ブルー・オイスター・カルト
| ブルー・オイスター・カルト | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | ハードロック,ヘヴィメタル |
| 活動期間 | 1972年 - 現在 |
| レーベル | コロムビア,CMC |
| 公式サイト | blueoystercult.com |
| メンバー | |
| エリック・ブルーム ドナルド・”バック・ダーマ”・ローザー ルディ・サーゾ リッチー・カステラーノ ジュレス・ラディーノ |
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| 旧メンバー | |
| アラン・レイニア ジョー・ブーチャード アルバート・ブーチャード リック・ダウニー ジミー・ウィルコックス トミー・ズヴォンチェク ダニー・ミランダ チャック・バージ ボビー・ロンディネリ |
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ブルー・オイスター・カルト(Blue Öyster Cult)はアメリカ合衆国のハードロックバンド。BÖCとも省略される。1967年に結成され、ヘヴィメタルの源流の一つになったバンドであると考えられている(ヘヴィメタル#語源参照)。代表曲に「(Don't Fear) The Reaper」「Godzilla」「Burnin' for You」がある。
目次 |
音楽性と活動の変遷 [編集]
結成からメジャーデビューまで [編集]
1967年、サンディ・パールマンが、自作の詩「The Soft Doctrines Of Imaginos(イマジノスの柔らかな経典)」( #イマジノス参照)の世界観を、ロックによって表現するというコンセプトで、協力者アルバート・ブーチャードとともにミュージシャンを集め、ニューヨーク市のロングアイランドで結成された。結成当初のバンド名は「Soft White Underbelly」[1]であった。パールマンはマネージメントを担当し、ライブのブッキングやレコード契約を速やかにまとめて彼らを表舞台に送り出したのであるが、バンドに与えたパールマンの影響はそれに留まらず、自作の詩をバンドのオリジナル曲の歌詞の素材として提供し、バンドが生み出した世界観にも決定的な影響を与えた。
1968年、エレクトラ・レコード向けにアルバムを制作するが、エレクトラの反応は悪く、アルバムの発売は中止される。一方バンドはシンガーを交替させ、エリック・ブルームを迎え入れる。1969年、バンドはフィルモア・イーストの舞台に立つが、ステージの評判は今ひとつであった。パールマンはバンド名の変更を決定。「オアハカ」「ストーク・フォレスト・グループ」など短期間にバンド名を入れ替える。結局バンド名が「ブルー・オイスター・カルト」に落ち着いたのは1970年のことであった。この間に、またいくつかの楽曲をレコーディングしているが、エレクトラはサンプル盤としてシングルを300枚プレスしたに留まった。
メジャーデビューから活動期 [編集]
1972年、コロムビアより『Blue Öyster Cult』でデビュー。変形十字のシンボルマークもこの時から使用が開始されている(#バンド名とシンボルの由来参照)。アルバムはビルボード200にチャートインし、バーズやアリス・クーパー、マハヴィシュヌ・オーケストラらと盛んにツアーを行って知名度を上げていった。コロムビアは彼らをアメリカ版ブラック・サバスとして売り出そうと試み、『Tyranny and Mutation』(1973)、『Secret Treaties』(1974)とコンスタントにアルバムをリリースする。
ライブ・アルバム『On your feet or on your knees』(1975)の好調なセールスにより広く知られるようになり、次いで代表作ともいえる『Agents of Fortune』(1976)をリリースする。『Agents of Fortune』からのシングル「(Don't Fear) The Reaper」[2]が全米12位まで上昇し、アルバムはゴールド・ディスクを獲得する。1980年代のハード・ロック・ブーム以前にこの数字を出したハード・ロック・バンドはさほど多くない。
『Spectres』(1977)では、ゴジラをテーマにしたシングル「Godzilla」が、 エリック・ブルームによる日本語ナレーションを挿入したこともあり、ハード・ロック通の間でネタとして評判になるも、前作ほどの成功は収められなかった。翌1978年、ライブ・アルバム『Some Enchanted Evening』(1978)をリリース。プラチナ・アルバムを獲得する。コンサートにおいては、レーザー・システムを導入するなど、派手なパフォーマンスでも注目を浴びる。
