出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
シブがき隊(シブがきたい)は、かつて存在した布川敏和・本木雅弘・薬丸裕英によるアイドルグループ。所属事務所はジャニーズ事務所。
[編集] メンバー
[編集] 概要
- あえて「トリオ」から「隊」とした意味を、メンバーは当時あるテレビ番組で「『たのきんトリオ』は『トリオ』だったけれど、ぼくたちは『隊』という形で(メンバーやファンなどの)みんなと連帯したい」などと答えていた。その「隊」へのこだわりは、前述のとおり“解散”という表現ではなく「『隊』がわかれるから“解隊”」とした点にも現れている。
- 一方で、薬丸が「メントレG」にゲスト出演した際、『トリオ』を『隊』に変えた理由として「当時、イモ欽トリオやうなずきトリオがすでに人気だったので、同一視されないように『隊』に変えた」と語っている。なお、薬丸自身は同番組で「シブがきトリオ」という名称を当初はあまり好んでいなかったことも明かしている。
- ちなみに、一般公募以前は正式名称が確定しておらず、テレビ東京『ザ・ヤングベストテン』の中では「Aチーム」と呼ばれたり(Bチームは少年隊)、『2年B組仙八先生』に出演していた事から「仙八トリオ」などと呼ばれていた。
- 当初は薬丸がセンターの立ち位置だったが、途中から本木がセンターになった。
- 結成当初、センターに立っていたことから、薬丸は他のメンバーに冗談ぽくリーダーと呼ばれることがあった。しかし実際には、特にリーダーは誰だということは決まっていなかった。
- バックバンドは「シブ楽器隊」という名前であった。バンド名は事務所の社長・ジャニー喜多川が命名。
- 1986年、同事務所から『少年隊』がデビューしその歌唱力とキレの鋭いダンスを見た瞬間、メンバーらは「こりゃ絶対勝てないな~」と思ったと言う。
- 解散後、本木と布川はジャニーズ事務所をすぐに離れた。薬丸は残ったものの、1年後にジャニーズ事務所を離れた。
- 解散以来、3人が公の場に揃って出たことは全くなかった。しかし、本木も布川もそれぞれ薬丸が司会の『はなまるマーケット』の「はなまるカフェ」にゲスト出演している。ただし、本木と布川は何回かプライベートで会ったことがあるそうで、「はなまるカフェ」でそれを知った薬丸はショックを受けていた。その後、本木主演の映画「おくりびと」が第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した際、授賞式の翌朝、同番組でロサンゼルスより生中継にて薬丸が本木にインタビューし、久しぶりの二人の出演が実現した。 また薬丸のレギュラー番組『オジサンズ11』に布川がゲスト出演し共演を果した。
- 薬丸はシブがき隊内で浮いていたという意識が強いらしく、『速報!歌の大辞テン』に出演する際にしばしば「シブがき隊は僕と他の二人に分裂していた」という旨の発言をしていた。逆に布川は上昇志向の強い薬丸とマイペースを貫く本木の間でどう振舞うべきか困惑することが多かったという。また、薬丸はチェッカーズや吉川晃司といった続々と出てくるライバルに闘志を燃やしていたが、逆に布川や本木はチェッカーズと仲良しで、チェッカーズが住んでいた合宿所にも遊びに行っていた。それを知った薬丸は「どれだけ自分たちのファンを持って行かれたと思ってるんだ!」と憤っていた[2]。
- 2008年12月31日の『第59回NHK紅白歌合戦』に本木がゲスト審査員で出演、白組司会のSMAP・中居正広からの『シブがき隊の再結成、100%ないかもね?』とのムチャ振りに対し、冗談交じりに『そうかもね?』と応えた。
- スシ食いねェ!の曲誕生いきさつについて薬丸は、「トーク番組で間が持たないときに布川が『スシ食いねぇ!』とよく叫んだのがきっかけで歌が誕生した」と話している。[3]
- 2010年の夏に布川が『ふっくん布川』として『スシ食いねェ!』を捩った『そば食いねぇ!』でソロデビュー。解散から22年ぶりの歌手活動である。
- 2011年2月21日に布川がヘイヘイヘイにゲスト出演した際、当時振り付けを覚えるのが嫌いで本番では、踊りが一番上手だった本木を見ながら踊っていたため踊りがワンテンポ遅れていたと語っている。また間にいた薬丸が邪魔で本木の踊りが見えなかったという。
[編集] 主な出演作品(ソロは除く)
[編集] バラエティ番組
[編集] テレビドラマ
[編集] 映画
[編集] ラジオ
[編集] CM(ソロは除く)
- ハウス食品「リトルボール」 (1982年のグループ初CM)
- ハウス食品「おにぎり囃子」
- ハウス食品「コロコロリン」
- ハウス食品「グーチョコパー」
- 牛乳石鹸共進社「ラブジュ」
- 牛乳石鹸共進社「牛乳石鹸」(進物用キャンペーン)
- サクラクレパス「ふちどりMARKER・メタリック」
- 小学館「マイアイドル」
- 日興證券 (出演は無く、歌のみでの参加)
