西川ヘレン

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西川 ヘレンにしかわ へれん、旧姓:杉本、1946年10月6日 - )は、日本タレント京都府京都市出身。夫はお笑い芸人西川きよし。子供には俳優西川忠志、タレント・西川かの子、元俳優・西川弘志がいる。

来歴・人物[編集]

1946年、京都市で生まれる。父親がアイルランド系アメリカ人(軍人出身)で母親が日本人のハーフ。ヘレンという名は、本人によれば親が敬愛していたヘレン・ケラーに由来するとのことである。

1963年華頂高等学校を中退し吉本興業に所属、当初はシャンソン歌手やミュージカルの女優を目指した。ヘレン杉本の名で吉本新喜劇で活躍。「わたし外人やから、日本語わかりません」と関西弁でまくしたてるギャグで人気女優となった。

当時、まだ芸人として食べられなかった西川きよしとその同僚である坂田利夫を養いながら生活していた。また余興の営業でシャンソンを歌って生計を立てていたこともある。その後、きよしと結婚。

1986年に、初めての自伝的著書『幸せの鐘がきこえる』(ケント出版)を出版。

現在では主婦業と共に講演会を中心としたタレント活動も行なっており、きよしとのおしどり夫婦として有名である。

2003年には、3人の老親(実母、舅、姑)介護などの奮戦振りなどを記録した『ヘレンのもう、いや! 多重介護奮戦録』(小学館)を出版し話題となった。

長男・忠志は俳優、長女・かの子タレントとして活躍。また、次男・弘志は元俳優で福岡市西中州にて和食店「にし川」を運営している。

エピソード[編集]

ヘレンがスチャラカ社員の4代目事務員として出演していた際、当時あまり仕事のなかったきよしは嫉妬してヘレンの台本をビリビリに破って捨てた事がある。2010年11月23日にABCで放送した開局記念番組『ABCお笑い60年史 てなもんやからM-1まで いま明かされるマル秘伝説』で西川きよしがVTR出演して上記のヘレンに養ってもらっていた時のエピソードとして語っていた。西川きよしは『てなもんや三度笠』の末期(横山やすしとコンビ結成後)になって本編に出演。

出演番組[編集]

現在[編集]

この番組で約15年ぶりのレギュラー出演となった。番組出演が決まった際、夫のきよしが番組関係者に頭を下げて回った話は有名。

過去[編集]

夫であるきよしと2006年度から司会を担当。

など

その他

コマーシャル[編集]

演じた女優[編集]

関連項目[編集]