たま (バンド)
| たま | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | フォーク ソフト・ロック プログレッシブ・ロック |
| 活動期間 | 1984年~2003年 |
| レーベル | ナゴムレコード (1986年~1989年) アクシック(現・日本クラウン) (1989年~1992年) 東芝EMI(現:EMIミュージック・ジャパン) (1992年~1994年) パイオニアLDC(現:ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントジャパン) (1996年~1997年) 地球レコード(1995年、1998年~2003年) |
| 公式サイト | たま公式サイト 他、各メンバーの項目を参照。 |
| メンバー | |
| 知久寿焼(ボーカル・ギター) 滝本晃司(ボーカル・ベース) 石川浩司(ボーカル・パーカッション) |
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| 旧メンバー | |
| 柳原陽一郎(ボーカル・キーボード) | |
たまは日本の音楽バンド。フォーク、ロックを主体にしながら非常に独創的な音楽性で異彩を放った。1984年〜2003年活動。
目次 |
[編集] メンバー
- 知久寿焼=ボーカル、ギター、マンドリン、ウクレレ、ハーモニカ
- 柳原幼一郎(現:陽一郎)=ボーカル、キーボード(オルガン、ピアノ、アコーディオン、鍵盤ハーモニカなど)、ギター
- 石川浩司=ボーカル、パーカッション、オルガン、笛
- 滝本晃司=ボーカル、ベース(『しょぼたま』ではトイピアノ、鍵盤ハーモニカ)
パブリックイメージでは「たまのボーカル」と言うと知久・柳原を指す事が多いが、実際は全員が均等にむらなく作詞作曲およびボーカルをとる[1]。楽器はアコースティックギター、ベースに加えアコーディオン、足踏みオルガン、リコーダー、桶(檜製)・鍋・空き缶などを駆使したパーカッションを用いるなど、生楽器を中心としながらも型にはまらぬ構成、そして郷愁を誘う幻想詩・童歌のような陰のあるシュールな歌詞が特徴。柳原脱退(1995年)以降は、アコースティックな音の中にシンセサイザーやサンプラーを取り入れた曲を作っていった。
[編集] 経歴
[編集] 初期
- 北千住のライブイベントで知久と石川が知り合い、暗めという似通ったキャラであった事から意気投合。その1年後に両国のライブイベントで柳原に出会う。これらの相次ぐメンバーの出会いが、たま結成の切っ掛けとなる。
- 1984年11月11日 それぞれライブハウスにてソロで音楽活動をしていた知久、石川、柳原により「たま」結成。 バンド名は特定の意味を持たないものにしたとの事。正式結成前には「かきあげ丼」という仮バンド名で一度ライブを行なっていた。
- 1986年 滝本が加入し、4人編成に。ベーシストを募集したところ、応募が滝本だけだった事が起用の理由。滝本曰く「ライブハウスで共演して以来たまのファンになった」との事。しかし滝本は、当時ベースは弾いた事がなかったと言う。
- 同年よりインディーズレーベル『ナゴムレコード』に参加。
[編集] イカ天出演
- 1989年11月11日、ナゴムから発売されるLP「しおしお」のプロモーションを兼ねてTBS系深夜番組『三宅裕司のいかすバンド天国』(通称:イカ天)にエントリーナンバー2番で出演。キャッチフレーズの“かなしい気持ちはとっても不安定”をそのまま体現するかのような楽曲「らんちう」や、都会風の派手な若者の集団という世間一般における「バンド」の概念からかけ離れた、一昔前の地方の青年を彷彿とさせる容姿で、視聴者に大きなインパクトを与えた。登場時のナレーションでも「また危ないのがやってきた」と言われている。
- この時期は“色物”とカテゴライズされるバンドの登場が目立った(キングもカブキロックス、サイバーニュウニュウと2代続けてパフォーマンス重視のバンドだった)ことから、この回のスタジオには「イロものバンド撲滅キャンペーン実施中」という横断幕が掲げられていたが、たまはバンドとしての実力と独特の不思議な世界観も余すところなく伝えきり完奏。
