フェアライトCMI

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フェアライトCMI (Fairlight CMI) は、オーストラリアのフェアライト社が1979年に発表、1980年に発売した電子楽器

この時期、音楽製作の場においてディジタル技術やコンピュータ技術が急速に導入されたが、その中心となっていたのがこのフェアライトCMIである。まだ当時大学生だった、キム・ライリーとピーター・ヴォーゲルの二人によって発明された。後にライリーはフェアライト社を設立する。基本システムはOS-9、CPUはモトローラ68001983年発売のシリーズIIxからは6809)を2つ使用していた。サンプラーと倍音加算方式シンセサイザー(最大同時発音数は8音)、簡易シーケンサー機能を有しており、CRT画面にライトペンを当てて波形を直接書き込むことができるなど、ユニークな機能を有していた。これらの機能は現在のDTMのベースとされている。また、英文ワープロとしても使用できた。

サンプリングの性能はシリーズIの場合、サンプリング分解能が8ビット、サンプリング周波数が最大30.2KHzと、現在のサンプラーと比較すると低いものであるが、アート・オブ・ノイズはそれを逆手にとって独特の音を作り出していた。1985年に発売されたシリーズIIIではサンプリング分解能を16ビット、サンプリング周波数を44.1KHz(最高で100KHzまで可能)と、CD-DA並みに向上させた。この楽器で最も耳なじみのあるサウンドは、俗に言う「オーケストラル・ヒット」という音で、トレヴァー・ホーンを始め電子楽器を得意とする数々の音楽家音楽プロデューサーが好んで使用していた。

日本で最初に同機を購入したのは、安西史孝率いるTPOで、シドニーのフェアライト社まで直接買い付けに行ったという。(日本搬入時、税関に本機を「楽器」と説明するのに大変苦労したという逸話がある。)その当時のヴァージョンはまだシリーズIで、同機の売りの一つである簡易シーケンサー・ページRはまだなかった。

日本で輸入販売が始まったのは1982年発売のシリーズIIからで、松下電器貿易が輸入を、販売は大阪のナニワ楽器(現・イーフロンティア)が担当していた。発売当時の価格は1200万円。世界中のプロミュージシャンたちがこぞってフェアライトCMIを購入し、フェアライト社はオーストラリア政府の全面バックアップのもと隆盛を極めていた。しかし、時代が進むにつれ高音質のサンプラーやPCM音源のシンセサイザー、PCを使用した高機能のMIDIシーケンサー、ProToolsをはじめとするデジタルオーディオワークステーションといったコストパフォーマンスに勝る電子楽器に取って代わられることになる。

日本人アーティストで所有していたのは東海林修冨田勲坂本龍一岩崎工天野正道久石譲東祥高船山基紀小久保隆矢島賢吉川洋一郎PSY・S松浦雅也など。また、異色な存在として、ローカルタレントであるジャガーや、ビデオプロダクションの音楽、効果音用としてアド・ビデオ北海道、日本大学芸術学部、コンピュータスクールメロンも所有していたことがある。

例として、坂本龍一の「音楽図鑑」、「未来派野郎」、久石譲が音楽を手がけた映画「風の谷のナウシカ」や「天空の城ラピュタ」、安西史孝が音楽を手がけた映画「うる星やつら オンリー・ユー」に多用されている。

[編集] 参考文献

  • 田中雄二『電子音楽 in JAPAN』アスペクト、2001年

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