ダークダックス

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ダークダックス(DARK DUCKS)は、男性4人の重唱団(ボーカルグループ)である。1951年に結成。2011年3月より活動を休止している(後述)。

目次

[編集] 来歴

メンバー全員、慶應義塾大学経済学部出身。同大学の男声合唱団ワグネルソサエティのメンバーたちが、1951年のクリスマスパーティーで「ホワイト・クリスマス」の合唱を披露したことがきっかけで結成。ただしこのときはパクさんこと高見澤宏が入学する前だったので、メンバーは3人だった。結成当時はJAZZ・黒人霊歌を中心に活動していたが、現在はオリジナル楽曲やロシア民謡、山の歌、唱歌など幅広いジャンルの楽曲をレパートリーとしている。

1957年にロシア民謡「ともしび」をヒットさせ、一躍スターダムになり、当時としては異例の年6枚のアルバムを発売し、記録的ヒットを収め、歌謡界にコーラスブームを巻き起こした。

1958年に第9回NHK紅白歌合戦に初出場し、以後、1971年の第22回まで14回連続出場。1976年の第27回に再出場を果たし、通算15回出場している。第9回、第10回(1959年)は彼らの歌のラジオの音声が現存し、1960年代中期からは映像が現存する。第10回は2009年4月29日放送のNHK-FM今日は一日“戦後歌謡”三昧』の中で彼らの歌も含め全編が再放送された(音声はモノラル)。

音楽活動は日本に留まらず、世界各国でも行っており、ことにロシア(旧ソビエト連邦)へは1960年、1962年、1967年、1972年、1974年の5回に渡り長期演奏旅行を行い、盛況を収めている。

1987年(昭和62年)には、メンバーが変わらない日本で最も長期にわたって活動するコーラスグループとして、ギネス世界記録に認定。

1993年(平成5年)、紫綬褒章受章。これまでにグループ全員による受章は前例が無く話題を呼んだ。

1997年に一過性脳虚血発作でマンガさんこと佐々木行が倒れ、翌年より療養生活に入る(後に鬱病を患っていることが喜早から明かされた)。新メンバー招聘の話もあったが「(ダークの特色から言って)他のメンバーのダークは考えられない」と主要ファンが反対、あくまでマンガ復帰を待つということで、以後3人のメンバー(ゲタさんこと喜早哲いわく「ダーク3兄弟になった」と考えて欲しいとのこと)で活動している。また、2010年2月からはパクさんこと高見澤宏も病のため療養しており、そのため残ったメンバー2名はダークと縁が深くステージ競演も多いしゅうさえこをゲストボーカルに招き、ダークダックスwithしゅうさえこというユニットを結成し活動した(しゅうが高見澤のパートを担当)。

21世紀に入った頃から、2010年までは同形態をとるコーラスグループデューク・エイセスボニージャックスとの共同でショー開催も行われた。

2008年に群馬県館林市にダークダックス館林音楽館がオープンしている。

2011年1月7日にパクさんこと高見澤宏が急逝。これを受け、ダークが持つ特色や2人ではダークダックスとしての音楽活動はもはや出来ないという判断から同年3月29日放送の『ありがとう!ダークダックス』(NHK-BS2)にて、この番組を以てダークダックスとしての(音楽)活動をひと区切り打つことが発表された。

活動休止宣言から約半年後の2011年11月17日・18日放送『ラジオ深夜便』(NHKラジオ)へゾウさん(遠山)とゲタさん(喜早)が出演し、グループ60年の歴史を振り返った。2人での活動再開についても「まだ(パク=高見澤の死から)完全に立ち直った訳ではないから」としながらも「無いとも言えません、まだ先が長いつもりで考えていきたいと思います」(ゾウさん談)と、今後に含みを見せた。

2012年1月10日放送のラジオ深夜便3時台にて放送された。

[編集] メンバー

  • 高見澤 宏(たかみざわ ひろむ、1933年11月9日 - 2011年1月7日[1]
    静岡県出身。トップ・テナーで愛称はパクさん。立ち位置は一番左[2]マイクの保持は左手。静岡市立高等学校卒業。俳優の萬屋錦之介は義兄(妻の兄)、中村嘉葎雄は義弟(妻の弟)、中村獅童は甥にあたる。富永一朗によると、田河水泡の甥にあたるという[3]。神奈川県藤沢警察署警察署協議会委員も務めていた。
    2011年1月7日、心不全のため神奈川県藤沢市の自宅で死去。77歳没[1]
  • 佐々木 行(ささき とおる、1932年2月18日 - )
    本名:佐々木通正(本名でも活動していた時期があったことから、現在でも資料によってはこちらの名前が掲載されている)。福島県出身。セカンド・テナーで愛称はマンガさん。立ち位置は右から3番目でマイクの保持は右手。
    主にメロディパートを担当。愛知県立旭丘高等学校卒業。1997年末に一過性脳虚血発作で倒れ、その後鬱病を発症。現在は脳梗塞の後遺症[4]のため病気療養している。歌手のさとう宗幸は、はとこ(さとうの祖母と佐々木の祖母が姉妹)、野球解説者の佐々木信也は遠戚にあたる。療養中の2008年、夫人に先立たれる不幸に遭う。
  • 喜早 哲(きそう てつ)、1930年11月8日 - )
    東京都出身。バリトンで愛称はゲタさん。立ち位置は右から2番目でマイクの保持は右手。佐々木行の休業後はメロディパートを担当。東京都立西高等学校卒業。日本エッセイストクラブ会員で『日本の抒情歌』(誠文堂新光社、1983)『日本の美しい歌―ダークダックスの半世紀』(新潮社、2007年)等の著作もある。
  • 遠山 一(とおやま はじめ、1930年5月26日 - )
    本名:金井哲夫(現在は改名し金井政幸)、東京都出身。バスで愛称はゾウさん。立ち位置は一番右でマイクの保持は左手。神奈川県立湘南高等学校卒業。東京藝術大学中退。ダークの所属事務所でもあるエーディープロダクション社長も務める。

