夏の夜の夢

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夏の夜の夢』(なつのよるのゆめ、原題:A Midsummer Night's Dream)は、ウィリアム・シェイクスピアによって1590年代中頃に書かれた喜劇形式の戯曲。全5幕からなる。アテネ近郊の森に脚を踏み入れた貴族や職人、森に住む妖精たちが登場する。人間の男女は結婚に関する問題を抱えており、妖精の王と女王は養子を巡りけんかをしている。しかし、妖精の王の画策や妖精のひとりパックの活躍によって最終的には円満な結末を迎える。

幾度か映画化もされている。他にも後世に作られた同名の作品が複数ある。坪内逍遥訳をはじめ古い翻訳では『真夏の夜の夢』(まなつのよのゆめ)と訳されることが多かった(日本語訳タイトルの節を参照)。

プロット[編集]

アセンズ公シーシアス(テセウス)とアマゾン国のヒッポリタ(ヒッポリュテ)との結婚式が間近に迫っており、その御前から舞台は始まる。貴族の若者ハーミアとライサンダーは恋仲であるが、ハーミアの父イージアスはディミートリアスという若者とハーミアを結婚させようとする。ハーミアは聞き入れないため、イージアスは「父の言いつけに背く娘は死刑とする」という古い法律に則って、シーシアスに娘ハーミアを死刑にすることを願い出る。シーシアスは悩むものの、自らの結婚式までの4日を猶予としてハーミアへ与え、ディミートリアスと結婚するか死刑かを選ばせる。ライサンダーとハーミアは夜に抜け出して森で会うことにする。ハーミアはこのことを友人ヘレナに打ち明ける。ディミートリアスを愛しているヘレナは二人の後を追う。ハーミアを思うディミートリアスもまた森に行くと考えたからだ。

シーシアスとヒッポリタの結婚式で芝居をするために、6人の職人が一人の家に集まっている。役割を決め、練習のために次の夜、森で集まることにする。かくして、10人の人間が、夏至の夜に妖精の集う森へ出かけていくことになる。

オーベロンとタイターニアの喧嘩:中央左がタイターニア、中央右がオーベロン。タイターニアがかばうようにしているのがとりかえ子。周りには森の妖精が描かれている。

森では妖精王オーベロンと女王タイターニアが「とりかえ子」を巡って喧嘩をし、仲違いしていた。機嫌を損ねたオーベロンはパックを使って、タイターニアのまぶたに花の汁から作った媚薬をぬらせることにする。キューピッドの矢の魔法から生まれたこの媚薬は、目を覚まして最初に見たものに恋してしまう作用がある。パックが森で眠っていたライサンダーたちにもこの媚薬を塗ってしまうことで、ライサンダーとディミートリアスがヘレナを愛するようになり、4人の関係があべこべになってしまう。また、パックは森に来ていた職人のボトムの頭をロバに変えてしまう。目を覚ましたタイターニアはこの奇妙な者に惚れてしまう。

とりかえ子の問題が解決するとオーベロンはタイターニアが気の毒になり、ボトムの頭からロバの頭をとりさり、タイターニアにかかった魔法を解いて二人は和解する。また、ライサンダーにかかった魔法も解かれ、ハーミアとの関係も元通りになる。一方、ディミートリアスはヘレナに求愛し、ハーミアの父イージアスに頼んで娘の死刑を取りやめるよう説得することにする。これで2組の男女、妖精の王と女王は円満な関係に落ち着き、6人の職人たちもシーシアスとヒッポリタの結婚式で無事に劇を行うことになった。

物語の背景[編集]

ヨーロッパでは夏至の日やヴァルプルギスの夜に、妖精の力が強まり、祝祭が催されるという言い伝えがある。劇中でも小妖精のパックや妖精王オーベロンなどが登場する。特にトリックスター的な働きをするパックは人々に強い印象を与え、いたずら好きな小妖精のイメージとして根付いている。Puck はもとはプーカ Puka などとして知られていた妖精のことである。

『夏の夜の夢』の執筆時期と最初の上演がいつだったのか正確な日付は不明であるが、1594年から1596年の間であったと考えられている。1596年2月のトーマス・バークレイ卿とエリザベス・キャレイの結婚式で上演するために書かれたとする説もある。『夏の夜の夢』の構想の元となった作品は不明であるが、個々の登場人物や出来事は、ギリシャ神話古代ローマの詩人オウィディウスによる『変身物語』、アプレイウスの『黄金のロバ』といった古典的な文学から流用されている。

