玉川カルテット

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玉川カルテット(たまがわカルテット)は、玉川玉太郎、松木ぽん太、二葉しげる、上原和による歌謡浪曲グループ。ボーイズバラエティ協会所属。

二葉の「♪ 金もいらなきゃ女もいらぬ、あたしゃも少し背が欲しい」のギャグがお馴染み。玉川一門のお家芸である任侠物を得意にする。

目次

[編集] 来歴

1961年2代目玉川勝太郎門下の玉川ゆたかが、夫婦浪曲漫才コンビ「玉川兄弟」を結成。1962年に伊丹明が加入し「玉川トリオ」となる。間もなく伊丹が脱退し、天津羽衣門下から松木ぽん太が加入。1965年に二葉しげるが加入し「玉川カルテット」が成立。同年「あきれたトリオ」(後のあきれたダンディーズ)から松浦武夫が加入し、入れ替わりで玉川ゆたか夫人が脱退。

1996年にリーダーの玉川ゆたかが死去。グループ解散の危機に瀕するも、同年6月に運転手兼マネージャーの玉川平助を形式上の新リーダーに祭り上げて存続。

1998年大瀧詠一のプロデュースで『列島どっきり宅配便』(テレビ東京系)の番組テーマ曲『玉カルのアンアン小唄』をリリース。22年振りの新曲だった。

2005年に松浦が病に倒れ脱退。同年4月に仲俊二が加入。2010年に病弱の仲と入れ替わりで、上原和が加入。2010年に病気の玉川平助と入れ替わりで、玉川平次が加入。2011年に玉川玉太郎が新リーダーとなる。

[編集] メンバー

現メンバー
元メンバー
  • 玉川平次(たまがわ へいじ):3代目リーダー。2010年加入。元マネージャー。
  • 伊丹明(いたみ あきら):前三味線担当。曲師の第一人者として活躍中。日本浪曲協会所属。
  • 玉川ゆたか(たまがわ ゆたか):初代リーダー。本名:茶間豊。1939年生まれ。神奈川県横浜市出身。1956年、2代目玉川勝太郎に入門し(初代?)玉川福助を名乗った。コメディアン玉川良一は兄弟子にあたる。『一本刀土俵入』『吉良の仁吉』『瞼の母』等を得意とした。1996年5月19日、肝臓ガンのため死去。バラエティー番組にもピンで時折出演していた。
  • 松浦武夫(まつうら たけお):前ギター担当。1938年生まれ。長崎県出身。1964年、「あきれたトリオ」に加入、翌年二葉と共に移籍し、天才バカボン似の愛敬ある風貌で人気者に。「松浦たけお」と名乗っていた時期もある。ギター演歌の節は一級品だったが、病魔に倒れ2005年頃、引退。
  • 仲俊二(なか しゅんじ):ギター担当。1947年生まれ。北海道出身。前職は錦糸町ギター流しで、持ち歌『女泣かせの錦糸町』がある。松浦引退後入ったが、入って1年立たず脳溢血で倒れ引退。
  • 玉川平助(たまがわ へいすけ):2代目リーダー。1941年生まれ。愛知県出身。1971年、玉川カルテットに運転手兼マネージャーで採用される。曲師の吉野静の実弟。病気により引退。

[編集] 出演番組

[編集] 受賞歴

  • 1975年 放送演芸大賞 ボーイズ部門

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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