1979年、バンドはそれまでの全てのアルバムをプロデュースしていたサンディ・パールマンに代わり、トム・ワーマンを迎えて『Mirrors』(1979)をリリースする。しかし完成したアルバムは重さに欠けるとして不評を買う。続いて、マーティン・バーチをプロデューサーに起用してアルバム『Cultösaurus Erectus』(1980)をリリース。マーティン・バーチの起用は、当時ブラック・サバスのマネージメントをも請け負っていたパールマンの引きによるものであった。つまりパールマンはブラック・サバスの『ヘヴン・アンド・ヘル』(1980)のサウンドをブルー・オイスター・カルトに持ち込もうとしたのである。この試みは一定の成果を挙げ、アルバムはイギリスにおいてもヒットする(英チャート18位)。
同じくマーティン・バーチのプロデュースした『Fire of Unknown Origin』(1981)では、シングル「Burnin' For You」が全米トップ40入りするヒットとなる。この曲は当初"バック・ダーマ"・ローザーのソロ・プロジェクト用に書かれたものであったが(ブルー・オイスター・カルトには合わないと判断された)、パールマンの指示でアルバムに収録されることとなった。また、本作収録の「Veteran of the Psychic Wars」の歌詞はマイケル・ムアコックが書いたことで知られている。このアルバムに伴うツアーの最中、ドラマーのアルバート・ブーチャードが失踪するという事件も発生した。この時に代役となったのは、バンドのライティング担当技師だったリック・ダウニーである[3]。このツアー音源を元に、ライブ・アルバム『Extraterrestrial Live』(1982)をリリース。アルバート・ブーチャードがドラムを叩いているのは2曲だけで、残りはリック・ダウニーのプレイである。ダウニーはその後正式なドラマーとしてバンドに加入。この頃アルバート・ブーチャードは、バンド結成の発端であり、1967年にパールマンが作った企画「Imaginos」の実現に取り組んでいた。
分裂 [編集]
プロデューサーにブルース・フェアバーンをむかえ、『The Revölution by Night』(1983)をリリース。バンドはアルバムの出来に満足していたが、セールス的には前スタジオ作に届かなかった。このアルバムに伴うツアーを終えてリック・ダウニーは脱退。1985年、バンドは2週間の西海岸ツアーをブッキングされるがドラマー不在のままだったため、急遽アルバート・ブーチャードを呼び戻してツアーは行われたが、ツアー終了とともにアルバート・ブーチャードは再び離脱。続いてキーボーディストのアラン・レイニアも脱退してしまう。レーベルとの契約上バンドは仕方なく『Club Ninja』(1986)をリリース。ドラマーはジミー・ウィルコックス。キーボーディストはトミー・ズヴォンチェク。スタジアム・ロック的でもあるこのアルバムは、そこそこのセールスをあげたものの、以前のブルー・オイスター・カルトを知るファンからの評価は低かった。更に1987年、ベースのジョー・ブーチャードも脱退。オリジナル・メンバーがエリック・ブルームと"バック・ダーマ"・ローザーの2人だけとなり、バンドは空中分解する。
イマジノス [編集]
1988年、コンセプト・アルバム『Imaginos』がリリースされる。このアルバムの企画は、サンディ・パールマンが、ブルー・オイスター・カルトが結成される前に考えていたもので、そのコンセプトはラヴクラフトのクトゥルフ神話をベースにしている。ドラマーのアルバート・ブーチャードが、このコンセプトに基づき書いた曲[4]の一部、「Astronomy」と「Subhuman」はアルバム『Secret Treaties』に収録された。アルバート・ブーチャードは、その後も曲を書き続け、バンドを脱退した1982年にこの作業に本格的に取り組み、レコーディングを行った。しかし、コロムビアは、アルバート・ブーチャードのソロ・アルバムとしては、この企画に興味を示さなかったため、パールマンは、エリック・ブルームと"バック・ダーマ"・ローザーによる新たなボーカルと演奏を加え、ブルー・オイスター・カルトのアルバムとしてレコーディングし発表された。同時に発表されたスティーヴン・キングのナレーションが入ったミュージック・ビデオとともに、コンセプト・アルバムとしての評価を得たものの売り上げは芳しくなく、バンドはコロムビアのプロモーションがない状態でツアーせざるを得なかった。コロムビアがソニーに売却される際、バンドは契約を失った。
1990年代以降 [編集]
CMCレコードと契約。サイバーパンク系SF作家のジョン・シャーリーのコンセプトおよび歌詞提供による『Heaven Forbid』(1998)および『Curse Of The Hidden Mirror』(2001)をリリースするも、以降スタジオ盤のリリースはなく、エリック・ブルームと"バック・ダーマ"・ローザーの2人のオリジナルメンバーを中心にメンバーチェンジを繰り返しながら、主に全盛期の曲をメインとしたライブ活動を行っている。現在はユニバーサルミュージック傘下のサンクチュアリ・レコードに所属している。
