庄司智春

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庄司智春
本名: 同じ
生年月日: 1976年1月1日(33歳)
出身地: 東京都大田区
血液型: A
身長: 176.2cm
方言: 標準語
最終学歴: 東京実業高等学校
出身: 吉本総合芸能学院 (NSC) 東京校1期
コンビ名: 品川庄司
芸風: 品川祐
事務所: 吉本興業
活動時期: 1995年 -
同期: ドランクドラゴン ラーメンズ など
配偶者: 婚約済(婚約者・藤本美貴
公式サイト: 「品川じゃないブログ」

庄司智春(しょうじ ともはる、1976年1月1日 - )は、吉本興業東京本社(東京吉本、厳密には子会社のよしもとクリエイティブ・エージェンシー)所属のお笑い芸人品川庄司ツッコミ担当である。立ち位置は向かって右。相方は品川祐

東京都大田区蒲田出身。私立東京実業高等学校卒業。吉本総合芸能学院 (NSC) 東京校第1期生。同期である品川祐1995年にコンビを結成した。身長176.2cm体重76kg血液型はA型。

目次

[編集] 人物・性格

NSCに入学する前はヤナセに勤務していた。ヤナセ退職後は羽田空港航空機清掃のアルバイトや、竹ノ塚ホストをしていたことがある。

漫才コントではツッコミ担当であることは前記したが、性格はかなりの天然ボケで、バラエティ番組においてはボケ担当の相方・品川にツッコミを入れられる(または呆れられる)場面もしばしば見受けられる。『ネプリーグ』(フジテレビ系列)では、歌詞の穴埋め問題で出題時に流された歌につられて答えの部分まで歌った事例があったが、これは別の問題に差し替えられた。それでもまれに品川より良い成績を残すことがあり、『クイズ!ヘキサゴンII』(フジテレビ系列)の初出演時や、2007年検定時は庄司の方が成績が上だった。

テレビ番組出演時は人懐っこい笑顔を見せるものの、品川によれば人見知りをする性格とされる。

藤本美貴との交際が、2007年5月25日発売の写真週刊誌FRIDAY』(講談社)で報じられた。以降『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系列)や『めちゃ×2イケてるッ!』『森田一義アワー 笑っていいとも![1](いずれもフジテレビ系列)等の各番組でことあるごとにそのことに言及されるようになった。その後、2009年3月24日に藤本美貴と婚約を発表した。入籍は同年7月を予定している。

好きな服のブランドはBAL(旧・balance wear design)。

自他共に認めるほどのナルシストであり、自らの筋肉質の身体を写したヌード写真を自宅に飾っているほどである。

タンクトップを70枚以上所有し、下着ビキニTバックを愛用している。

愛車は、3代目ダッジ・チャレンジャーである。

好きな食べ物はカレー。ただし辛い食べ物は嫌いなので辛口を食べることができない。苦手なものはレーズンと酒で、酒はコロナ以外ほとんど呑めない。ハンバーグレストランびっくりドンキーのファンでファン歴23年。

東京生まれの東京育ちだが、熱烈な阪神タイガースファンである。

長渕剛好きが高じてギターハーモニカを習得する。その腕前はなかなかのものであり、2006年のコントライブで披露している。

以前、皮膚科医師も治療法が判らない謎の症状[2]が出た時期があった。ストレスが原因とされる。

[編集] 特徴

東京実業高等学校時代に野球水泳をやっていたことから筋肉質であるが、童顔のために顔とのバランスが合わないその身体はコンプレックスだった。自分の筋肉を鏡で見ながら「あー、コンプレックスだわ」とぼやき、品川が「本当にコンプレックスならそんなことするか?」と嫉妬したエピソードがある。

駆け出しの頃は、「芸人の癖に筋肉質だと脱いだ時面白くない」「痛がったり熱がったりしてもウケない」と自らの肉体を呪っていたが、相方の品川が「庄司の肉体を活かす」「むしろ筋肉質だからこそ面白い」と逆転の発想によるアドバイスを行い、現行のスタイルと人気を確立させた。

[編集] その他

ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ系列)の「ハイテンション ザ・ベストテン」では「平成のパピプペポ」で肉体美を披露し、遠藤章造の「ホホホイ」以来の傑作と評価された。以後度々『ガキの使い』では「平成のパピプペポ」を披露しており、「お笑い好きの引きこもりを部屋から出す」という企画で「ホホホイ」と競演した。「平成のパピプペポ」を含め、その高い身体能力から繰り出される「赤坂サカス」などの一発ギャグ・肉体芸は『あらびき団』(TBS系列)などで披露され、高く評価されている。

脱ぎ癖が発展して下ネタに走ることがまれにあるが、「庄司の下半身はいやらしくない」とは本人に加え品川も認めるところである。品川は「ギリシャ彫刻みたい」と評している。

鍛えられた身体の割には非力で、腕相撲を苦手にしている。『リンカーン』(TBS系列)や『笑っていいとも!』で先輩の山口智充や相方の品川と腕相撲をした際は秒殺された。

