国谷裕子

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国谷裕子

国谷 裕子(くにや ひろこ、1957年2月3日 - )は、日本のフリーのテレビキャスター

略歴・人物[編集]

大阪府出身。幼少期は日本アメリカニューヨークサンフランシスコ)、香港で過ごす。帝塚山学院小学校聖心インターナショナルスクールを経て、アメリカのブラウン大学卒業(専攻:国際関係学、副専攻:国際経済学)。同大学を卒業後、日本国内の外資系メーカーに就職。商品の販売戦略を担当したが、「結局、なぜ一つでも多くせっけんを売らなくてはいけないのかと、納得がいかなくなり、一年足らずで辞めてしまった」[1]

夫は弁護士で弁護士法人大江橋法律事務所の代表社員である国谷史朗。曾祖父の田附政次郎(1863-1933)[要出典]は実業家、船場八社の一つの田附商店、日清紡ホールディングスの前身会社の一つの湖東紡績、京都大学に財団法人田附興風会、帝塚山学院、大阪市に北野病院を開設している。祖父は二代目田附政次郎、父は三代目田附政次郎(1923- )で、三和銀行専務をへて、三和キャピタル相談役、大阪化成品取締役、いすゞ自動車監査役、帝塚山学院・北野病院理事。母方の祖父は茶道家・和中金助[2]

知人の紹介で1981年、NHKニュースの英語の同時通訳を務めたのを機に、報道の世界に。NHK衛星放送のニューヨーク契約駐在キャスター、帰国後に、総合テレビの『NHKニュースTODAY』『NHKニュース21』、衛星放送の『ワールドニュース』に契約出演。1993年から総合テレビ『クローズアップ現代』のレギュラーキャスター。

趣味はランニング。都内で夫と暮らす。

受賞歴[編集]

著書[編集]

  • 『ここだけは聞いておきたい裁判員裁判 31の疑問に答える』片山善博,四宮啓共著 日本評論社 2009
翻訳
  • ジェイソン・ゲイズ『ぼくはガンを克服した ある少年の生への闘い イラスト手記』日本放送出版協会 1989

脚注[編集]

  1. ^ 「一人前でありたい」国谷裕子が語る仕事-1”. 2009年7月5日閲覧。
  2. ^ 『人事興信録』1995、田附政次郎の項。

外部リンク[編集]