その他、1991年にリリースされたライブビデオからの音源で製作された『Live 1976』(1994)。2002年にリリースされたライブDVDからの音源で製作された『A Long Day's Night』(2004)などがある。
バンド名とシンボルの由来 [編集]
バンドを名づけたサンディ・パールマンによれば、ブルー・オイスター・カルトとは、パールマンの詩「イマジノス」で語られる「地球の歴史を監視するエイリアン組織」の名称である。これは"Cully's Stout Beer (カリー黒ビール)"のアナグラムから造られたとも述べている[5]。変形十字のシンボルは、セカンドアルバムまでのジャケットデザインをしたビル・ゴーリックが、錬金術で鉛を表す記号のひとつをもとにデザインした[6]。
オリジナル・メンバー [編集]
- エリック・ブルーム (ヴォーカル、ギター、キーボード)
- ドナルド・"バック・ダーマ"・ローザー (リード・ギター)
- アラン・レイニア (ギター、キーボード)
- ジョー・ブーチャード (ベース)
- アルバート・ブーチャード (ドラムス)
他にも一部レパートリーにおいてはエリック以外のメンバーがリード・ヴォーカルをとったこともあり、また「ME 262」をライヴで披露する際、アルバートもギターを持ち出してフォース・ギターの轟音パフォーマンスを行うこともあった。
ディスコグラフィ [編集]
| 年 | アルバム | 邦題 | ビルボード 200 |
備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1972 | Blue Öyster Cult | 狂気への誘い | #172 | |
| 1973 | Tyranny And Mutation | 暴虐と変異 | #122 | |
| 1974 | Secret Treaties | オカルト宣言 | #53 | |
| 1975 | On Your Feet Or On Your Knees | 地獄の咆哮 | #22 | ライブ盤 |
| 1976 | Agents Of Fortune | タロットの呪い | #32 | |
| 1977 | Spectres | スペクターズ | #43 | |
| 1978 | Some Enchanted Evening | 暗黒の狂宴~B.O.C.ライヴ | #45 | ライブ盤 |
| 1979 | Mirrors | ミラーズ | #44 | |
| 1980 | Cultösaurus Erectus | カルトサウルス・エレクタス | #34 | |
| 1981 | Fire Of Unknown Origin | 呪われた炎 | #24 | |
| 1982 | Extraterrestrial Live | - | #29 | ライブ盤 |
| 1983 | The Revölution by Night | ナイト・レボリューション | #93 | |
| 1986 | Club Ninja | 倶楽部ニンジャ | #63 | |
| 1988 | Imaginos | - | #134 | コンセプト・アルバム |
| 1992 | Bad Channels | - | - | サウンド・トラック |
| 1994 | Live 1976 | - | - | ライブビデオ(1991)より |
| 1998 | Heaven Forbid | - | - | |
| 2001 | Curse Of The Hidden Mirror | - | - | |
| 2004 | A Long Day's Night | - | - | ライブDVD(2002)より |
関連項目 [編集]
- パティ・スミス - アラン・レイニアと親交があり、『Agents Of Fortune』にゲスト参加。
- セバスチャン・バック - バンドの大ファンで、スキッド・ロウ時代から度々、ライブで「Godzilla」をカヴァー。
- メタル・ウムラウト - Blue Öyster Cultのように、その名称にウムラウトを使用するバンドとして、モーターヘッド(Motörhead) 、モトリー・クルー(Mötley Crüe)、クイーンズライク(Queensrÿche)などがある。
脚注 [編集]
- ^ lesvegas.com Soft White Underbelly [1]
- ^ 日本では、最初シングルA面"Sinful Love(邦題・罪深き恋)"、 B面"(Don't Fear) The Reaper(邦題・死神)" で、典型的B面ヒットとなった
- ^ リック・ダウニーとシン・リジィのドラマーであったブライアン・ダウニーに血縁関係は無い
- ^ songfacts.com [[2]]
- ^ ZigZag Magazine #62 (1976.7)
- ^ Internet Sacred Text Archive p.283[3] (参考図版)