅に超えるものである。一般的にこの温度が高いほど高性能なエンジンとされ、世界的に見てもトップクラスの一角を占める。これにはニッケルコバルト基の国産の溶製鍛造ディスク材を用いた高圧タービンディスク、国産第5世代ニッケル単結晶超合金製タービンブレード、タービンシュラウドへの新素材CMC(セラミック基複合材料)・耐環境性コーティングの採用、ブレードの空気孔による保護層の形成などの材料技術と流体解析技術が貢献している[13][14]

発電能力[編集]

スタータとジェネレータを一体化した新開発のスタータジェネレータは180 kWという発電容量であり[10]、センサや火器管制、情報連携、電子戦など大きな電力消費が予想される将来の戦闘機に対応しうる。同時に省スペースも実現している。

推力偏向[編集]

推力偏向ノズルの構造

付随する研究として2016年度から2020年度まで、推力偏向ノズルを使った高運動性・ステルス性の確保などを目的に「推力偏向ノズルに関する研究」も行なわれている。この研究ではXF9-1の推力の全周20度の偏向とノズルの故障対応技術を主に実証する[15]。このノズルはXVN3-1と呼ばれている[16]

年表[編集]

  • 2010年:「次世代エンジン主要構成要素の研究 (-2015年度末)」
  • 2013年:「戦闘機エンジン要素の研究 (-2017年度末)」
  • 2015年:「戦闘機用エンジンシステムに関する研究 (-2019年度末)」
  • 2017年7月:コアエンジン納入[17]
  • 2018年6月:プロトタイプエンジン (XF9-1) 防衛装備庁に納入[18]
  • 2018年7月:防衛装備庁航空装備研究所で性能確認試験を実施(-2020年7月)[14][6]

諸元 (XF9-1)[編集]

諸元はIHIによる[19][14][17][18]

一般的特性

  • 形式:アフターバーナー付低バイパス比ターボファンエンジン
  • 空気取り入れ口直径:約1m
  • 軸長:約4.8m

構成要素

  • 圧縮機:3段低圧 ・6段高圧
  • 燃焼器:アニュラー型
  • タービン:1段高圧・1段低圧

性能

  • 推力:
    • 11tf(108kN)以上(ドライ)
    • 15tf(147kN)以上(アフターバーナー使用時)
  • タービン入口温度:1,800度以上

今後[編集]

XF9-1のサイズは将来の大型化、もしくは小型化にも耐えられるものとして設計された。実用機にXF9系を採用する場合はその要求に従ってサイズ・出力が最適化されるという[10]

脚注[編集]

  1. ^ a b 平成24年度 事前の事業評価 評価書一覧”. 防衛省・自衛隊. 防衛省・自衛隊. 2020年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年9月24日閲覧。
  2. ^ 「将来の戦闘機に関する研究開発ビジョン」について”. 防衛省・自衛隊. 防衛省・自衛隊 (2010年8月25日). 2020年7月1日閲覧。
  3. ^ 平成21年度 事前の事業評価 評価書一覧”. 防衛省・自衛隊. 防衛省・自衛隊. 2020年5月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年9月24日閲覧。
  4. ^ 平成26年度 事前の事業評価 評価書一覧”. www.mod.go.jp. 防衛省・自衛隊. 2020年12月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月6日閲覧。
  5. ^ IHI、将来戦闘機プロトタイプエンジンXF9-1納入 航空新聞社 2018年7月2日
  6. ^ a b 防衛装備庁技術シンポジウム2020”. www.mod.go.jp. 防衛装備庁. 2021年3月27日閲覧。
  7. ^ 防衛装備庁「XF9-1」最大推力確認試験 BLOGOSチャンネル
  8. ^ 航空装備研究所”. www.mod.go.jp. 防衛装備庁. 2020年8月20日閲覧。
  9. ^ “ついに完成した世界最高水準の国産戦闘機用エンジン「XF9-1」- 日本のミリタリーテクノロジー 開発者インタビュー【前編1/2】”. BLOGOS (BLOGOS編集部). (2019年4月11日). オリジナルの2022年4月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220426013850/https://blogos.com/article/369997/ 
  10. ^ a b c “ついに完成した世界最高水準の国産戦闘機用エンジン「XF9-1」- 日本のミリタリーテクノロジー 開発者インタビュー【前編2/2】”. BLOGOS (BLOGOS編集部). (2019年4月11日). オリジナルの2022年4月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220426013852/https://blogos.com/article/369997/?p=2 
  11. ^ “「5.4.3.2.1…加速!」最大推力試験当日に奇跡は起きた - 国産戦闘機用エンジン「XF9-1」開発者インタビュー【後編】”. BLOGOS (BLOGOS編集部). (2019年4月12日). オリジナルの2022年4月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220425131335/https://blogos.com/article/370429/ 
  12. ^ “ついに日の目見た世界最高水準の国産ジェットエンジン”. JB press. (2018年7月13日). http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/53545 
  13. ^ 航空装備研究所の最近の試験” (PDF). 防衛省. 2020年3月4日閲覧。
  14. ^ a b c 松本祐太,鈴木一裕,木村建彦,中村則之「XF9-1エンジンの概要」(PDF)『IHI技報』第60巻第2号、2020年6月、13-14頁。 
  15. ^ 平成27年度 事前の事業評価 評価書一覧”. 防衛省・自衛隊. 防衛省・自衛隊. 2020年12月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年9月24日閲覧。
  16. ^ 航空装備研究所 エンジン技術研究部 エンジン制御研究室. “推力偏向ノズルの研究”. 防衛装備庁. 2021年3月24日閲覧。
  17. ^ a b 将来の戦闘機用を目指したジェットエンジンの主要部分(コアエンジン)を納入”. 株式会社IHI. IHI (2017年6月28日). 2023年2月3日閲覧。
  18. ^ a b 将来の戦闘機用を目指したジェットエンジンのプロトタイプ(XF9-1)を納入”. 株式会社IHI. IHI (2018年6月29日). 2023年2月3日閲覧。
  19. ^ 枝廣美佳,大石竜輔,橋口勝一,平野 篤,山根喜三郎,及部朋紀,蔵本 毅. “第59回 航空原動機・宇宙推進講演会 講演論文集 - 戦闘機用エンジンの研究進捗状況について”. 日本航空宇宙学会. 2020年8月20日閲覧。