宝船

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鳥山石燕百器徒然袋』より「宝船」

宝船(たからぶね)とは、七福神が乗る宝物を積み込んだ帆船、または、その様子を描いた図のこと。新年をあらわす季語でもある。

宝船には珊瑚宝石など、様々な宝物が積み込まれているという。そのため宝船はおめでたい船とされ、この船に七福神が乗っている様子をかたどった置物などが縁起物として親しまれている。その帆には「獏」の字が書かれることもある。

また、宝船が描かれた図には

なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな
(永き世の 遠の眠りの みな目ざめ 波乗り船の 音のよきかな)

という回文歌などが書かれることがあり、正月の2日にその絵を枕の下に入れて寝ると良い初夢を見ることができると言われている。

起源[編集]

宝船のようになったのは後世の事で、元はもっと素朴なもので悪夢を乗せて流すという「夢違え」または「夢祓え」の船が原形だという(穢れを水に流すという大祓の発想に基づく)[1]

室町時代には、節分の夜か除夜の際に船の絵が人々に分け与えられ、人々はそれを床の下に敷いて寝た後、翌朝集めて流したり埋めたりしていた事から、流す物あるいは祓う物として考えられていたことが伺える。

鄭和の宝船[編集]

中国の代には、鄭和が東南アジアからアフリカ東海岸への大航海を行った。船団の中心となったのは鄭和の宝船(ほうせん)と呼ばれる巨大船で、全長120メートルを超える当時としては史上最大の木造船であった。積載品はまさに宝船といってよい内容で、出航の際は寄港地への贈答品として宝石や陶磁器などが積まれ、帰航の際はキリンライオンといった当時の中国人が知らない珍獣などの貢物が積まれた[2][3]

脚注[編集]

  1. ^ 折口信夫 『古代研究Ⅰ 祭りの発生』 中央公論新社〈中公クラシックス〉、2002年8月、22-26頁。ISBN 4-12-160036-3
  2. ^ 宮崎正勝 『鄭和の南海大遠征 永楽帝の世界秩序再編』 中央公論社〈中公新書〉、1997年7月。ISBN 4-12-101371-9
  3. ^ 太佐順 『鄭和 中国の大航海時代を築いた伝説の英雄』 PHP研究所〈PHP文庫〉、2007年11月。ISBN 978-4-569-66812-3

関連項目[編集]

外部リンク[編集]