- 審査員の中島啓江は「"能ある鷹は爪を隠す"かもしれない」「涙出てきちゃった、それと同時に笑いも出てきちゃった」、グーフィ森は「変でしたね。こういうの分かるって言っちゃいけない、分からないんだけどいい」と評しておりたまの世界に引き込まれた様子であった。
- この回は番組史上初の外国人バンドTOKIO ROSEがチャレンジャー賞を有力視されていたが、これに競り勝って見事チャレンジャー賞の栄冠に輝き、サイバーニュウニュウを審査員投票5対2で倒して14代目イカ天キングとなる。
[編集] グランドキングへの道~マルコシアス・バンプとの激闘
- イカ天時代のたまを語る上で外すことができないのが、グランドイカ天キングを賭けた12月9日放送のマルコシアス・バンプとの対決である。
- キングとなったたまはその後も勝ち続け、2週目となった11月18日の放送分ではのちに大ヒットとなる「さよなら人類」を歌い、「突然明るくなった」と好評を博し、審査員7名全員の支持を獲得するストレート勝ちでチャレンジャーの高校生バンドTRIDENTに圧勝する快挙も成し遂げた。
- その後も3週目(11月25日放送分)には「オゾンのダンス」で坂本プロジェクトを、4週目(12月2日放送分)には「ロシヤのパン」でTimeless Childrenを順当に下し、3代目グランドイカ天キングにリーチをかける。
- しかしここで強敵が登場した。当時廃れていたグラムロックを復活させて挑んできたマルコシアス・バンプ(楽曲は「バラが好き」)である。チャレンジャーとしてはもとより歴代キングの中でも強者の部類に入る彼らの演奏は審査員の絶賛を受け、圧倒的な差でこの回のチャレンジャーに選ばれた。[2]
- しかし、キングとして迎え撃ったたまの楽曲「まちあわせ」は、マルコシアスの重厚・豪華な演奏とは正反対の、ほぼアカペラのごく短い楽曲(後日メンバーは「負けるつもりでこの曲を選んだ」と心中を語った)で審査員を唖然とさせ、マルコシアス・バンプのメンバー、秋間経夫が「だってすごいんだもん…」と自信を失くすほどのインパクトを持っており、票決は割れた。司会の三宅には「意外な曲できちゃったね」「5週目にこれで来ることないじゃない、ねえ」「審査員の皆さんみんな困っております」「土俵が違う」と言わしめた。
- 結果として接戦の末4対3とたまが一枚上回って制し5週連続勝ち抜き、第3代グランドイカ天キングを達成したが、敗北したマルコシアスにも審査委員長・萩原健太より「翌週仮キングスタート」の提案がなされ、審査員も甲乙付け難い心情から全会一致でこれを支持。最終的に制作サイドも承認し、番組史上初となるその場で敗者復活決定という異例の措置が取られた。
- 彼らが出演していた時期(番組内の用語では「イカ天戦国時代」)は現在でも活動を継続していたり、後の音楽シーンに影響を与えたレベルの高いバンドが次々輩出しており、この時期を「イカ天の最盛期」、前述のたまグランドイカ天キング達成+マルコシアス仮キング決定回を「イカ天史上最高の回」「イカ天の頂点は武道館ではなく、たまとマルコシアスの対決」などと評価するファンは多い。
- なおこの対決以来、マルコシアスのベーシストの佐藤が、たまの各メンバーのソロアルバムに参加・滝本が佐藤にベースを貸す(共にギブソン派である)等、両バンドのメンバー間には親交がある。
[編集] たま現象・メジャーデビュー
- 『イカ天』出場後、彼らの周囲の状況は劇的に一変。「たま現象」と呼ばれる社会現象的な人気となり、テレビ・ラジオ・雑誌など各メディアにも引っぱりだことなった。当時ナゴムレコードが抱えていた負債も、彼らの音源売り上げにより完済された。なお「たま現象」の語は1990年の『現代用語の基礎知識』にも収録された。
- 1990年、シングル『さよなら人類』でメジャーデビュー。宝酒造「純・アレフ」のCMタイアップとなり、オリコン初登場1位、売上げも58.9万枚を記録。NHK紅白歌合戦への出場も果たす。同曲は後に『BEAT BAND KARAOKE天国』(東芝EMI(現:EMIミュージック・ジャパン))や『Young Pops Best Hits』(日本クラウン)など、当時のヒット曲を集めたオムニバスアルバムにも収録されている。
