かちかち山

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『かちかち山』(尾形月耕

かちかち山(かちかちやま)は、老婆を残虐に殺したタヌキを、老爺に代わってウサギが成敗する日本の民話

題名の「かちかち山」とは、タヌキが背負ったにウサギが火打石で火をつけようとした際、石の音を怪しんだタヌキに対して答えたウサギの言葉によるといわれる。江戸時代には「兎の大手柄」とも呼ばれていた。

あらすじ[編集]

『かちかち山』(財団法人東洋文庫蔵、江戸時代)。タヌキの背負う柴の束にウサギが火をつける場面。

昔ある所に畑を耕して生活している老夫婦がいた。

老夫婦の畑には毎日、性悪なタヌキがやってきて不作を望むような囃子歌を歌う上に、せっかくまいたをほじくり返して食べてしまっていた。業を煮やした(おきな)はやっとのことででタヌキを捕まえる。

翁は、(おうな)に狸汁にするように言って畑仕事に向かった。タヌキは「もう悪さはしない、家事を手伝う」と言って媼を騙し、を解かせて自由になるとそのまま媼をで撲殺し、その上で媼の肉を鍋に入れて煮込み、「婆汁」(ばばぁ汁)を作る。そしてタヌキは媼に化けると、帰ってきた翁にタヌキ汁と称して婆汁を食べさせ、それを見届けると嘲り笑って山に帰った。翁は追いかけたがタヌキに逃げられてしまった。

翁は近くの山に住む仲良しのウサギに相談する。「仇をとりたいが、自分には、かないそうもない」と。事の顛末を聞いたウサギはタヌキ成敗に出かけた[1]。まず、ウサギは金儲けを口実にタヌキを柴刈りに誘う。その帰り道、ウサギはタヌキの後ろを歩き、タヌキの背負った柴に火打ち石で火を付ける。火打ち道具の打ち合わさる「かちかち」という音を不思議に思ったタヌキがウサギに尋ねると、ウサギは「ここはかちかち山だから、かちかち鳥が鳴いている」と答え、結果、タヌキは背中にやけどを負うこととなった。後日、ウサギはタヌキに良く効く薬だと称してトウガラシ入りの味噌を渡す。これを塗ったタヌキはさらなる痛みに散々苦しむこととなった。タヌキのやけどが治ると、最後にウサギはタヌキの食い意地を利用してに誘い出した。ウサギは木の船と一回り大きなの船を用意し、思っていた通り欲張りなタヌキが「たくさん魚が乗せられる」と泥の船を選ぶと、自身は木の船に乗った。沖へ出てしばらく立つと泥の船は溶けて沈んでしまう。タヌキはウサギに助けを求めるが、逆にウサギにで沈められてしまう。タヌキは溺れて死に、こうしてウサギは媼の仇を討った。

解説[編集]

基本構造[編集]

室町時代末期には現在の形で成立していたとみるのが一般的である。

ウサギは知恵者、人間の味方として描かれ、タヌキは他の昔話や民話でもそうであるように、人間をだます者、人間を化かす者として描かれる。平安時代からすでにみられる、キツネ・タヌキ・ムジナを人間や地蔵や物に化けて人間を困らせるものとして描く類型のひとつ。

この物語は三部構成、あるいは三つの話の複合形態をとっているとみることができる。

第一話:人間に悪戯をする動物が捕らえられる話(翁がタヌキをとらえる)
第二話:人間に捕えられた動物が知恵で人間をやりこめる話(タヌキが媼を殺して逃げる)
第三話:人間は出てこず、動物同士の争いの話(ウサギがタヌキを懲らしめ仇討ちをする)

ウサギがタヌキを懲らしめるために行う火責めと水没といった事柄は、決してタヌキを無意味に痛ぶるために行われているのではなく、世界各地や日本でも古代から中世にいたるまで政治的にも行われていた裁判の一形態である、いわゆる「盟神探湯」の考え方にちなんでいる。ウサギは裁判官の役目を担わされているのである。もし、タヌキが無実であるならば、やけどもしないし溺れもしないはずだという暗黙の前提で書かれている物語である。

