大沢あかね

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おおさわ あかね
大沢 あかね
プロフィール
愛称 あかねちん
生年月日 1985年8月16日
現年齢 22歳
出身地: 日本大阪府
血液型 O型
公称サイズ(2007年時点)
身長 / 体重 160 cm / 47 kg
BMI 18.4(低体重)
スリーサイズ 87 - 59 - 85 cm
ブラのサイズ E
活動
ジャンル ファッショングラビアタレント
モデル内容: 一般、水着
他の活動: タレント
モデルテンプレート | カテゴリ

大沢 あかね(おおさわ あかね、1985年8月16日 - )は、大阪府東大阪市出身の日本の元ファッションモデルタレント。所属事務所テンカラット。また、ハーモニープロモーションが業務提携している。外祖父は元プロ野球選手で、日本ハムファイターズ(現・北海道日本ハムファイターズ)で監督や球団常務を歴任した大沢啓二(次項目参照)、同じく元プロ野球選手の大沢清大沢紀三男は大伯父(啓二の兄)。なお、大沢姓は芸名である[1]

目次

[編集] 来歴・人物

3歳から子役モデルとして活躍。その後タレント活動も開始。

子役タレントとして『天才てれびくん』(NHK教育)などに出演。子役として早くから活動していたことで仕事に対しての取り組み方を身に沁みて感じており、現在でも仕事が終わると独り反省会を行なうという。

2001年以降、学研発行の雑誌(~2004年5月『ピチレモン』 → 2004年5月~『Fapri』)にて専属モデルを務め、着た服はすぐに完売するなど、当時の女子中学生のカリスマとして絶大な人気を誇っていた。この時期、カリスマモデルの一人として『おすぎとピーコの金持ちA様×貧乏B様』の取材を受けている。モデル時代は顔がクチャクチャになる笑顔がチャームポイントだった。現在はモデルとしての活動はほとんど行なっていない。番組でグラマラスな体型を強調する衣装を多く着用する一方で、タレント転向前後に複数の週刊誌で水着グラビアを披露した以外は、ほとんど露出をしない希有な存在である。

「将来はお笑い芸人を目指す」と発言し、中島知子オセロ)が目標と語る。自ら編み出した持ちギャグもいくつかあり、「(右肘をさすりながら)こっちはジーコ、(左肘をさすりながら)こっちはフィーゴ(この一連の動きを2回繰り返す)、(股間を指差しながら)じゃあこっちは?…(一呼吸置いて股間付近をさする手つきで)ベッケンバウアー、ベッケンバウアー♪」などがある。酒に酔ったときには乱発することも多いという。

2時っチャオ!』にゲスト出演した時には「自分の立ち位置は女優」と発言。しかし「トーク(番組)は戦場」「椅子には浅く座っていつでもツッコミを入れられるようにしておく」など、その行動原理は芸人に匹敵する。司会のホンジャマカ恵俊彰にその事を突っ込まれると女優でもないのに「今は女優も喋れなければダメなんです!」と力説した。

ラサール石井上島竜兵寺門ジモンなどと同様、関西出身にもかかわらず、全国ネットの番組では標準語で話している。ただし、『クイズ!紳助くん』など関西ローカルの番組に出演する際は関西弁を使うことが多い。

ハイヒールモモコとは旧知の仲で、関西ローカルの番組では共演が多い。そのモモコの長男である仁一郎と同じ託児施設に預けられていたという事で、当時小学生だった彼女は彼の面倒もよく見ていたという話もあり、母親であるモモコとの面識も深い。

私生活でも若槻千夏同様、母親がある時期から家事を放棄したため、炊事、洗濯、掃除をすべてこなす家庭的な女性になったそうである。同じような境遇であるからか、若槻に可愛がられている様子が盛んに若槻のブログで披露されている。料理の腕は優秀らしく、2007年5月23日放送『愛のエプロン』の「スピード料理バトル第2弾」では、予選お題の「7分でロールキャベツ作製」を見事にクリア。結果的には参加者4人の中で最下位に終わったものの、得点は79点と十分な評価を受けた。

