内閣総理大臣顕彰
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
内閣総理大臣顕彰(ないかくそうりだいじんけんしょう)は、日本の内閣総理大臣が授与する顕彰である。1966年(昭和41年)、当時の首相・佐藤栄作によって創設され[1]、これまでに31人、15団体に対して授与されている[1]。
佐藤内閣において総理大臣決定された総理大臣顕彰実施要項によって運用されており、「国家、社会に貢献し顕著な功績のあったものについてこれを顕彰する」ことを目的とする[1]。表彰の対象は「全国民の模範と認められるもの、その他首相が表彰することを適当と認めるもの」であり、個人や法人に限らず団体も含まれ得る[1]。表彰されたものには、顕彰状と盾が授与される。
内閣総理大臣や政権による表彰としては他に、1977年(昭和52年)に創設された「国民栄誉賞」がある。
[編集] 受賞者
| 受賞年月日 (授与内閣) |
受賞者 | 職業 | 受賞事由 | 他の栄典 |
|---|---|---|---|---|
| 1968年11月26日 (佐藤栄作) |
オリンピック競技大会日本男子体操チーム | オリンピックの各大会において体操日本の名声を博するとともに国民に大きな感動を与えた功績[2] | ||
| 上武洋次郎 | オクラホマ州立大学生 | オリンピック東京・メキシコ両大会でバンタム級フリースタイルレスリング連覇の功績 | 銀杯一組(菊紋)2回 | |
| 三宅義信 | 陸上自衛官 | オリンピック東京・メキシコ両大会でフェザー級重量挙げ連覇の功績 | 紫綬褒章 銀杯一組(菊紋)2回 |
|
| 遠藤幸雄 | 日本大学助手 | オリンピックローマ・東京・メキシコ大会3連覇における体操チームの中心選手(メキシコ大会ではキャプテン)として貢献 | 紫綬褒章 銀杯一組(菊紋)3回 |
|
| 1969年5月23日 (佐藤栄作) |
日本道路公団 | 名神高速道路及び東名高速道路の完成 | ||
| 1985年5月26日 (中曽根康弘) |
大学生※ | 國學院大學4年 | 横浜市南区にて窃盗犯を身を挺して確保、道義の高揚に貢献[3] | 木杯一組(菊紋) 警察協力章 |
| 1986年10月17日 (中曽根康弘) |
室伏重信 | 中京大学助教授 | 陸上競技(ハンマー投げ)における「アジアの鉄人」としての業績 | |
| 1986年10月17日 (中曽根康弘) |
中野浩一 | 競輪選手 | 世界選手権自転車競技大会での活躍 | 紫綬褒章 |
| 1987年12月1日 (竹下登) |
岡本綾子 | プロゴルファー | 海外での活躍 | |
| 1992年10月13日 (宮澤喜一) |
毛利衛 | 宇宙飛行士 | 日本人初のスペースシャトル搭乗者 | |
| 1994年6月22日 (羽田孜) |
ジーコ | プロサッカー選手 | 日本サッカー界への貢献 | |
| 1994年9月2日 (村山富市) |
関西国際空港株式会社 | 開港による国際線増加への貢献 | ||
| 1994年9月6日 (村山富市) |
向井千秋 | 宇宙飛行士 | 日本人初の女性宇宙飛行士 | |
| 1996年3月21日 (橋本龍太郎) |
羽生善治 | 棋士 | 棋界での活躍 | |
| 1998年1月21日 (橋本龍太郎) |
土井隆雄 | 宇宙飛行士 | 宇宙飛行士としての業績 | |
| 1998年4月8日 (橋本龍太郎) |
本州四国連絡橋公団 | 明石海峡大橋の開通による神戸・鳴門ルートの全通 | ||
| 1999年7月23日 (小渕恵三) |
全日空61便機長※ | ハイジャック犯に対峙し、身を挺して乗客を守った[4] | 勲四等瑞宝章 | |
| 2000年11月6日 (森喜朗) |
田村亮子 | 柔道家 | 世界柔道選手権大会4連覇、シドニーオリンピック金メダル[5] | 紫綬褒章(及び飾版2個) 銀杯一組(菊紋) |
| 2000年12月22日 (森喜朗) |
成田真由美 | 水泳選手 | パラリンピックでの活躍 | 銀杯一組(菊紋) |
| 2009年11月25日 (鳩山由紀夫) |
若田光一 | 宇宙飛行士 | 日本人初の国際宇宙ステーション長期滞在 | |
| 2010年4月26日 (鳩山由紀夫) |
魁皇博之 | 大相撲力士 | 幕内最多勝利数記録更新、幕内在位100場所達成 | |
※は没後受賞者。受賞年月日については、生存者・団体等への授与は伝達日を、故人への授与は(遺族等への伝達日でなく)死亡日を掲載。