現在の唐辛子はもともと日本になくポルトガル人の渡来以降に持ち込まれたとする説をとって、第三部は本来は火責めと水没のみであり、その間に挿入された唐辛子を使う部分は江戸時代になってから付け加えられたとする見方もある。ただし、ここで使われる刺激物は話によって唐辛子のみならずからしタデの汁、味噌などのバリエーションがあり、刺激物が変わっただけの可能性もある。

また、人を殺して料理する点でカニバリズム(食人)を想起させ、日本の数ある説話や昔話の中でも異色といってもよい。

評価の変化・内容の改変[編集]

江戸時代には、厳しい身分統制を行って徳川幕府を頂点とする権力秩序構造を安定維持するため、藩学寺子屋で目上の者、すなわちすでに権力を持っている者を敬うよう徹底した感化教育が行われていた。質素倹約を旨とした徳川吉宗は、武士の通う藩学だけでなく武士以外の通う寺子屋の教育内容も儒教的な道徳を取り入れるよう指導し、『六論衍義大意』という、今でいう教科書のようなものを配布したりもしている。こうした中で、目上の者に害をなす悪者は徹底的にせられなければならないという勧善懲悪の話が好まれるようになってくる。江戸時代には『忠臣蔵』の流行に見られるような、主君に忠実であり仇討ちを遂行する演目が人気を博したりしたのも、そうした背景があってのことと考えられる。江戸時代に五大昔話と言われて人気のあった『さるかに』『花咲爺』『かちかち山』『舌切雀』『桃太郎』はいずれも、質素倹約、勧善懲悪の物語である。

勧善懲悪の『桃太郎』なども、村から財宝やを盗んだであるにもかかわらず、鬼は何も悪くないのに成敗されたとして鬼に感情移入してしまう読み方があるが、同様に、かちかち山においてもウサギに懲らしめられるタヌキが気の毒であると読む人もいる。そこで、江戸時代には、タヌキに同情すべきところはないとするために、タヌキが懲らしめられるシーンの一部を削ったものが存在する。江戸時代後期の帆足万里は『記翁媼事』で、第三部のうちタヌキが火傷をさせられるシーンを省いている。媼を殺して翁に媼入りの(とろみのあるスープのこと)を食べさせてまんまと逃げたタヌキ、それに続くのは、タヌキがケガをして寝込んでいたらウサギが医者としてやってきた、というシーンである。「かちかち山」の題名の由来になるはずの火打石でかちかちという行動も台詞も、もちろんまったくない。

そうした「悪人を悪人として描く」ための江戸時代にはすでにあった改変とは別に、遅くとも戦時中までには[2]、他の昔話でもそうなのであるが、現代的な基準[要出典]において「残酷」とされるシーンを割愛あるいは改変した出版がなされるようになった。例えば、老婆は殺されずに重傷を負って一時的な寝たきりとなっていたり、あるいは最後のシーンでウサギもタヌキの命までは取らない(その場合はタヌキは最後に改心する)などとなっている。

地方ごとの差異[編集]

他の昔話同様、いくつかの地方に細部の異なる民話の存在が知られている。タヌキがウサギと再会するたびにとがめるが「それはよそのウサギだろう、自分は知らないよ」とウサギがとぼける掛け合いが入っていたり、東北地方ではウサギとクマの話としても聞かれる。

また、新潟県には、ウサギが人間の家に上がり込み、タヌキを料理して食べてしまうが、その家の人に見つかり殺されるというパターンが存在する。

世界の類話[編集]

火によって有罪無罪を確かめる盟神探湯の類型は、『古事記』にもすでにみられる。木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)は瓊々杵命(ニニギノミコト)の子を身ごもったが、瓊々杵命は、たった一夜の契りで身ごもったことに不信をいだき、自分の子ではなく誰か他の神の子ではないかと疑った。これに対して、木花咲耶姫は、自分の身ごもった子が他の神の子なら出産のときによくないことが起こり、瓊々杵命の子なら無事に出産できるだろうと言い残し、隙間をすべて壁土で塞いだ無戸室に入り出産の準備をした。木花咲耶姫は産気づいたところで室に火を放ち、炎の中で無事に子を産み落とし貞操を証明した。

