グレイトフル・デッド

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グレイトフル・デッド
1980年代初め、バックステージでのメンバー}
1980年代初め、バックステージでのメンバー
基本情報
出身地 カリフォルニア州サンフランシスコ
ジャンル ロック
活動期間 1965–1995
レーベル Warner Bros., Grateful Dead, Arista, Rhino
共同作業者 ザ・デッド, ジ・アザー・ワンズ,ラット・ドッグ,ジェリー・ガルシア・バンド,ニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジ,グッド・オールド・ボーイズ,ザ・チューブズ,Furthur,Phil Lesh and Friends, Rhythm Devils, BK3, Donna Jean Godchaux Band, Heart of Gold Band, Missing Man Formation, Old and in the Way, Legion of Mary, Reconstruction, Jerry Garcia Acoustic Band, Kingfish, Bobby and the Midnites, ブルース・ホーンズビー, ボブ・ディラン,ブリュワー&シプリィ ,デヴィッド・グリスマン,マール・サンダース,7 Walkers
公式サイト www.dead.net
旧メンバー
ジェリー・ガルシア
ボブ・ウェア
フィル・レッシュ
ビル・クルーツマン
ロン・マッカーナン
ミッキー・ハート
トム・コンスタンテン
キース・ゴドショウ
ドナ・ゴドショウ
ブレント・ミドランド
ヴィンス・ウェルニック
ジェリー・ガルシア(中央)とミッキー・ハート(左奥) (1987年)

グレイトフル・デッド (Grateful Dead) は、アメリカロックバンド1965年カリフォルニア州サンフランシスコで結成された。グレイトフル・デッドの音楽はロックフォークジャズブルーグラスカントリー、ブルース、サイケデリック・ロックなど様々な要素を内包している。ライブの長時間にわたる即興演奏を信条としていた。

1960年代ヒッピー文化、サイケデリック文化を代表するアーティストである。デッドヘッズと呼ばれる熱狂的な追っかけファンが多く、ヒットチャートとはほとんど無縁の存在ながら、毎年のようにスタジアム・ツアーを行い、常にアメリカ国内のコンサートの年間収益では一、二を争う存在だった。日本では知名度が高くないが、本国アメリカではアメリカを代表する伝説的バンドとして認識されている。現在でも多くの熱狂的なファンがおり、メンバーの使用していた楽器などがオークションに出品されると高額落札がされる。

グレイトフル・デッドが「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第56位に選ばれている。

ギター・ボーカルのジェリー・ガルシアがローリング・ストーン誌の「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第13位、2011年の改訂版では第46位に選ばれている。

来歴[編集]

1965年、ジェリー・ガルシアを中心にサンフランシスコで結成、1967年にデビュー。当時サンフランシスコで勃興したサイケデリック・ロックのバンドとして人気を得るが、アルバムのセールスは芳しくなかった。きっちり作り上げられたスタジオ録音作品を聴かせるよりもライブでの即興演奏の方にバンドの妙味があり、やがてはそれが最大の売りとなる。

  • とはいえ、ガルシアは「我々はひとつの曲を完成させるには三年は演奏しなくてはならない」と発言している。

サイケデリック文化の衰退後も、脱退や死亡によるメンバーチェンジを頻繁に繰り返しながら米国随一のジャムバンドとして精力的なライブ活動を続ける。興が乗れば一つの曲で数十分も演奏を続けるため、長いときは公演時間が8時間に及ぶこともあったという。

即興型のロックが退潮した1980年代以降も根強い人気を保ち続け、スタジオ録音作品を出さずともコンサートの動員数や収益は常にトップクラスにあった。またデッドはライブの自由な録音と交換を許可したバンドとしても知られた。会場には録音者(テーパーと呼ばれる)のためのスペースまで確保されていたほどで、それゆえ高音質の音源が多い。録音されたライブ音源のカセットなどはその後ファンの間で交換され、ライブへのさらなる動員を促した。

「デッドヘッズ」と呼ばれるファンの熱心さを見てもわかるように、ロックバンドの枠を越える大きな存在である。アメリカのヒッピーや反体制派民主党緑の党を象徴するグループとも言える。親子二世代に渡るファンを獲得することで1990年代に入っても人気を保ち、1994年にはロックの殿堂入りを果たす。しかし1995年8月9日、リーダーのガルシアの死去によってバンドは活動停止を宣言、解散した。

