見世物小屋

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大寅興行社の見世物小屋(2008年10月)

見世物小屋(みせものごや)は、普段は見られない品や芸、獣や人間を売りにして見せる小屋。

江戸時代に爛熟し、明治時代以後に今でいうところの見世物小屋に近づいていった。昭和30年頃には、神社のお祭などで縁日などと並んで見世物小屋も興業していた。

「(略)〜お代は見てからで結構だよ。さあさあさあさあ入って入って、間もなく始まるよ〜」と口上と呼ばれる呼び込みがあり、この口上は一つの風物詩でもあり、この時代を描いたドラマなどでもよく用いられる。

見世物[編集]

奇形の子供や性行為を覗き穴で見せるなど、文字通り何でも見世物にした。時には、誘拐された子供が人身売買で、足の筋を切られた被虐的な道化役や、見世物として覗き穴の娼婦にするために売り飛ばされてきた例もあったという。社会福祉が発達していなかった頃には、身体障害者が金銭を得る為の仕事であり生活手段の一つでもあった(中村久子など)。昭和50年以後には、身体障害者舞台出演させて見世物とする事などに対して取締りが行なわれるようになった。

  • へび女(例:体に蛇を巻きつけたりかじりついたりする、蛇の入れ墨。)
  • タコ女・タコ娘
  • だるま女(手足が無い)
  • 奇形動物(珍獣)
    • 双頭の動物
    • 人間ポンプ
    • 人間火炎放射器
    • 犬の曲芸

珍獣[編集]

見世物の演目として珍獣を見せることも行なわれた。珍獣を使うことは江戸時代寛永年間ころから孔雀を見せたのが最初である。鸚鵡などに曲芸をさせることは、寛文年間ころからであった。

生類憐れみの令によって一時はこの種のことは行なわれなくなったが、享保2年、禁が解かれると再び流行した。以後、奇形のもので八頭八足の牛、三本足雞など、またガラン鳥インコ雷獣山嵐駝鳥水豹・白牛などもあった。文政4年の駱駝の登場は大変な人気を博し、梁川星巌はそれを見て作詩し、その詩が文人間で愛唱され、その意味で、夫婦が一緒に歩くことを「駱駝」と言うようになったことは頼山陽の書簡にも見える。

天保年間には・白・六足犬・岩獅子火喰鳥などの見世物もあった。

この他、大イタチ(大きな板に血糊を付ける)、大穴子(大きな穴に子供を入れる)などの駄洒落や、猿・犬・鯉などの遺体を組み合わせて作り上げたものを、河童人魚など伝説の生物ミイラとして見せることもしていた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]