浦田聖子
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| 基本情報 | ||||
| 国籍 | ||||
| 生年月日 | 1980年12月22日(31歳) | |||
| 出身地 | 佐賀県 | |||
| ラテン文字 | Satoko Urata | |||
| 身長 | 174cm | |||
| 体重 | 60kg | |||
| 血液型 | B型 | |||
| 選手情報 | ||||
| 愛称 | ラン | |||
| 利き手 | 右 | |||
| スパイク | 292cm | |||
| ブロック | ||||
浦田 聖子(うらた さとこ、1980年12月22日 - )は、日本のプロビーチバレー選手、元女子バレーボール選手。佐賀県出身。MDI所属。
目次 |
[編集] 来歴
小学校2年生の時、父親の転勤で佐賀県から千葉県に転居し、共栄学園中へ転校。本格的にバレーを始め、1995年全国大会ベスト4。共栄学園高校では春高バレー・インターハイに出場し、アジアユース選手権優勝も経験した。
1999年にNECレッドロケッツに入団し、Vリーグ優勝などに貢献。
2002年ビーチバレーに転向。2003年、佐伯美香とペアを組んで急激に力をつけ、2004年のワールドツアーでは7位入賞。
2006年シーズンは楠原千秋とペアを組み、ドーハ・アジア大会に出場。
2007年シーズンは元インドア日本代表で武富士を退社したばかりの鈴木洋美とペアを組み、同年5月、ジャパンツアー第2戦東京大会で優勝。
2008年10月、レオパレス・ウィンズから離脱。鈴木洋美とのペアを解消。
2009年シーズンはMDIと契約し、楠原千秋とペアを再結成。同年5月、ジャパンツアー第2戦東京大会で2年ぶりに優勝した。同年11月、楠原千秋とのペアを解消した。
2010年1月、一部マスコミの既報通り[1]、浅尾美和とペアを解消した西堀健実とペアを組むこととなった[2]。
[編集] 戦績
- ジャパンサーキット 優勝
- ワールドツアー7位入賞
- ジャパンツアー東京大会 優勝
- ジャパンツアー宮崎大会 準優勝
- ジャパンツアー愛媛大会 準優勝
- ジャパンツアー福岡大会 優勝
- ジャパンツアーお台場大会 3位
- ジャパンツアー東京大会 優勝
- ジャパンレディース大阪大会 優勝
- ジャパンツアー愛知大会 準優勝
- ジャパンツアー東京大会 優勝
- ジャパンツアー宮崎大会 準優勝
- ワールドツアー・ジャパン・オープン 17位
- ジャパンツアー東京大会 準優勝
- ジャパンツアー岡山大会 優勝
[編集] 所属チーム
- 共栄学園中→共栄学園高等学校→NECレッドロケッツ(1999-2002年)→レオパレス・ビーチウィンズ→レオパレス・ウィンズ(2002-2008年)→MDI(2009年-)
[編集] その他
- 2008年3月に自身のDVDを発売。タイトルは『浦田聖子 プロ・ビーチバレー・プレーヤー浦田聖子~女豹の軌跡~』(竹書房)
- 2008年9月27日にTBSテレビで放送されたオールスター感謝祭に出場、総合成績でチャンピオンとなり、日産MURANO+積みたて賞金55万4296円を獲得。
- 2009年11月、第7回クラリーノ美脚大賞(スポーツ部門)を受賞。
- 2009年12月、集英社『週刊プレイボーイ』52号のグラビアに登場。
[編集] 外部サイト
[編集] 脚注
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