花王ファミリースペシャル
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| 花王ファミリースペシャル | |
|---|---|
| ジャンル | 単発特別番組枠 |
| 放送時間 | 日曜21:00 - 21:54(54分) |
| 放送期間 | 1990年4月 - 1996年9月 |
| 放送国 | |
| 制作局 | 関西テレビ放送 複数のテレビ制作会社 |
| 出演者 | 週替わり |
| 音声 | ステレオ放送 (一部企画のみ) |
花王ファミリースペシャル(かおう - )は関西テレビ制作・フジテレビ系列で、1990年4月8日から1996年9月22日まで、毎週日曜日の21:00~21:54(JST)に放送された単発番組ゾーンのタイトルである。 花王が一社提供していた。
目次 |
[編集] 番組概要
- 前番組『花王名人劇場』(1979年10月 - 1990年3月)が主としてお笑い系統と『裸の大将放浪記』を中心とした内容だったのに対し、当番組は『千代の富士物語』に代表されるヒューマンドラマやドキュメンタリー作品も多く放送された(ドキュメンタリー企画では福留功男が案内役を務める作品が多かった)。名人劇場時代からのお笑い番組や『裸の大将放浪記』(後に『裸の大将』に改題)も継承されている。
- 当番組のお正月特別版で「お正月ファミリースペシャル」を1991 - 1996年1月3日の夕方に放送していたことがある(こちらも提供は花王単独)。
- タイトルロゴは、前期は箱から飛び出し、後期はシャボン玉に描かれていた。
- ちなみにヒッチハイクは『花王名人劇場』から引き続き、太田胃散だった。
- 制作局の関西テレビでは、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)発生直後の同年1月22日から2月末までCMを自粛し、公共広告機構(現:ACジャパン)の啓発CMや生活必需品・身元安否情報・ライフラインの復旧状況などに差し替えられて放送されていた(このため、1月の末頃から2月にかけては、スイッチングが速いと"公共広告機構 (AC) 〟のクレジットが若干出ていた)。提供クレジット読みについては、拡大版を除き、当時『花王 愛の劇場』ならびに『MOGITATE!バナナ大使』(TBS系)など他局の花王一社提供番組のクレジット読みと同じ形式だった。
[編集] オープニング
- 1990年4月 - 1994年3月(前期) : ロゴの一つ一つが動くもので、「花王ファミリースペシャル」と家族(サザエさん一家に近い感じ)のような掛け声でスタートする
- 1994年4月 - 1996年3月(中期) : 野原、家を使ったメルヘンチックなCG(BGMはバイオリンと口笛が印象的な曲)
- 1996年4月 - 1996年9月(後期) : 海やイルカが出てくるCG。サブタイトルと花王のロゴが一緒に出てくる。
[編集] ネット局
※ 無印=同時ネット、★=遅れネット、▲=クロスネット局
[編集] 備考
- 山形県では当初は山形テレビで同時ネットで放送されていたが、山形テレビが1993年4月にテレビ朝日系列にネットチェンジしたため、番組終了まではTBS系列のテレビユー山形で一週遅れの遅れネットで放送された(後継番組の『発掘!あるある大事典』も当初はテレビユー山形で半年間ネットされ、1997年4月にさくらんぼテレビが開局後、山形県での日曜夜9時の花王枠が復活した)。
- 青森県では、裸の大将は青森放送で放送した。
- 鹿児島テレビは、1990年4月8日~1994年3月27日、九州地区の日テレ・フジクロスネット局の中で、唯一この番組を同時ネットしていた。
[編集] その他
- ドキュメンタリー企画のナレーションは、文化放送(ラジオ単営のNRNキー局)アナウンサーの竹内靖夫(クレジット表記は『文化放送 竹内靖夫』となっていた)が主に担当した。これは、竹内が勤務する文化放送が制作局・関西テレビの大株主であることや、キー局のフジテレビと共にフジサンケイグループの一企業であることから起用されたとされる。
| 関西テレビ制作・フジテレビ系列 日曜21時台・花王一社提供枠 | ||
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| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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花王ファミリースペシャル (1990年4月 - 1996年9月) |
発掘!あるある大事典
↓ 発掘!あるある大事典II (1996年10月 - 2007年1月) |
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