登場人物[編集]

貴族[編集]

  • ハーミア(Hermia):ライサンダーの恋人、イージアスの娘。
  • ライサンダー(Lysander):ハーミアの恋人。イージアスに嫌われている。
  • ディミートリアス(Demetrius):イージアスが決めたハーミアの許嫁。ハーミアに思いを寄せる。
  • ヘレナ(Helena):ハーミアの友人。ディミートリアスに思いを寄せる。
  • イージアス(Egeus):ハーミアの父。
  • シーシアス(Theseus):アセンズ(アテナイ、現代のアテネ)の公爵。ギリシャ神話ではテセウスとして知られる。
  • ヒッポリタ(Hippolyta):アマゾン国の女王。ギリシャ神話ではヒッポリュテとして知られる。

職人[編集]

  • ボトム(Nick Bottom):織工。ロバの頭をかぶせられる。
  • クインス(Peter Quince):大工。
  • フルート(Francis Flute):オルガンのふいご修理屋。
  • スターヴリング(Robin Starveling):仕立て屋。
  • スナウト(Tom Snout):鋳掛け屋。
  • スナッグ(Snug):指物師。

妖精[編集]

  • パック(Puck):ロビン・グッドフェロー(Robin Goodfellow)とも呼ばれる、いたずら好きの妖精。オーベロンの命令で媚薬を塗ったりするが、早とちりや勘違いから行った行為は登場人物たちを混乱させることになる。トリックスターの典型例としてしばしば引き合いに出される。また一般的に考えられている小さな妖精のイメージはパックに由来すると言われる。
  • オーベロン(Oberon):オベロンとも。妖精の王。花の汁から媚薬を作ったり、パックを使い画策を練る。タイターニアの夫。
  • タイターニア(Titania):タイタニア、ティターニアなど。オーベロンの妻、妖精の女王。とりかえ子を手元に置こうとしてオーベロンと喧嘩をする。
  • その他の妖精たち:豆の花(Peaseblossom)、蜘蛛の巣(Cobweb)、蛾の羽根(Moth)、芥子の種(Mustardseed)。頭がロバになってしまったボトムの世話などをする。

midsummer night の時節[編集]

作中ではタイトルの「midsummer night」が何月であるとは明記されていない。本作品の時節がいつごろかについては、五月祭(5月初日)説と夏至(6月下旬)説の両方が挙げられている。

サミュエル・ジョンソンによる『シェイクスピア全集英語版』(1765年初版発行)では既に「なぜシェイクスピアは、『A Midsummer Night's Dream』と題したか解せない。(5月1日の)メーデーの前夜に起きたことだと、わざわざ我々ご注進しているのだから」という疑問が提示されていた[1])。この注のすぐ後のシーシアスの台詞には「おおかた五月の祭典を見に早起きしてまいったのであろう」[2]とある。ドイツの学者で英雄譚編訳者としても著名なカール・ジムロックなどもやはり、5月1日(ヴァルプルギスの夜)の見解を支持している[3]。また5月1日は、ケルトベルテン節英語版と重なるが、これはいわば春場のハロウィーンである。近年の日本の書籍にも五月節説を採るものが刊行されている[4]

しかし、ジョンソン版は出版にこぎつけるまでに手間取っているうちに、それを出し抜く形でドイツのクリストフ・マルティン・ヴィーラントがドイツ訳(1762年 - 1765年)を発表し、『ある聖ヨハネ祭夜の夢』(Ein St. Johannis Nachts-Traum)という訳題で世に出された。この聖ヨハネ祭というのは、おおよそ夏至に重なる節目で、特にゲルマン文化圏で精霊らが活発になると信仰されてきた時節である。ヴィーランドは後に『オベロン』(1780年)を著したことから、その見解は妖精学の権威のような説得力を持ったとも考えられる。英語圏でも、アングロサクソン人の間でそのような信仰があったことを指摘する本戯曲の注釈本[5]等の支持例がある。

