ドアーズ

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ドアーズThe Doors)は、アメリカロックバンドジム・モリスンリード・ボーカル)、レイ・マンザレクオルガンキーボード)、ロビー・クリーガーギター)およびジョン・デンスモアドラムス)の四人で1965年から1970年代初めまで活動した。

目次

[編集] グループの結成

カリフォルニア州ロサンゼルスUCLA映画科の学生であったモリスンとマンザレクがグループを結成する。1965年にマンザレクに出会ったモリスンは、自作の詩と歌を聴かせた。マンザレクは既に兄と共にリック・アンド・ザ・レイヴンズというバンドで活動し、一方クリーガーとデンスモアはザ・サイケデリック・レンジャースというバンドで活動中で、マンザレクは彼らとメディテーション・センターに於いて知り合いであった。モリスンの曲や詩に惹かれたマンザレクは、兄のリックとデンスモアに声をかけデモ・レコードを録音する。リックはすぐにグループを離れ、三人にクリーガーと女性ベーシストを加えたグループはロサンゼルスのロンドン・フォッグやウィスキー・ア・ゴー・ゴーなどでステージ活動を行う。

バンドはオルダス・ハックスレーが18世紀の詩人ウィリアム・ブレークの詩の一節から取った書のタイトル『知覚の扉』を元に、ドアーズという名を付けた。

もし知覚の扉が浄化されるならば、全ての物は人間にとってありのままに現れ、無限に見える。
If the doors of perception were cleansed, everything would appear to man as it truly is, infinite.

[編集] 1967 - 1969

ウィスキー・ア・ゴーゴーで人気を集め始めたバンドに目をつけたプロデューサー、ポール・A・ロスチャイルドによってドアーズはエレクトラ・レコードと1966年に契約する。それはロスチャイルドおよびエンジニアのブルース・ボトニックとの長く成功したパートナーシップの始まりであった。10分にも及ぶ大作「ジ・エンド」を含むデビューアルバム『ザ・ドアーズ』は1967年1月にリリースされる。アルバムは数日間で収録され、ほとんどの曲は第一テイクが採用された。モリスンとマンザレクは第一弾シングル「ブレイク・オン・スルー」用のプロモーション・フィルムを監督し、それはミュージック・プロモーションの重要な布石となった。「ブレイク・オン・スルー」では曲中の She gets high, という歌詞がドラッグの影響を表す物として放送禁止になることを恐れたエレクトラが、high の部分を消してリリースし長らくその部分を聞くことができなかったが、後にリリースされたリマスター盤で聞くことができるようになった。

アルバムはセンセーションを引き起こし、第二弾シングル「ハートに火をつけて(Light My Fire)」は大きなヒットとなった。ビルボード(Billboard)誌では、1967年7月29日に週間ランキング第1位を獲得。1967年ビルボード誌年間ランキングでは第2位となった。バンドはジェファーソン・エアプレイングレイトフル・デッドと並び1967年におけるアメリカのトップ・バンドの一つとなった。モリスンはそのルックスと、身体ラインを浮き立たせる革パンツでのステージ・パフォーマンスで当時のポップ界におけるセックスシンボルの一人となったが、彼はスターとしての地位の中でフラストレーションを感じるようになった。

セカンド・アルバム『まぼろしの世界』はファースト・アルバム同様に強力な作品で、バンドの評判は強固な物となった。三作目『太陽を待ちながら』は彼らの最初のNo.1アルバムであり、同作からのシングル「ハロー、アイ・ラブ・ユー」は二枚目のアメリカでのNo.1シングルであった。

[編集] 1969 - 1971

ドアーズのライブ・ステージは挑戦的であり、反抗的だという評判を早々に得ることとなる。1967年のエド・サリヴァン・ショウ出演時、CBSの担当者は「ハートに火をつけて」の歌詞の一節、"Girl we couldn't get much higher" を、ドラッグを想起させるとして "Girl we couldn't get much better" と変えて歌うよう要求した。しかしながらモリスンはオリジナルの歌詞をそのまま歌い、生放送の番組でそのまま放送された。エド・サリヴァンは非常に怒り、彼らとの握手を拒絶し、ドアーズはその後番組に招かれることはなかった。