2006年7月のコントライブを前に約1か月で10kg以上もの減量に成功した。理由はそのコントの役作りのため、あるいは同年10月の『最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!!スポーツマンNo.1決定戦』(TBS系)出場のためとされる。

『クイズ!ヘキサゴンII』2006年8月30日放送分で「もし明日から自分の肉体がアンガールズ山根良顕になったら何円で納得できますか?」の質問に「1億円貰わないと納得できない」と回答した。それだけ本人の筋肉を大事にしている結果とも取れる。

『クイズ!ヘキサゴンII』2008年9月10日放送分で「AIR BAND」初披露の際には、歌唱力が低いことを逆手に取ったかすれ気味の声が「AIR BAND」の相方でもある岡田圭右ますだおかだ)の相方で、歌唱力には定評がある増田英彦からは高評価を得たが、同年10月4日の「ヘキサゴンファミリーコンサート 『クイズ!ヘキサゴンII ヒットパレード』」では本当に声がかすれたため、相方の岡田ともども散々な結果に終わった。その様子を同年11月12日の放送でつるの剛士に真似される。また、この回で庄司は「AIR BAND」としてリベンジする意思を表明した。

その後『クイズ!ヘキサゴンII』2009年4月8日放送分で、スザンヌとユニット「トモとスザンヌ」を結成すること、同年5月20日にシングルをリリースすることが発表された。「AIR BAND」以前にはクリス松村とユニットを結成しようとする動きもあった。

社交ダンス番組『シャル・ウィ・ダンス?〜オールスター社交ダンス選手権〜』(日本テレビ系列)第1戦ではパートナー無視でダンス中に筋肉を露出したり肝心のステップはおぼつかない足取りで観客は爆笑、審査員には酷評され、出演者の南原清隆などから「お笑い要員」と評された。「これは笑わせているんじゃなくて、笑われている」と語った。

「品川庄司 庄司の『品川じゃないブログ』」は『お試しかっ!』(テレビ朝日系列)の企画「もしもブログでランキング一位にならないといけなくなったら?」(2009年3月2日放送分/第43回)をきっかけに開設された。一か月で相方・品川を抜いてトップになるためにブログを更新し続けた[3]が、結果は僅差で二位に終わり、相方・品川を超えることはできなかった。後日、一位になれなかった罰として、雪山の中で海水パンツ]一枚で持ちギャグの「平成のパピプペポ」を行った様子を放送後に更新すると、一時的に一位となった[4]。なお、ブログ自体はそのまま続行し、ランキングは20位以内を保持している。

[編集] 家族

実家は、ネジを作る町工場で、副業としてスナックを経営している。これを「スチュワーデスが物を取るときに使う台のバネ」を作る町工場であると捏造し、長らく漫才等でも「ここ笑うところじゃないですよ!」とネタにしてきたが、実際は実家で「スチュワーデスが物を取るときに使う台」の設計図を見たことがあるだけである。さらに「バネ」は笑いをとるために品川が加えたものであることをアンタッチャブルのラジオ番組で暴露した。

実家に住んでいた頃は屋上に設置されていたプレハブ小屋を自室としていた。しかし番組企画で違法建築であることが判明し、そのせいで雨漏りなどが起きていた上、屋上の床が沈んできていることも発覚した。そのためプレハブ小屋は解体された。

両親は自身初めての冠番組『品庄内閣』(TBS系列)に度々登場し、素晴らしいキャラクターを発揮した。

笑っていいとも!増刊号[5]でも実家ロケなどで家族が何度か登場している。2005年11月23日の放送で父親が「ちょい不良コンテスト」に出て優勝した。推薦者は母親。

[編集] 出演番組

庄司のみ出演のもの。コンビでの出演作は品川庄司を参照。

[編集] CD

[編集] 映画

  • くれないの盃(2008年)
  • 走り屋ZEROⅠ(2009年)

[編集] 舞台

  • 『漂流教室 ~大人たちの放課後~』(2009年9月 よしもとプリンスシアター)

[編集] 著作

  • 「交換日記/花のことば」(角川書店ISBN 4048950053
    • 表題の短編二作を収録した恋愛小説集。『ロンドンハーツ』のドッキリ企画で執筆した「花のことば」が好評を博し、『別冊カドカワ』の掲載を経て単行本化に至った。「交換日記」は単行本のための書き下ろし。
    • 「花のことば」では冴えない40男「僕」と女子高生「あやこ」との恋が花言葉を交えて描かれ、「交換日記」では両親と主人公自身の二つの恋愛が、過去と現在が交錯する形で描かれている。

[編集] 脚注

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  1. ^ 2008年9月でレギュラーを「卒業」した。
  2. ^ 本人は「全身ブツブツ症」と語っている。
  3. ^ 中川翔子の一日の更新回数(86回)を抜き、最高89回更新。後に再び中川が100回更新で再び記録を塗り替えた[1]
  4. ^ 罰ゲームの様子は番組内では放送されず、ブログ内で写真のみが公開された[2][3][4]
  5. ^ 本編と同様に2008年9月で「卒業」した。

[編集] 外部リンク

[編集] 関連項目