ドイツの作曲家メンデルスゾーンの場合、どちらともつかずだが、とにかく「midsummer」(Mittsommer)とはせず、題名を『ある夏の夜の夢』(序曲では Ein Sommernachtstraum, 劇付随音楽では Sommernachtstraum)とした。

いずれの説に与するにしろ、シェイクスピアの原題には「midsummer」とあっても、それを「真夏」「盛夏」と解するのは語弊があると見るのが趨勢である(ただ「midsummer night」と訳されることもある真夏の時節に、8月1日のルグナサド英語版があり、この日はラマス祭英語版(『ロミオとジュリエット』第3幕第1場面を参照)の収穫祭に合致する)。

日本語訳タイトル[編集]

日本では古くから、『真夏の夜の夢』という訳題が用いられてきた(坪内逍遥三神勲など)。これは原題の「midsummer night」を直訳し「真夏の夜」としたものである。しかし福田恆存は「「Midsummer-day」は夏至で、クリスト教の聖ヨハネ祭日(注:前出)前後に当り、その前夜が「Midsummer-night」なのである。直訳すれば、「夏至前夜の夢」となる」[6]と解説した[7]。以来、日本では『夏の夜の夢』の訳題が一般的になっている(福田、小田島雄志松岡和子ら)。ただし、1949年刊行の岩波文庫版(土居光知訳)などでもすでに『夏の夜の夢』が用いられている[8]

しかし一方で、『真夏の夜の夢』の題名は古くから親しまれ定着してきたため、1999年公開のアメリカ映画の邦題に用いられた他、今日でもメンデルスゾーン作曲の序曲・劇音楽などでしばしばこの表記が用いられている。

この戯曲に基づく作品・翻案[編集]

音楽・作曲[編集]

舞踏・バレエ[編集]

映画化[編集]

他の多くのシェイクスピア作品と同じく、何度も映画化されている。主だったものを以下に記す。

テレビドラマ[編集]

宝塚歌劇[編集]

1992年月組公演にて『PUCK』の題名で上演。涼風真世主演、潤色・演出を小池修一郎担当。主題歌の「ミッドサマー・イヴ」を松任谷由実が提供。2014年に月組で再演予定。龍真咲が主演。

それ以前にも戦前から『眞夏の夜の夢』のタイトルで何度か上演している。

近年の舞台上演[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ Johnson 1865, p.153-4脚注 "The honours due to the morning of May. I know not why Shakespeare calls this play a Mid-summer-night's dream..(後略)"。この脚注は、第4幕第1場面"THESEUS: Go one of you...."に付記
  2. ^ Johnson 1865, p.154末"THESEUS: No doubt they rose to observe the Rites of May.."
  3. ^ Furnace 1895, Variorum 版, p.vii, "Shakespeare, continues Simrock, must have been perfectly aware that he had represented this drama as played, not at the summer solstice, but on Walpurgis night"; Karl Joseph Simrock (第3版1869年), Handbuch der deutschen Mythologie, p.554, "..wenn Shakepeare gerade in der Walpurgisnacht eine Hochzeit begehen läßt. Statt der Hochzeit Oberons und der Titania.."
  4. ^ 五月祭 2011年5月31日 (火) 14:26 Ishino による加筆。記述典拠は芳賀日出男 『ヨーロッパ古層の異人たち』 東京書籍、2003年、17-20頁。
  5. ^ Neill 1878, Introduction, p.7 "summer solstice or mid-sumor niht"。
  6. ^ 福田恒存(旧字略)「夏の夜の夢」(新潮文庫)の解題 凡人跋扈. “「夏至前夜の夢」 (blog)”. 2005年6月24日閲覧。
  7. ^ 福田恆存訳「夏の夜の夢 解題」『夏の夜の夢・あらし』pp.137-138 新潮文庫
  8. ^ 夏至とは北半球において1年で最も日照時間が長い日のことで、例年6月21日ごろにあたる。これは日本の季節でいうとほぼ梅雨の期間にあたり、お盆(7月15日ごろ)や土用を迎え暑中見舞いを贈りあう大暑(7月23日ごろ)の頃とは季節が異なる。したがって、うだるような暑さを連想させる「真夏」という語を使うと、作品の季節が日本人には誤解されかねないため。

上梓されたのとOuverture zu Shakespeares Sommernachtstraum

関連項目[編集]

外部リンク[編集]