- メジャーデビュー以降初のCM出演となった川崎製鉄(現・JFEスチール)のCMでは、各メンバー4人分のテイクが製作され、それぞれのテイクでCMソングとして使用された楽曲の製作者が、最後にキャッチコピーの「ピテたまトロプス・川崎製鉄」を言うという仕様だった(「らんちう」-知久、「まちあわせ」-石川、「オゾンのダンス」-柳原、「海にうつる月」-滝本)。後に4人全員で「カオス・パワーだ。川崎製鉄」と言うバージョンも製作されている。
- 『イカ天』内のコーナー『ロックロックこんにちは!』でも「密着たま現象を追え」とのタイトルで特集が組まれ、子供までも彼らの歌の歌詞を全て覚えているという社会現象ぶりが審査員に衝撃を与えた。姉妹番組「別冊イカ天ベスト天」の特集「こんなバンドに誰がした!」でも異彩を放つトークを展開している。
- NHK「ミッドナイトジャーナル」で特集が組まれ、その日コメンテーターとして出演していた竹中労は彼らを「日本のビートルズ」と称し「彼らのことは絶対本に書く」と絶賛、その後1990年11月に「たまの本」を上梓した。[3]
[編集] 息の長い活動
- 1992年、友部正人との共作『けらいのひとりもいない王様』をリリース。その後、より自由な活動を求めて所属事務所から独立し、夏に個人事務所たま企画室を設立、レーベルを日本クラウンから東芝EMIに移籍した。
- 1992年頃には バンドブームも下火になり、「オゾンのダンス」以降は次第にヒットチャートやメディアに現れることも無くなっていったが、マイペースに活動を継続。吉祥寺などのライブハウスで「月例会」と称した月一回の定期ライブも行っていた(2002年1月まで)。またライブハウスや会館等のコンサートホールだけでなく、普段はライブの行われる事のない寺や酒蔵、洞穴と言った場所でもライブを行う「どこでもツアー」と称したライブツアーを行っていた。
- 1995年 、自主レーベル・地球レコードを設立、インディーズでの楽曲リリース。
- 1995年末のライブを最後に、柳原がソロ活動に専念するため脱退。
- 1996年からは3人での活動となる(通称3たまと呼ばれる)。ライブでは斉藤哲也(ナタリーワイズ/アンダーカレント)やライオンメリィ(ヴァージンVS/ヤプーズ/メトロファルス/エコーユナイト)らをキーボードのサポートとして迎えた。その一方で、サポートミュージシャンを入れず、3人で各自小型の楽器を使い、より手軽でチープな雰囲気を狙った『しょぼたま』という編成でもライブを行った。
- 1996年6月、 アニメ『ちびまる子ちゃん』のED曲として作られた『あっけにとられた時のうた』でメジャーレーベルに復帰。
- 1997年 吉田戦車の漫画『ぷりぷり県』のイメージアルバム『パルテノン銀座通り』をリリース。
- 2001年 NHK教育テレビ『おかあさんといっしょ』挿入歌『ハオハオ』の作曲・演奏を担当(編成は上記の「しょぼたま」に相当。知久はウクレレ、滝本は鍵盤ハーモニカ)。5月に番組のファミリーコンサートにゲスト出演し、『ハオハオ』で歌のおにいさん(杉田あきひろ)・おねえさん(つのだりょうこ)と共演(知久は2番以降でボーカルも担当)した他、栗原正己作曲の『あめふりりんちゃん』では栗コーダーカルテットとも共演した(このときの模様は、番組からビデオ・DVDが発売されている)。7月、劇団ナイロン100℃主宰ケラリーノ・サンドロヴィッチ作の舞台『室温〜夜の音楽〜』に出演、役者および劇中曲を担当。
- 2003年3月、劇団ダンダンブエノのダンス公演『いなくていい人』に出演。
- 2003年10月、吉祥寺STAR PINE'S CAFEでのライブ「たまの最期!!」をもってバンド解散。解散公演の最終日、ホフディランのワタナベイビーが飛び入り参加し、柳原脱退以後封印されていた『さよなら人類』も演奏された[1]。
[編集] 解散後
- 各メンバーはソロあるいはバンド、ユニット形式での音楽活動を続けている。
- 知久と石川は、たま活動時より平行してロケット・マツ率いる14人編成バンド『パスカルズ』に参加。[4]
- 石川は同じイカ天出演バンドでありキャラクターが似通った突然段ボールともたびたび共演している。
