モリマン
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| モリマン | |
|---|---|
| メンバー | ホルスタイン・モリ夫 種馬マン |
| 結成年 | 1994年 |
| 事務所 | よしもとクリエイティブ・エージェンシー 札幌事務所 |
| 活動時期 | 1994年 - |
| 出身 | 銀座7丁目劇場 |
| 現在の活動状況 | テレビ・ライブなど |
| 過去の代表番組 | マンブー! |
| 公式サイト | よしもとクリエイティブ・エージェンシー 札幌事務所ホームページ 公式プロフィール |
モリマンは、日本の女性お笑いコンビ。 所属事務所はよしもとクリエイティブ・エージェンシー札幌事務所。 同期にタカアンドトシなどがいる。
ネタの間にブリッジとして「も~り!もり!もり!もり!まん!まん!」と言いネタを入れる。
目次 |
[編集] メンバー
- ホルスタイン・モリ夫(ホルスタイン モリお、1973年3月31日 - )
- 本名:坂上 華奈(さかがみ かな)。北海道札幌郡広島町(現・北広島市)出身。O型。ボケ担当。体重はもっとも多いときは94kgあったが、ダイエットで20kgの減量に成功した。未婚。
- 種馬マン(たねうま マン、1970年1月8日 - )
- 本名:増永 美穂子(ますなが みほこ)。北海道札幌市出身。B型。ツッコミ担当。未婚か既婚かは不明。最近は眼鏡をしていることが多い。
[編集] 略歴
- 1994年デビュー。初舞台は銀座7丁目劇場である。コンビ名の由来は「読んで字の通り」(種馬がその由来の持ち主らしい)。
- フジテレビ『タモリのボキャブラ天国』(キャッチコピーはダーティー・プレイメイト)に出演したことで一気に知名度が上昇したが、舞台の上での放送禁止用語の連発、モリ夫による夜間ライブや番組収録中での下半身の露出でメーテルをもじった「ミェーテル」ネタなど、一時期は下劣さにおいて吉本はおろか、お笑いタレントの中でさえ群を抜く過激さだった。放送を見たモリ夫の母親が激怒し、電話で娘を詰問したという逸話が残る[1]。
- 『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』での「山崎邦正 VS モリマン」対決企画で、モリ夫が山崎邦正を完膚無きまでに叩きのめし続けている。この企画ではモリ夫個人を指してモリマンとも呼ぶ。同番組のDVDには、この戦いのみを収録したものがあり、選手紹介のときのキャッチフレーズは「北海が生んだリアルブタゴリラ」「殺人エンジェル」「霊長類最強のチャンピオン」「北海の潰し屋」「雪国が生んだビューティープリンセス」「北海のリーサルウェポン」「道産子ビューティ」「道産子クイーン」。一方、種馬マンはダウンタウンの松本人志に「年々綺麗になっている」「高嶺の花」と評される。これは対決企画以前にモリマン2人のうちどちらを異性として選ぶかというフリートークで、松本が(ネタとして)彼女を絶賛したのが始まりである。負けず嫌いの松本が10年以上前の発言を踏襲しているため、浜田が苦笑するのがお約束となっている。
- 雨上がり決死隊など山崎の後輩芸人が語るところによると、山崎はこの辛い企画を本気で嫌がっており、企画が持ち上がるたびに体調がおかしくなるそうである。そうしてやられ続けている腹いせもあってか、山崎に番組の中で「モリマンは解散した」とデマを流され、本当に仕事が減ったこともあり、現在、山崎はモリマンにとって宿命の敵と化している。
- 現在は、よしもとクリエイティブ・エージェンシー札幌事務所に所属し、ローカルタレントとして番組のレポーターや舞台ライブなどをする傍ら、現在も続く「山崎 VS モリマン」企画、『志村&鶴瓶のあぶない交遊録』のナインティナインとの元祖英語禁止ボウリング対決など年に数度は全国ネットの番組に顔を出している[2]。
- モリ夫は、札幌でペットグッズショップを経営している。
- 2007年9月1日、666新木場大会にモリ夫が参戦。バカ社長の爆竹に火を放つなど、勝利に貢献した。
- 初冠番組は1990年代にロンドンブーツ1号2号と担当した『マンブー』(TBS)。
- 雨上がり決死隊と誕生日が同じ(種馬は2歳上の蛍原徹と、モリ夫は3歳上の宮迫博之と)。
[編集] 脚注
- ^ Love Piece Club 小間使いの日記 インタビュー
- ^ その理由として、「東京の夏の暑さに耐えられなかった」と、「オールザット漫才」で打ち明けている。
[編集] 外部リンク
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