[編集] 代表曲(順不同)

  • ともしび(ロシア歌謡 / 1956年7月発売)
  • カチューシャ(ロシア民謡 / 1956年10月27日発売)
  • トロイカロシア民謡 / 1957年6月発売)
  • 赤いサラファン(ロシア民謡 / 1957年6月発売)
  • 雪山讃歌(1958年9月発売)
  • つる(ロシア歌謡)
  • スカンク・カンク・プー
  • カリンカ(ロシア民謡 / 1959年10月発売)
  • クラリネットをこわしちゃった(NHK「みんなのうた」で取り上げられヒット / 1959年11月発売)
  • シーハイルの歌(1960年12月発売)
  • 白銀は招くよ
  • すずらん(ロシア歌謡、ダークが第1回ソ連演奏旅行の際に持ち帰り大ヒットし、学校教科書にも掲載された / 1961年4月発売)
  • 北上夜曲和田弘とマヒナスターズらとの競作。ダークが盛岡市を訪れた際に、地元で歌われていたこの歌を発掘した / 1961年4月30日発売)
  • 愛のソナタ(プラターズの「オンリー・ユー」の作曲で知られるバック・ラムの書き下ろし楽曲 / 1964年9月1日発売)
  • アンジェリータ(昭和39年、第15回NHK紅白歌合戦で披露したことがきっかけで大ヒット / 1965年1月20日発売)
  • エーデルワイス(1966年2月1日発売)
  • 山男の歌(シングルではダーク・ダックス最大のヒット作 / 1966年2月1日発売)
  • 銀色の道(ダークの代名詞的作品。NHK「夢をあなたに」テーマ曲。レコードではザ・ピーナッツとの競作 / 1966年10月10日発売)
  • 素晴らしい明日(1967年11月10日発売)
  • あんな娘がいいな(NHK「あなたのメロディー」発表作品 / 1969年11月20日発売)
  • 花のメルヘン(オリジナル音源での冒頭の台詞は水原茂の孫が担当している / 1970年11月10日発売)
  • 愛のメルヘン(フランシス・レイによる書き下ろし楽曲 / 1971年3月20日発売)
  • 森のくまさん(NHK「みんなのうた」で取り上げられヒット / 1972年10月25日発売)
  • 最上川舟唄(マンガさんによる東北弁のソロパートが売りだったが、彼の休業後は歌われなくなった)
  • 雪山に消えたあいつ(1975年12月21日発売)
  • 青葉城恋唄さとう宗幸との競作 / 1978年6月1日発売)
  • めざせモスクワ(1979年12月1日発売)
  • 山に祈る(北アルプスでの遭難事件に取材し、清水脩に委嘱した男声合唱組曲)
  • ガラスのうさぎ(児童文学作家・高木敏子の同名書籍をもとにした合唱組曲)
  • サーブ愛の物語(盲導犬サーブの生涯をもとに構成した合唱組曲)
  • グラスをのぞくフラミンゴ(千福のCMソング)
  • 歌声が聞こえる(越路吹雪没後の岩谷時子再起第一作 / 1983年7月25日発売)
  • 青春-Youth-サミュエル・ウルマンの詩をもとになかにし礼が意訳詩をつけ、森田公一が曲をつけた / 1987年12月1日発売)
  • 北の大地(JR北海道社歌 / 1988年8月21日発売)
  • 夕陽(なかにし礼小林亜星 委嘱作品、ダーク45周年記念曲)
  • 旅立ちの日に
  • WE LOVE ZAMA!座間市民歌)
  • もしも・ひろしまに(テレビ新広島旧OP曲)