- 知久と滝本はロケット・マツと共にインストゥルメンタルユニット「2ni」でも活動。また知久は、滝本のソロアルバム『水槽の中に象』にギターやウクレレ、笛、モーコック(ベトナムのカエル型の木製楽器)、コーラスで参加したり、コーラスアレンジを手掛けている。
- 2008年8月8日夜、8月9日昼/夜吉祥寺STAR PINE'S CAFEにて『たまの10年前の約束ライブ』と題したライブをしょぼたま編成で行った。
- 2010年12月より、たま解散後の彼らの活動を追ったドキュメンタリー映画『たまの映画』が、テアトル新宿等で公開。監督は本作が劇場映画デビューとなる今泉力哉。
- その他、柳原を除く知久・石川・滝本の3人は各々のライブイベントで共演し、数曲のみセッション(いわば「一時的な再結成」)もたびたび行っている。
[編集] 容姿
各メンバーはその出で立ちもユニークであった。とりわけ知久・石川の2人は印象深く、知久はデビュー当時キノコのような髪型にチャンチャンコ・下駄履き姿、石川は坊主頭に中太りの体型とランニングシャツ・半ズボンという画家・山下清を彷彿とさせた姿であった。『イカ天』内で三宅裕司は「TOKIO ROSEに勝てるのはたましかいない」「お前らと比べるとみんな元気に見える」「ここ(たまの立っている所)に来ると雰囲気ががらっと変わる」などと彼らの異色な存在感を評していた。なお、石川の愛称「たまのランニング」はダウンタウン命名。これらの個性は「歩く広告塔」として人々に鮮やかな印象を植え付ける効果もあるが、同時に先入観が勝り、キワモノ扱いされるという大きなリスクも抱えていた。事実、1990年のブーム当時のたましか知らない者には、彼らを「一発屋」としてのみ記憶している者、バンドブームの終焉とともにそのまま解散したと誤解している者が少なくない。
[編集] 受賞歴
歌唱曲『さよなら人類』
- 第32回日本レコード大賞 最優秀ロック・新人賞
- 輝く!日本イカ天大賞 大賞&ベストコンセプト賞
[編集] ディスコグラフィー
[編集] 8cmシングルCD
- さよなら人類/らんちう 1990年5月(さよなら人類 - 宝酒造「純・アレフ」CFソング/らんちう - 川崎製鉄(現・JFEスチール)CFソング)
- オゾンのダンス 1990年9月(フジテレビ系「なるほど!ザ・ワールド」エンディングテーマ、川崎製鉄CFソング)
- 夕暮れ時のさびしさに 1990年12月(TBS系「浮浪雲」主題歌/まちあわせ - 川崎製鉄CFソング)
- 海にうつる月 1991年4月(川崎製鉄CFソング)
- きみしかいない 1991年10月
- そんなぼくがすき 1992年9月(NHK「みんなのうた」)
- 上記6作品の販売元:アクシック
- リヤカーマン 1992年11月
- 販売元:東芝EMI(現:EMIミュージック・ジャパン)イーストワールドレーベル
- 星を食べる 1992年12月(劇場版「ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌」挿入歌)
- 販売元:アクシック
- ふしぎな夜のうた/みみのびる 1993年6月
- 二曲目「みみのびる」の作詞クレジット欄の「石川浩司」が「石田浩司」と誤植されている。
- 日曜日に雨 1993年9月
- カップリング曲「パラシュート」はアルバム未収録。
- 上記2作品の販売元:東芝EMIイーストワールドレーベル
- あっけにとられた時のうた 1996年6月(フジテレビ系「ちびまる子ちゃん」第5エンディングテーマ)
[編集] マキシシングル
- 販売元:地球レコード
- 学習 1998年12月25日
- ゆめみているよ 1999年11月
- 汽車には誰も乗っていない 2001年10月
[編集] オリジナルアルバム
- 自主制作カセット
| 発売日 | タイトル | 収録曲 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1984年12月 | またたび | 1.おやすみいのしし 2.朝起きたら俺がいた 3.スイング娘 4.誰も起きてこないよ 5.らんちう 6.おいしいうそがいっぱい 7.ビリビリ 8.耳のうしろに誰かいる 9.くだもの 10.交差点音頭 11.夕暮れ時のさびしさに 12.汽車には誰も乗っていない 13.どんぶらこ |
