分福茶釜

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分福茶釜(ぶんぶくちゃがま、ぶんぷくちゃがま)とは、日本中で語り継がれている昔話のひとつ。文福茶釜とも表記する。タヌキがあらわれ、化けて人を騙す場面が見られる。

概説[編集]

江戸時代赤本絵本に、茶釜から顔や手足を出した狸の姿や傘を持って綱渡りをする姿がデフォルメされたことによって、そのイメージが広範にそして甚だしく笑話化されて伝えられてしまった[1]。もともとは狐の恩返しをテーマにしたものであり『日本昔話大成』の中の「狐と博労」、「狐遊女」と同種の昔話である[1]

そのルーツは群馬県館林市茂林寺に伝わる伝説で、茂林寺には現在も狸が化けたとされる茶釜が伝わっている。茂林寺にある茶釜は、1394年から1428年の間に住職であった守鶴が愛用した茶釜で、一度水を入れると、一昼夜汲み続けても水がなくならないという伝説が伝えられている(松浦清山著『甲子夜話』に所収)。

「分福」という名の由来については諸説ある。この茶釜はいくつもの良い力を持っていたが中でもける力が特に強くかったことに由来し、「福を分ける茶釜」という意味から分福茶釜と呼ばれるようになったという説や水を入れると突然「ぶくぶく」と沸騰することから「ぶんぶく」となったのではないかという説もあるが、どれが本当かははっきりしていない。

あらすじ[編集]

貧しい男がにかかったタヌキを見つけるが、不憫に想い解放してやる。その夜タヌキは男の家に現れると、助けてもらったお礼として茶釜に化けて自身を売ってお金に換えるように申し出る。次の日、男は和尚さんに茶釜を売った。和尚さんは寺に持ち帰って茶釜を水で満たし火に懸けたところ、タヌキは熱さに耐え切れずに半分元の姿に戻ってしまった。タヌキはそのままの姿で元の男の家に逃げ帰った。次にタヌキは、綱渡りをする茶釜で見世物小屋を開くことを提案する。この考えは成功して男は豊かになり、タヌキも寂しい思いをしなくて済むようになったという恩返しの話である。

月岡芳年画『新形三十六怪撰』より「茂林寺の文福茶釜」。タヌキが僧に化けたという説に基いて描かれたもの。

茂林寺の伝説ではタヌキが守鶴という僧に化けて寺を守り、汲んでも尽きない茶を沸かしたとされている。普通、物怪(もののけ)はを嫌うが、このタヌキはその鉄の茶釜に化けており金の精霊たる所以を表している[2]

柳田國男による分析[編集]

民俗学者・柳田國男によると、基話の狐の恩返しを基にすれば、動物と人間との交渉を物語る昔話の根幹には<動物援助>の考えがあり、選ばれた人間に神の使いである鳥獣が富を与えるのだという。そこで動物の危機を救ってやり報恩を受けるのを見ると、動物が献身的に尽くす好意も理解できる。動物援助から動物報恩に移行する過渡的な様相を帯びた話といえる[1]

別伝[編集]

山形県米沢市南原横堀町の常慶院にも類種の伝説が伝わっているが、こちらでは狸ではなくキツネが登場する。

その他[編集]

ウニの一種・ブンブクチャガマの名称は分福茶釜から。毛玉の様な外見をタヌキに模して名づけられたらしい。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 野村純一ほか編 『昔話・伝説小事典』 みずうみ書房、1987年、210頁。ISBN 978-4-8380-3108-5
  2. ^ 詳しくは

関連項目[編集]

外部リンク[編集]