など。その他の古くからある日本の唱歌なども幅広く歌っており、レパートリーは数千曲に及ぶ。

[編集] 受賞・受章歴

  • 1958年:第13回文部省芸術祭奨励賞(レコード「四季の自然による四つの試み」に対して)
  • 1967年:第22回文部省芸術祭奨励賞(「ダークダックス・ショウ 日本のこどもたち」に対して)
  • 1968年:第3回モービル児童文化賞(一連の児童詩作品発表に対して)
  • 1969年:第24回文化庁芸術祭奨励賞(子供達のための演奏会、児童詩の制作発表に対して)
  • 1971年:第13回日本レコード大賞編曲賞(「花のメルヘン」のヒットに対して)
  • 1972年:第14回日本レコード大賞企画賞(6枚組LPアルバム「日本唱歌大百歌(全128曲)」に対して)
  • 1974年:第28回文化庁芸術祭優秀賞(コンサート「ダークダックス・北原白秋を歌う」に対して)
  • 1976年:第9回日本作詩大賞LP賞(アルバム「父と娘」に対して)
  • 1976年:第18回日本レコード大賞特別賞(25年間の音楽活動に対して)
  • 1976年:ギャラクシー賞(テレビ神奈川「ダークダックス25時間テレソン=生きる」の『花子の車椅子募金』に対して
  • 1981年:朝日広告賞特別賞(朝日新聞全国版掲載「絆」の意見広告に対して)
  • 1982年:芸術選奨文部大臣賞(昭和56年度の音楽活動に対して)
  • 1983年:第16回日本作詩大賞優秀作品賞(「歌声が聞こえる」(作詩:岩谷時子)に対して)
  • 1988年:第8回日本作曲大賞特別賞(永年の活動に対して)
  • 1993年:紫綬褒章(グループの同時受章は初の快挙として話題に)
  • 2005年:第47回日本レコード大賞功労賞(永年の活動に対して)

ほか多数。

[編集] エピソード

  • メンバー全員慶応経済学部出身であることから、政財界とのつながりが深く、特に三菱電機とは現在もダークのリサイタルの協賛企業に名を連ねるなど関係が深いことで知られる。同社一社提供の「サンデーダークダックス」(ABCラジオ)、「ダークダックス・ワールドスタンダード」(TOKYO FM)はいずれも記録的長寿番組となったほか、1985年にはダーク・ダックス、日本クラウン等の他の三菱グループ企業数社と共にレコード会社「メルダック」を設立している(設立時ダークは全員非常勤取締役に就任した。その後、紆余曲折を経て徳間ジャパンコミュニケーションズ へ譲渡され、現在は1レーベルとして存続)。また、三菱電機中興の祖と呼ばれた元社長の進藤貞和はダークダックス後援会の会長も務めていた。
  • ラジオでは他にアール・エフ・ラジオ日本ダークダックスのダークと歌う仲間達」も40年以上続く大河番組として知られている。
  • NHK紅白歌合戦において、初のグループによる出場歌手である。
  • 小林亜星とは大学時代の先輩・後輩の間柄であり、現在においても楽曲の書き下ろしや、リサイタル会場にスタンド花が届けられるほどの親密な関係にある。小林と記念樹事件で争った服部克久はダークにとって45年来の親友であり盟友の間柄にある。
  • 中国名は「黒鴨子」(へいやあず)小合唱団という。
  • 代表曲に山の歌が多いせいか、メンバー全員スキーが趣味(マンガこと佐々木は山好きが高じて、蓼科高原でペンション「アドリブ」の管理人もしていた)。中田喜直をスキー好きにさせたのも、彼らが中田にスキー道具をプレゼントしたからである。
  • 立ち飲み店において、満席の状態からさらに割り込んで寿司詰めの状態に陥ることをダークダックスと呼ぶことがある。これはカウンターに対して斜面に構えることで空席を確保するその光景が、ダークダックスのステージにおけるポジショニングに類似していることに由来している。「ダークになってくれませんか」とは「詰めてくれませんか」と同義である。ただし、現在ではほとんど死語となっており、特に若年層には通用しない。
  • 象印マホービンの主力商品「押すだけポットぞうさん」のイメージキャラクターに起用されたことがある。このテレビCMの主役は、商品名がズバリ「ぞうさん」だったことから、「ダークのゾウさん」である遠山が演じた。

[編集] テレビ出演

[編集] ダークダックス館林音楽館

ダークダックス館林音楽館

茂林寺の東側に2008年4月12日にオープン。特定非営利活動法人「ダークダックス館林音楽館」が全国から約4000万円の寄付を集めて建設した。メンバーが使用していた楽譜、演奏会のポスター、レコードジャケット、メンバーの写真などが保存・展示されている。月に1回メンバーが訪れ、歌唱指導やトーク活動を行っている。

[編集] 脚注

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  1. ^ a b ダークダックスの「パクさん」高見沢宏氏死去、77歳 - MSN産経ニュース
  2. ^ 立ち位置は向かって左→右(下手から上手)へ、高音→低音となっている。
  3. ^ 『NHK文化講演会15』所収「人生みな恩人」p.200(日本放送出版協会、1987年)
  4. ^ 2011年3月29日放送「ありがとう!ダークダックス」(NHK-BS2)にて

[編集] 関連項目

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