2.3.4.6.7.8.10はたま名義でのCDには未収録。 4.6は石川のソロアルバム「おいしいうそがいっぱい」にソロバージョンにてCD収録。 |
| 1985年7月 | ねこばば | 1.ジャバラの夜 2.ロシヤのパン 3.学校にまにあわない 4.らんちう 5.お経 6.牛小屋 7かなしいずぼん 8.お昼の2時に 9.さよなら人類 10.れいこおばさんの空中遊泳 |
1994年にCD化される。 |
| 1985年 | ふろく | 1.牛小屋 2.夕暮れ時のさびしさに 3.ロシヤのパン 4.学校にまにあわない 5.満月小唄 6.鐘の歌 7.らんちう 8.誰も起きてこないよ 9.さよなら人類 10.とんかち |
|
| 1986年5月 | さるぼぼ | 1.おやすみいのしし 2.はこにわ 3.鐘の歌 4.満月小唄 5.誰もおきてこないよ 6.夕暮れ時のさびしさに 7.床屋はどこだ 8.ばいばいばく |
|
| 1988年1月 | たゆたひ | 1.とんかち 2.マリンバ 3.日本でよかった 4.ウララ 5.金魚鉢 6.パラシュート 7.こわれた 8.オリオンビールの唄 9.月夜の病院 |
「金魚鉢」のみ2000年にCD化した「しおしお」にボーナストラックとして収録。流通数は少なくレア物となっている。 |
| 1989年 | たまてばこ | 1.らんちう 2.夏のお皿はよく割れる 3.海にうつる月 4.マンモウ開拓団 |
全曲、2000年にCD化した「でんご」にボーナストラックとして収録。流通数は少なくレア物となっている。 |
- CD
- インディーズレコード(販売元:ナゴムレコード)
- でんご (1989年5月) (レコード自体は7インチシングル(EP)盤と同じサイズだが、回転数がLP盤と同じ33回転。コンパクト盤。)
- 2000年にCD化再発。CD化にあたってのボーナストラックはカセット「たまてばこ」に収録された「らんちう」「海にうつる月」「夏のお皿はよく割れる」「マンモウ開拓団」。
- しおしお (1989年12月)
- 2000年にCD化再発。CD化にあたってのボーナストラックはカセット「たゆたひ」に収録された「金魚鉢」。
- メジャーデビュー以降のアルバム
- さんだる (1990年7月)
- ひるね (1991年1月)
- きゃべつ (1991年10月)
- 上記3作品の販売元:アクシック
- 犬の約束 (1992年11月)
- ろけっと (1993年9月)
- 上記2作品の発売元:東芝EMIイーストワールドレーベル
- そのろく (1995年8月)
- 販売元:地球レコード
- たま (1996年9月)
- パルテノン銀座通り (1997年7月)漫画「ぷりぷり県」のイメージアルバム。
- 上記2作品の販売元:パイオニアLDC(現:ジェネオンエンタテインメント)
- いなくていい人 (1998年7月)
- 東京フルーツ (2000年2月)
- しょぼたま (2001年2月)
- しょぼたま2 (2003年7月)劇団ダンダンブエノ公演『いなくていい人』劇中曲集。
- 上記4作品の販売元:地球レコード
[編集] ベスト盤アルバム
- まちあわせ 1992年12月
日本クラウン(アクシックレーベル)時代のベスト盤。 - Best Selection 2000年3月
パイオニアLDC時代のベスト盤。未発表曲「ここはもののけ番外地」(池袋・ナムコ・ナンジャタウンのアトラクション「もののけ番外地」CMソング兼イメージソング)が収録されている。 - たまセレクション 2003年5月
日本クラウン(アクシックレーベル)時代のベスト盤。
同じく日本クラウンから出たベスト盤『まちあわせ』とは、収録曲が異なる。
【収録曲】夕暮れ時のさびしさに/オゾンのダンス/学校にまにあわない/海にうつる月/満月小唄/そんなぼくがすき/まちあわせ/らんちう(シングル・ヴァージョン)/オリオンビールの唄/こわれた/かなしいずぼん/さよなら人類(オリジナル・ヴァージョン) - たま ナゴムコレクション 2005年8月24日
[編集] その他アルバム
- けらいのひとりもいない王様 (友部正人との共作) 1992年3月
- ねこばば(初期カセットテープ(1985年)復刻盤) 1995年9月