1969年3月1日のフロリダ州マイアミでのコンサートで、モリスンはステージ上で性器を露出したとして逮捕される。モリスンは軽犯罪および重犯罪容疑で起訴され、軽犯罪容疑での裁判は引き続いた。判決前にモリスンは語った。「僕はマイアミ事件での裁判でおよそ一年半の多くの時間を浪費した。しかしそれは価値のある経験だったと思う。なぜなら裁判前僕はアメリカの司法制度に対して非常に非現実的な学生のような態度を取っていたからだ。僕の目は少し開いたよ。」

[編集] モリスンの死の余波

『L.A.ウーマン』録音後の1971年にモリスンは休養することを決め、ガールフレンドのパメラ・カースンとパリへ渡る。モリスンは1971年7月3日にパリのアパートで不可解な状況で死亡した。モリスンはペール・ラシェーズ墓地に埋葬されたが、埋葬の前に検死が行われていなかったことがその後明らかになった。彼の死は恐らくヘロインの過剰摂取によるものであると考えられた。

モリスンはスポットライトから逃れるために死を偽装したという噂が長い間語られた。また、実際にはパリのナイトクラブで死亡し、遺体がアパートに運び込まれたという噂も語られた。しかしながら、モリスンの関係者であったダニー・シュガーマンの著書『Wonderland Avenue』によると、カースンがモリスンに致死量のヘロインを注射したと、彼女自身がヘロインの過剰摂取で死ぬ直前にシュガーマンに語ったという。

ドアーズの残りのメンバーは活動を継続した。当初は新たなヴォーカリストの採用を考えたが、結局クリーガーとマンザレクがヴォーカルを担当し、『アザー・ヴォイセズ』と『フル・サークル』の二枚のアルバムを発表した。両アルバムは商業的に失敗し、モリスン抜きではドアーズたり得ないことを証明することになった。『フル・サークル』発表後バンドは解散する。

[編集] 1990年代、そして現在

オリバー・ストーン監督による1991年の映画『ドアーズ』(原題:The Doors)では、モリスンを演じたヴァル・キルマーの演技が評判となった。しかしながら映画は事実と異なる描写が多かった。また、メンバーはストーンがモリスン像を自制の効かない精神病患者のように描いたことに対し不快感を表した。

2002年にはマンザレクとクリーガーが「21世紀のドアーズ The Doors 21st Century」として活動を始めた。モリスンの代わりのヴォーカリストとして、イギリスのバンド、カルトのイアン・アシュベリーを加え、ベーシストにはクリーガーのバンドでベースを担当したアンジェロ・バルベラが参加した。彼らの最初のコンサートでは、ドラマーのデンスモアが参加しないと発表された。後に伝えられたところでは、デンスモアは耳鳴りに苦しみ演奏することができなかったとされる。デンスモアの代わりに元ポリススチュワート・コープランドが加わったが、コープランドは数回のステージの後バンドを離れ、クリーガーのバンドのドラマー、タイ・デニスが後任となった。この時期のライブはDVDとして発売されており、イアン・アシュベリーが歌う「21世紀のドアーズ The Doors 21st Century」は、賛否両論あれど、一応の成功を見せた。

デンスモアは実際には再結成に参加要請が成されなかったと主張した。2003年2月にデンスモアはマンザレクとクリーガーに対して「ドアーズ」の名称使用差し止めの裁判を起こした。同年5月にその訴えは退けられたが、マンザレクはデンスモアのバンド参加への招待を公に繰り返した。デンスモアのバンド名使用差し止めの訴えにはその後モリソンの遺族とパメラ・カースンの遺族が加わった。2005年7月22日、ロサンゼルス上級地裁はバンド名使用差し止めの決定を下した。