ウサギが裁判官の役目を果たすものとしては、西アフリカの民話がある。草原ワニが火に取り囲まれ、困っていた。通りかかった人間が、ワニを助けて袋に入れて背に担ぎ、まで運んでやる。からワニを出すと、ワニは人間に「腹が空いているからお前をこれから食べる」という。人間はワニに、「助けてやったのだから、感謝して食べないでくれ」と頼む。そこで、ワニは、湖に水を飲みに来たロバたちに意見をきく。ロバたちは、我々は人間を助けて人の乗り物となったり荷物を運んだりしてやるが、感謝をされたことがないと言う。日頃使役してきた動物たちに責められ、窮地に立った人間を、ただひとり、ウサギが助けてくれる。知恵者のウサギが、「この袋はずいぶんと小さすぎる。人間は、本当にこの袋に入れてワニをここまで運んできたのか。ワニは、もう一度袋に入ってみてくれないか」とワニを欺くのである。そこで、再びワニが袋に入って見せると、ワニは人間に撲殺され、食用とされることになった。ワニの入った袋を背負った人間が村に帰ると、子が病に伏せっていた。助けるにはワニの血とウサギの肉が要る。ちょうどワニはウサギの知恵をのおかげで袋に入れて持ちかえっている。あとはウサギである。助けてくれたウサギが、ほら、そこにいる…[3]

太宰治版かちかち山[編集]

太宰治の『お伽草紙』ではかちかち山を新解釈で書き直し、美少女と男の宿命物語としている。

ウサギを十代後半の潔癖で純真(ゆえに冷酷)な美少女に置き換えている。対するタヌキは、そのウサギに恋をしているがゆえに、どんな目にあってもウサギに従い続ける愚鈍大食な中年男として書かれている。

少女は敵討ちという名目で生理的嫌悪を感じているタヌキを虐待し、男はウサギの歓心を買いたいばかりに嫌われてもただ従い続ける。「惚れたが悪いか」と言い残して溺死して水底に沈む男を見送る美少女が、汗を拭いながら美しい風景に微笑を浮かべて終わる、と言う少女の純粋さゆえの悪意と恋する男の惨めさを描いた作品となっている。

全編に落語的な言い回しが多用されており、太宰の落語好きな面をうかがわせる作品でもある。テレビ東京で「太宰治のカチカチ山」のタイトルで2時間ドラマ化もされた。

模擬裁判[編集]

2009年、日本で裁判員制度が導入されるのを前に、小学校2校でかちかち山を題材とした模擬裁判が行われた。この模擬裁判の被告人は、タヌキを死に至らしめたウサギ。罪名および罰条は殺人罪(刑法199条)。

  • 2009年(平成21年)1月29日、香川県の香川大学教育学部附属坂出小学校で、高松地方裁判所の協力のもと、現役裁判官(判事補)が参加した同話を題材とする模擬裁判形式の研究授業が行われた[4]。この模擬裁判の被告人は、タヌキを死に至らしめた「ウサギ」。罪名および罰条は殺人罪。児童を数グループに分けて議論を経て、裁判官の示した刑期より重い「懲役9年」の判決となった。
  • 同年7月24日、長崎県壱岐市で、法テラス壱岐のスタッフ弁護士の主催で、同話を題材にした小学生を対象とした模擬裁判が行われた。壱岐市内の小学校で、6年生が裁判官裁判員検察官弁護士に分かれて評議した結果、被告人である「ウサギ」に対して「懲役15年」の判決が言い渡された[5]

脚注[編集]

  1. ^ ここまでの部分が原話に存在せず、後味の悪さから後になって付け加えられたとする説もある。
  2. ^ 太宰治『お伽草紙』(1945、作中年代は戦中末期) より「現今発行せられてゐるカチカチ山の絵本は、それゆゑ、狸が婆さんに怪我をさせて逃げたなんて工合に、賢明にごまかしてゐるやうである」
  3. ^ 「人とワニ」-Amadou Hampate Ba『Il n'y a pas de petite querelle』
  4. ^ 高松地方裁判所・広報活動 『裁判官が小学校の研究授業に参加
  5. ^ 法テラス長崎・お知らせのバックナンバー 『模擬裁判「かちかち山タヌキ殺し事件」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]