裸の王様

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裸の王様(はだかのおうさま : Kejserens nye klæder)は、デンマーク童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン童話。アンデルセンの代表作の1つ。

目次

[編集] 概要

1837年発表。デンマーク語: "Kejserens nye klæder"が原題であり、日本語に直訳すると「皇帝の新しい服」となる。ドイツ語版 "Des Kaisers neue Kleider" も英語版 "The Emperor's New Clothes" も題名はデンマーク語の直訳である。

ルカーノル伯とパトローニオによる模範とすべき本スペイン語版(Libro de los enxiemplos del Conde Lucanor et de Patronio)[1]』Ejemplo XXXII[2]スペインの古い伝承をアンデルセンが翻案したものである。物語の大枠は変わっていないが、元の話では王様が裸であると指摘するのは子供ではなく黒人であった。

[編集] あらすじ

見えもしない衣装を身にまとう王様のパレード。下着は身につけている

新しい服が大好きな王様の元に、二人組の詐欺師が布織職人という触れ込みでやって来る。彼らは何と、馬鹿や自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない不思議な布地を織る事が出来るという。王様は大喜びで注文する。仕事場に出来栄えを見に行った時、目の前にあるはずの布地が王様の目には見えない。王様はうろたえるが、家来たちの手前、本当の事は言えず、見えもしない布地を褒めるしかない。家来は家来で、自分には見えないもののそうとは言い出せず、同じように衣装を褒める。王様は見えもしない衣装を身にまといパレードに臨む。見物人も馬鹿と思われてはいけないと同じように衣装を誉めそやすが、その中の小さな子供の一人が、「王様は裸だよ!」と叫んだ。ついにみなが「王様は裸だ」と叫ぶなか王様一行はただただパレードを続けた。

なお、日本でのタイトルが「裸の王様」なので、何も身につけていない全裸だと思われている節があるが、実際のところは下着だけは身につけている。絵本版などの挿絵もそうなっている。

[編集] 登場人物

二人の詐欺師
王様
新しい服が大好き。逆らえる者は誰もいない。
二人の詐欺師
布織り職人というふれこみ。愚か者には見えない布を織ると言って王様たちを騙す。
大臣
正直者で通っている年寄り。人が良い。布地が見えたふりをして嘘をつく。
役人
根はまっすぐ。
家来たち
町の人々
小さな子供
王様の言うことに誰も意見できない。ただ一人を除いては。

[編集] 日本での紹介

「孩堤の翁」という筆名を用いた巌本善治が、雑誌『女学雑誌』に1888年から連載したのが嚆矢(こうし)である。このときの題名は『不思議の新衣装』であった。

同年末、高橋五郎が「在一居士」という筆名春祥社から『諷世奇談、王様の新衣装』を刊行している。その後も多くの訳が出ているが、『裸の王様』、『はだかの王様』、『はだかの王さま』の題名が一般的である。

[編集] 台詞や比喩の各国語訳

「王様は裸だ」


「(政治家、権力者が)裸の王様であることに気付きなさい」

  • 英語: "Look at the Emperor's new clothes."

[編集] ミュージカル

劇団四季はアンデルセンの作品を長年にわたり上演している。『はだかの王様』は1964年初演、台本は寺山修司の手による。

詳細は『はだかの王様 (劇団四季)』を参照。

[編集] 比喩

企業経営者政治家組織のトップ・ある分野におけるカリスマ的存在が、失脚や逮捕など自分の意に反する形でその分野の表舞台から姿を消す、あるいは自身の権勢の基盤としていた企業・組織を凋落・破綻させるなど、トップ・カリスマ・権力者という社会的地位を喪失した後に、「結局は裸の王様でしかなかった」という人物評で語られる場合がある。特に、全盛期にあっては「ワンマンオーナー」「ワンマンリーダー」「○○(ジャンル)の絶対的カリスマ」「○○業界のドン」などとして知名度を持ち、全盛期には自身の組織のみならずその分野全般に対して絶大な影響力を確立し権力を振るった人物や、同様に全盛期には莫大な収入と派手な言動で知られた人物に対して使われることが多い表現の1つである。

概して、マスメディアニュース報道・記事や読物などにおいては、一時はトップに上り詰めわが世の春を謳歌したにもかかわらず、後に失脚・破産・逮捕などにより社会的地位を失うという経緯を辿った人物を評して、「裸の王様」という言葉で総括していることがある。この場合には、その社会的成功と権勢の拡大の裏返しとして、

  1. 諫言してくれる人物を自ら煙たがり遠ざけた
  2. その性格的な問題や成功による増長が原因となり、苦言を呈してくれる人物が周囲から去っていった
  3. 社会経験の浅い若者が時流に乗って一気に大成功したが、ブレーンとなってくれる人物が現れなかった
  4. その権勢が絶大になっていったがゆえに忠言できる人物がいなくなり、側近にイエスマンしか残らなかった
  5. 成功と共に熱狂的な信奉者やファンがついたため、彼らの批難・攻撃・中傷を警戒して誰も諫言しなくなった
  6. 専門性が高すぎるあまり、理論的・客観的に苦言を呈することができる人物が存在しなかった
  7. 忠言や諫言をしても本人の耳には届かず、むしろそれに反発する所属企業・事務所が何かにつけて警告や告訴脅迫をちらつかせたため、誰もが萎縮して何も言わなくなった

以上の様な状況のいずれかが発生した結果、その人物の周辺には金や出世を目当てに群がる追従者だけが残り、当人は耳に快い言葉ばかり聞かされて現実を直視・把握できない状況に陥り、最後には時代の潮流から取り残されて転落し、全盛期には周囲に群がっていた人々は見捨てて全て去っていった、などという筋書きとなる事が多い。

[編集] 関連図書

  • 開高 健『裸の王様』
  • 高橋健二『グリム兄弟とアンデルセン』(1937年)東京書籍

[編集]

  1. ^ Wikisource-logo.svg Juan Manuel: Conde Lucanor - ウィキソース
  2. ^ Wikisource-logo.svg Juan Manuel: Conde_Lucanor:Ejemplo_32 - ウィキソース

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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