沖縄またはそれに関するものが大好きで、友人たちと沖縄料理などを食べに行き仕事の疲れなどをリフレッシュする。

[編集] エピソード

  • 島田紳助から「じいちゃんは人に『喝!』ばっか言わんと孫に『喝!』言わんかい」や、「じいちゃんに『喝!』入れてもらえ」、「お前のところのじいちゃん、他人には怒るが孫には甘いな!」と言われている。しかし、複雑な家庭の事情もあるため、実際、啓二・あかねともお互いの活動について公の場で語る機会はほとんどない。
  • お笑いタレント山本圭一(元極楽とんぼ)との関係を一時フライデーなどで指摘されたが、そのおかげでバラエティにも多く呼ばれるようになったと後に語っている。また初めて口説かれた芸能人は山本とのこと。『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)などにゲスト出演した際には、島田紳助が山本の件について質問するなど、ネタにされていた。
  • 以前より尊敬する芸能人、好きな男性のタイプ?は北島三郎と盛んに言っていたが、テレビカメラが大沢の部屋に入ると棚の上にあったCDケースには北島のCDが一枚も無く、事実でないことが判明する。同時期、極楽・山本とのフライデーの件も相待って、好きな男性のタイプはオダギリジョーだと正直なカミングアウトをし始めた。「子どもの頃から右を見れば江夏、左を見れば張本という環境にいたため、強い男が好き」という発言もしている[2]
  • ごきげんよう』(フジテレビ系)に出演した際、「自分と似ていると言われる有名人」として加護亜依(元モーニング娘。)の名を挙げる。それから程なくして『全員正解あたりまえ!クイズ』(TBS)で、加護と共演した。 
  • メイクの下の素顔は童顔である。2007年3月28日放送の『クイズ!ヘキサゴンII 超クイズパレード3時間スペシャル』のコーナー「ベルトクイズ!タイムショック!ショック!」でプールに落下した際にメイクが落ち、司会の島田紳助に「お前子供っぽいなー」と言われた。
  • タモリのジャポニカロゴスに出演した際にはウケ狙いに行かず正答率も意外に高かったため他の出演者から驚かれた。
  • 2007年9月29日TBSテレビで放送の『オールスター感謝祭』」の新コーナー「オールスター200人知名度調査」において、武田鉄矢から「(AV女優の)蒼井そら」と高らかに答えられた。そしてミニマラソンを走ることとなった。
  • 陰毛が濃い事を告白している[3]

[編集] クイズ!ヘキサゴンII

香田晋と同じく「今夜はクイズパレード」時代から定期的に出演している最古のおバカキャラで初期の最下位常連だった。2005年8月24日放送分で初出演。その後準ゲストとして3ヶ月に1回ほど出演していたが2006年11月より準レギュラーとなり1ヶ月に1回の出演になった。2007年からは11月から全く出演しなくなったが、2008年2月6日放送分より『みんなのウマ倶楽部』の収録で出演できなくなるほしのあきの代わりに再び準レギュラーとして出演するようになる。

2006年から里田まいが準レギュラー化し最下位を独占するようになってからは最下位になることは無くなっていくが、チーム内の最下位(以下:アンカー)になる事が多かった。しかし2007年からはつるの剛士木下優樹菜スザンヌ上地雄輔野久保直樹、2008年からはmisonoといったおバカキャラが準レギュラー化してからはアンカーになることも無くなっていった[4]

最後にアンカーになった2007年6月13日放送分では、珍回答を連発し司会の島田紳助から「お前はチームのお荷物やねん」と言われ「今までのは長い前ぶりです」と答えチームを優勝に導いた。

2008年4月16日放送分では久しぶりに珍回答を連発し、紳助から「アイツあかんで」と言われた。そして、あてずっぽの回答がたまたま正解した際は号泣した。

[編集] 出演作品

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティ

レギュラー
準レギュラー
特番
過去のレギュラー

[編集] オリジナルビデオ

[編集] ラジオ

[編集] 音楽

[編集] シングル

  • 夏日星/ワタシを愛せるワタシならきっと、もっとキミを愛せるから…(キングレコード)- 夏日星が、アニメ修羅の刻』エンディングテーマに
  • ソニンと結成したユニット『tomboy』で、シングル『Superstar』を2007年11月14日に発売。(エイベックス)

[編集] アルバム

NHK天才てれびくん

[編集] CM

[編集] 脚注

  1. ^ 外祖父・啓二は40年以上前に離婚を経験しており、前妻に引き取られた娘があかねの母親である。啓二とあかねが一緒に暮らした経験は一度もなく、小さい頃から一緒にいたような話をしているが、そのようなことは実際にはなかったらしい(『週刊文春』2007年4月12日号、41ページ)。
  2. ^ 実際には子供の頃に祖父と一緒に暮らしたり交流した事実はないため、それも事実ではないと思われる。
  3. ^ 日本テレビ浜ちゃんと!』にて発言。
  4. ^ 2007年7月頃までは街角アンケートでアンカーに予想されていることが多く、2007年7月11日放送分ではPaboのメンバーが出演していなかっため最下位に予想されていたが、実際は14位でアンカーは羞恥心(16位:野久保、17位:つるの、18位:上地)が占めた。

[編集] 外部リンク