[編集] みんなのうた
[編集] ディスコグラフィ
[編集] シングル
- NAI・NAI 16(シックスティーン)(1982年5月5日)
- 100%…SOかもね!(1982年7月21日)
- ZIG ZAG セブンティーン(1982年10月28日)
- 処女的衝撃!(ヴァージンショック)(1983年2月25日)
- ZOKKON 命(LOVE)(1983年5月5日)
- Hey! Bep-pin(1983年8月8日)
- 挑発∞(MUGENDAI)(1983年10月13日)
- サムライ・ニッポン(1984年1月15日)
- 喝!(カツ)(1984年3月30日)
- キャッツ&ドッグ(1984年6月1日)
- アッパレ! フジヤマ(1984年7月7日)
- べらんめぇ! 伊達男(ダンディー)(1984年10月3日)
- 男意ッ気(イッキ)(1985年1月11日)
- DJ in My Life(1985年4月3日)
- 月光淑女!(ムーン・ビーナス)(1985年6月29日)
- KILL(1985年10月2日)
- トラ! トラ! トラ!(1986年1月22日)
- スシ食いねェ!(1986年2月1日)
- OH! SUSHI(スシ食いねェ! 英語ヴァージョン)(1986年4月10日)
- 飛んで火に入る夏の令嬢(1986年6月1日)
- 千夜一夜キッス倶楽部(アラビアンキッスクラブ)(1986年9月5日)
- 恋人達のBlvd.(ブールバード)(1986年11月21日)
- ドリーム・ラッシュ(1987年3月21日)
- 反逆のアジテイション(1987年7月22日)
- 演歌なんて歌えない(1987年11月21日)
- PSST PSST(プス プス)(1988年2月26日)
- 恋するような友情を(1988年7月15日)
- 君を忘れない(1988年10月8日)
[編集] アルバム
- ボーイズ & ガールズ(1982年7月1日)
- for'83 -We come together,we'll run together-(1982年12月1日)
- 夏・Zokkon -Memories For You-(1983年7月1日)
- Love∞MUGENDAI(1983年11月21日)
- “純情元年五月五日” ~LOVE from HONOLULU~(1984年5月5日)
- Honesty まじ(1984年12月8日)
- バローギャングBC ~From桑港~(1985年4月21日)
- エキゾティック(1985年11月21日)
- 5th ANNIVERSARY(1986年5月5日)
- 情熱的新世界 -PASSIONATE PARADISE-(1986年7月21日)
- HOROSCOPE ホロスコープ(1986年12月21日)
- NEXT STAGE(1987年5月5日)
- PSST PSST(1988年3月16日)
[編集] CD-BOX
- シブがき隊 1982-1988(CD5枚組)(2008年6月10日)
[編集] 関連項目
[編集] 補足
[編集] 外部リンク
|
シブがき隊 |
|
| メンバー |
|
|
| 旧メンバー |
叶屋博基
|
|
| シングル |
|
|
| アルバム |
ボーイズ & ガールズ - for'83 -We come together,we'll run together- - 夏・Zokkon -Memories For You- - Love∞MUGENDAI - “純情元年五月五日” ~LOVE from HONOLULU~ - Honesty まじ - バローギャングBC ~From桑港~ - エキゾティック - 5th ANNIVERSARY - 情熱的新世界 -PASSIONATE PARADISE- - HOROSCOPE ホロスコープ - NEXT STAGE - PSST PSST
|
|
| 主演映画 |
|
|
| 関連項目 |
|
|
|
日本レコード大賞最優秀新人賞 |
|
第11回 - 第20回
(1969年 - 1978年) |
|
|
第21回 - 第30回
(1979年 - 1988年) |
|
|
第31回 - 第40回
(1989年 - 1998年) |
|
|
第41回 - 第50回
(1999年 - 2008年) |
|
|
第51回 -
(2009年 - ) |
|
|
| 第1回 から第10回 までは制定なし。第32回から第34回までは演歌・歌謡曲、ポップス・ロックの2部門に分けて発表(ただし第32回に限り演歌、歌謡曲、ポップス、ロックの4部門に分けて発表した)。 |
|
|
FNS歌謡祭最優秀新人賞 |
|
第1回 - 第12回
(1974年 - 1983年) |
|
|
第13回 - 第19回
(1984年 - 1990年) |
|
|
| 第1・2回(1974年)は最優秀ホープ賞として発表。第20回(1991年)からはショータイム形式に変更。 |
|