裁判によりバンド名使用の禁止令が出た事を受け、「21世紀のドアーズ The Doors 21st Century」は「ライダーズ・オン・ザ・ストーム Riders on the Storm」へと改名。このバンド名は1971年に全米で最高9位を獲得したアルバム「L.A. Woman」に収録されていた曲のタイトルであり、また皮肉にも新生ドアーズに参加していなかったジョン・デンズモアの自伝のタイトルでもある。

新生ドアーズにヴォーカリストとして参加したイアン・アシュベリーは、旧友ビリー・ダフィーとカルトの再結成を企画。ふたりそろってトム・ヴィトリーノなる人物とマネジメント契約を結んだ。彼は「ライダーズ・オン・ザ・ストーム Riders on the Storm」のマネージメントもしている。現在カルトはツアーも行い、本格的に活動を再開。「ライダーズ・オン・ザ・ストーム Riders on the Storm」の次なる展開が待たれるところである。

また2007年は、バンド結成40周年を迎える。それを記念して、既存の曲に新たなミックスを施し、さらに未発表のセッション時の録音を加えたアルバムがリリースされる。日本でも、楽曲のダウンロード販売が開始された。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] アルバム

現在Bright Midnightレーベルから未発表ライブ、インタヴューなどをWeb通販のみで販売している。

  • BOOT YER BUTT
  • BRIGHT MIDNIGHT: LIVE IN AMERICA
  • LIVE IN DETROIT
  • NO ONE HERE GETS OUT ALIVE
  • THE LOST INTERVIEW TAPES FEATURING JIM MORRISON VOLUME ONE
  • LIVE IN HOLLYWOOD: HIGHLIGHTS FROM THE AQUARIUS THEATRE PERFORMANCES
  • LIVE AT THE AQUARIUS THEATRE: THE FIRST PERFORMANCE
  • LIVE AT THE AQUARIUS THEATRE: THE SECOND PERFORMANCE
  • BACKSTAGE AND DANGEROUS: THE PRIVATE REHEARSAL
  • THE LOST INTERVIEW TAPES FEATURING JIM MORRISON VOLUME TWO: THE CIRCUS MAGAZINE INTERVIEW

[編集] シングル

米国盤
  • Break On Through/End Of The Night
  • Light My Fire/The Crystqal Ship
  • People Ara Strange/Unhappy Girl
  • Love Me Two Time/MoonLight Drive
  • The Unknown Soldier/We Could Be Good Together
  • Hollo,I love you/Love Street
  • Touch me/Wild Child
  • Wishul Sinful/Who Scared you
  • Tell All The People/Easy Ride
  • Runnin'Blue/Do It
  • You Make Real/Roadhouse Bluse
  • Love Her Madly/Don't Go No Furher
  • Rider On The Storm/The Changeling
  • Tighrope Ride/Variety Is Spice Life
  • Get Up Dance/Treetrunk
  • The Mosquito/It Slipped My Mind
  • The Piano Bird/Good Rockin'
  • Roadhouse Bluse(live)/Albinoni Adagio
  • The End/Delta
  • Gloria/MoonLight Drive
日本盤
  • ハートに火をつけて/水晶の舟
  • まぼろしの世界/アンハッピー・ガール
  • ラブ・ミー・トゥー・タイム/ムーン・ライト・ドライブ
  • 名もなき兵士/君のそばにいたい
  • ハロー・アイ・ラブ・ユー/ラブ・ストリート
  • タッチ・ミー/ワイルド・チャイルド
  • テル・オール・ザ・ピープル/イージー・ライド
  • ラニン・ブルー/ドゥ・イット
  • ラン・ホー!/ユー・メイク・ミー・リアル
  • あの娘に狂って/ドント・ゴー・ノー・ファーザー
  • 嵐をこえて/輪廻
  • タイト・ロープ・ライド/激動の人生
  • ゲット・アップ/トリートランク
  • 蚊/イット・スリップ・マイ・マインド
  • ジ・エンド/デルタ

[編集] 外部リンク



  1. Door : 建造物のドアに関してはを参照のこと。
  2. Dooard : 紅茶の茶葉の種類