その後メンバーが再集結してアザー・ワンズを結成、現在は「ザ・デッド」の名でライブ活動を行っている。ボブ・ウィアーは、ラットドッグ名義での活動もおこなっている。

メンバー[編集]

バンド名の由来[編集]

メンバーがフィル・レッシュの家に集まった際、ガルシアが「Funk&Wagnall's New Practical Standard Dictionary」を適当に開いて見つけたGrateful Deadの単語をバンド名にしたといわれている。この辞書に載っていたGrateful Deadとはトビト記やチベット仏教の経典(Bardo Thodol)など世界中に残っている「彷徨える魂を成仏させる旅人の寓話」に登場する「感謝する死者(Grateful Dead)」に由来する。

「負債を抱えたまま死んだため埋葬されない死者のためにお金を出してやった旅人が、以後不思議な幸運に見舞われるようになり、それはその死者に感謝されたおかげだと気づいた。」

ディスコグラフィー[編集]

  • 1967年 ザ・グレイトフル・デッド The Grateful Dead
  • 1968年 太陽の賛歌 Anthem Of The Sun
  • 1969年 アオクソモクソア Aoxomoxoa
  • 1969年 ライブ・デッド Live/Dead
  • 1970年 ワーキングマンズ・デッド Workingman's Dead
  • 1970年 アメリカン・ビューティー American Beauty
  • 1971年 グレイトフル・デッド Grateful Dead
  • 1972年 ヨーロッパ '72 Europe 72
  • 1973年 ヒストリー・オブ・ザ・グレイトフル・デッド vol.1 History Of The Grateful Dead Vol.1
  • 1973年 ウェイク・オブ・ザ・フラッド(大洪水) Wake Of The Flood
  • 1974年 フロム・ザ・マーズ・ホテル Grateful Dead from Mars Hotel
  • 1975年 ブルース・フォー・アラー Blues For Allah
  • 1976年 凍てついた肖像 Steal Your Face
  • 1977年 テラピン・ステーション Terrapin Station
  • 1977年 ベスト・オブ・グレイトフル・デッド What A Long Strange Trip It's Been
  • 1978年 シェイクダウン・ストリート Shakedown Street
  • 1980年 ゴー・トゥーヘヴン Go To Heaven
  • 1981年 デッド・セット Dead Set
  • 1981年 レコニング Reckoning
  • 1987年 イン・ザ・ダーク In The Dark
  • 1989年 ビルト・トゥ・ラスト Built To Last
  • 1990年 ウィズアウト・ア・ネット Without A Net

デッドヘッズ[編集]

著名人の「デッドヘッズ」としては、第42代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントン、元副大統領アル・ゴアと夫人ティッパー・ゴアスティーブ・ジョブズウォルター・クロンカイトナンシー・ペロシフランク・マリノヘンリー・ロリンズグレッグ・ギンキース・ヘリングウーピー・ゴールドバーグジェフ・ペリーNBAシカゴ・ブルズ元監督で現ロサンゼルス・レイカーズ監督のフィル・ジャクソン、SF作家のウィリアム・ギブスン、神話学者のジョセフ・キャンベルなど、錚々たる面子が並ぶ。

その他[編集]

  • グレイトフル・デッドをモチーフとしたTシャツ類は現在に至るも全米での人気商品となっている。とりわけ、デッドベアもしくはビーンベアと呼ばれるテディベアの一種が有名であり、一部にコレクターもいる。また、アメリカではダンシング・ベアー(踊るクマ)と呼ばれている。
  • リトアニア代表バスケットボールチームのスポンサーになったこともある。この時、リトアニア代表のユニフォームにはグレイトフル・デッドのロゴが入った。

参考文献[編集]

  • ミッキー・ハート『ドラムマジック リズム宇宙への旅』佐々木薫訳 工作舎 1994 ISBN 4-87502-242-5
  • D・シェンク+S・シルバーマン『グレイトフル・デッド辞典 スケルトン・キー』南風椎訳 工作舎 2004 ISBN 978-4-87502-381-4

関連項目[編集]

外部リンク[編集]