財津一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ざいつ いちろう
財津 一郎
本名 財津 永栄
ざいつ ながひで
生年月日 1934年2月22日(80歳)
出生地 日本の旗日本熊本県熊本市
民族 日本人
ジャンル 俳優コメディアン歌手
活動期間 1963年 -

財津 一郎(ざいつ いちろう、男性、1934年2月22日- )は、日本の俳優コメディアン歌手である。本名、財津 永栄(ざいつ ながひで)。旧芸名は財津肇メ。熊本県立済々黌高等学校卒業。

略歴[編集]

熊本県熊本市出身。父親は農林省(現:農林水産省)の役人で3人兄弟の末っ子として東京に住んでいたが、その父親が中国へ出征し、1944年一家は故郷の熊本へ疎開、終戦後も高校を卒業するまでを熊本で過ごした[1]

1953年上京後早大文学部演劇学科受験に失敗。アルバイト生活をしつつ、当時東京都大田区にあった榎本健一映画演劇研究所(いわゆるエノケン学校)で演技の勉強をする。同時に帝劇ミュージカルの研究生になる。

1955年に帝劇ミュージカル解散の後、財津肇メ(ざいつ はじめ)の芸名で石井均一座に入門(このとき楽屋の化粧前でばったり会ったのが現在の伊東四朗である)。また新宿の劇団「ムーラン」の舞台に立った。その「ムーラン」も数年後解散の憂き目に遭い、一時は大阪からやり直しと宝塚新芸座からOSミュージックホールと歩いた。1964年吉本新喜劇に参加、芸名を現在の財津一郎に改める。

新喜劇では初期はサラリーマン役が多かったが、その後「老け役」が多くなっていったと言う[2]

藤田まこと主演のテレビ番組『てなもんや三度笠』に浪人・蛇口一角(へびぐち いっかく)役で出演、手を頭の後ろから回して反対側の耳をつかみ、甲高い声で叫ぶ「非っ常にキビシ〜ッ!」、「〜してチョウダィ!」のギャグや、抜いた刀の刃を蛇のように舐めまわす、といった奇怪な動きが評判となり、一世を風靡した。当初はギャグで言った台詞ではなかったそうで、演技中に突発的に奇声を発すると予想外に受けたことが由来である。途中から、写真師・桜富士夫(さくら ふじお)役に変更になるが、レギュラー陣の一角を担った。当初はレギュラー出演の予定ではなかったが、奇人変人ぶりがあまりにも好評だったため、レギュラー化して同番組の最終回まで出演した。ちなみに役名の蛇口一角は忠臣蔵清水一角(しみず いっかく)のもじり、桜富士夫はフィルムのブランドのさくらカラー(現:コニカミノルタ)とフジカラーからとられたものである。

その後は主にドラマや映画を中心に、活躍している。1981年東宝映画『連合艦隊』では、戦艦大和の乗組員であり、中井貴一扮する神風特別攻撃隊に志願した青年の父親でもある海軍兵曹長役を演じた。また、2004年に放送されたNHKの朝ドラ『天花』では主人公・佐藤天花(藤澤恵麻)の成長を見守る祖父役として重厚な演技を見せている。財津が61歳の時に脳内出血を発症し左半身に軽い麻痺が残ったが、リハビリに励んだ結果3か月後にはドラマの仕事に復帰した。

ギャグ[編集]

きびしーいっ 
吉本新喜劇で用いられていたギャグ[3]

エピソード[編集]

  • 財津の発する奇声は、焼肉「こてっちゃん」などのCMでも評判となった。タケモトピアノのCMにも出演し、関西では大ブレイクした。また、タケモトピアノのCMは『探偵!ナイトスクープ』において“赤ちゃんに見せると泣き止む”CMであると紹介された。赤ちゃんが泣き止む理由は、財津の声が幼児が好む440ヘルツ周辺の音であるためという。渋い演技派として認められ、シリアスなドラマの仕事が増えたのちも、奇声や奇矯さをメインにした仕事も厭わず引き受けており、硬軟自在である。
  • 人気があった反面、「クドい」と言われることも少なくなかった。しかし、これは、本人の持ち味であり、自覚していた。事実、同じように「クドい」と言われていたルー大柴へ、「『クドいな、あいつ』と言われても、ちらっとでもこっちに目線を向けさせれば、こっちの勝ちだ」と、直々にアドバイスしていた。
  • 吉本新喜劇に出演していた頃、アドリブで仁丹を使ったネタをやったところ、当時吉本新喜劇のテレビ中継のスポンサーだった大正製薬を怒らせてしまった。幸い財津は降板せずに済んだが、この一件が元でそれまで生中継されていた吉本新喜劇は録画放送されるようになり、現在に至っている。
  • とある舞台で、演出家とBGMでもめたことがある。財津が好きなジャズを流すように勧めたが、演出家は断固として拒否した。しかし、この演出家は、「財津さんは、枠を打ち破るパワーのある人。だから、わざと枠に閉じこめ、それを壊すくらいの演技をしてほしかったからだ」と、財津の高い演技力あってこその演出法だったと述べている。
  • 楽屋での食事の時間を惜しみ、ラーメンの側にあったアンパンを放り込んで食べたりしたことがあり、しばらく変人扱いされたという。
  • 歌手の財津和夫との血縁関係はないが、ファンレターが間違って届くことがあり、「財津さんへ」とは書かれているが読んでいくうちにその内容が音楽のことばかりであることから人違いに気づくという。

作品[編集]

シングル[編集]

アルバム[編集]

  • NHKみんなのうたより 大全集6〜おふろのうた〜(1991年)
    同アルバム収録の「ぼくは大きな石ころさ」を歌っている。
  • モダンチョキチョキズのアルバム レディメイドのモダン・チョキチョキズ(1997年)
    同アルバム収録の「くまちゃん」で、濱田マリとデュエットしている。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

「大阪の女」
「四国の女」(1991年)

バラエティ番組[編集]

他多数

ナレーション[編集]

アニメ[編集]

ラジオ[編集]

映画[編集]

CM[編集]

出典[編集]

参考文献[編集]

  • 吉本興業, ed. (1989), 吉本新喜劇名場面集 1959-1989, データハウス