- たま・ライヴ・イン・ニューヨーク(1995年12月のニューヨークで行われたライブ収録) 1999年3月
- CDでは、唯一のライブ盤である。
- 室温〜夜の音楽〜(劇中曲集、一部ライブ収録) 2002年4月
[編集] ファンクラブ限定CD
ファンクラブ会員に配布された8cmサイズCD(非売品)。
- お昼の2時に 1993年
- あたまのふくれたこどもたち 1994年
- 後にアルバム「そのろく」に収録。
- どっこいしょ どっこいしょ 1995年
- でんちう 1996年
- 日比谷野外音楽堂ライブより収録。
- シーベックシーモア 1997年
- 炭坑節 1998年
- ざらざら恋の唄 1999年
- 「パルテノン銀座通り」に収録される予定だったが、収録に間に合わずお蔵入りとなっていた。
- ハル 2000年
- 後にアルバム「しょぼたま」に収録。
- ルル星人 2001年
- 第一三共「ルル」WebCMソング。石川作曲の「月の光」に別の歌詞を乗せたもの。
- 326 2002年
- 鐘の歌/ヒゲのある暮らし 2003年
- ライブ『たまの最期!!』より収録。
[編集] 参加作品・楽曲提供
未CD化のCMソングも含む。
- 夕暮れの風に吹かれて(高橋理奈)
- アルバム『裸の水』収録曲。滝本が作曲し、たまが演奏。
- 1ラウンドでノック・ミー・ダウン(ワタナベイビー)
- ミニアルバム『坂道』収録曲。演奏・コーラスにたまが参加。
- ハオハオ
- 知久が作曲し『おかあさんといっしょ』に提供。その後「おかあさんといっしょファミリーコンサート やあ!やあ!やあ!森のカーニバル」に出演。
なお、作詞を担当したおーなり由子は、番組内で流れる際のアニメーションも担当している。しょぼたまのライブではセルフカバーで演奏。
- 知久が作曲し『おかあさんといっしょ』に提供。その後「おかあさんといっしょファミリーコンサート やあ!やあ!やあ!森のカーニバル」に出演。
- 任天堂ファミコン用ソフト『星のカービィ 夢の泉の物語』CMソング
- 「猫ふんじゃった」の替え歌。ボーカルは知久。
- バンダイ ゲームボーイ用ソフト「ゲームで発見!!たまごっち」CMソング
- バンダイ ゲームボーイ用ソフト「ゲームで発見!!たまごっち2」CMソング
- バンダイ ゲームボーイ用ソフト「ゲームで発見!!たまごっち オスっちとメスっち」CMソング
- 最後のサウンドロゴは二作のCM共通で、オスっちとメスっちの場合はその後に「オスっちとメスっち」と入る。3作共ボーカルは知久。
[編集] 映像
- 野球 (1991年10月)ビデオ・LD
- ビデオクリップ集(1992年7月)ビデオ
- 上記2作品の販売元:アクシック
- '94.8.19 九段会館大ホール たまファンクラブの集い<<東京>>(1994年)ビデオ
- どこでもツアー95ドキュメント(1996年3月30日)ビデオ
- たまのお歳暮95(1996年5月30日)ビデオ
- どこでもツアー96ドキュメント(1997年)ビデオ
- たまのお歳暮97(1998年)ビデオ
- しょぼたま(1999年8月10日)ビデオ(2009年3月14日)DVD
- History of Tama 15(1999年4月23日)ビデオ
- たまネパールへ行く(2000年)ビデオ(2009年3月14日)DVD
- たまの温故知新 さんだる編(2002年)ビデオ
- たまの温故知新 ひるね編(2002年)ビデオ
- たまの温故知新 きゃべつ編(2003年)ビデオ
- たまの温故知新 犬の約束編(2003年)ビデオ
- 犬の約束 ツアー・ビデオパンフレット ビデオ
- たまの最期!!(解散ライブ収録)(2004年8月)DVD
[編集] 書籍
[編集] 著名なファン
- 草野マサムネ(ミュージシャン・スピッツ)
- ゆず(フォークデュオ)
- 鬼束ちひろ(シンガーソングライター)
- 小学生の頃、初めて欲しいと思ったCDが『たま』だったと語る。
- さくらももこ(漫画家)
- ベストアルバム『まちあわせ』ジャケットイラスト、テレビアニメ・劇場版『ちびまる子ちゃん』での楽曲使用ほか、メンバーとは公私共に親交が深い。『イカ天』で観てファンになり、柳原が客演する舞台を見に行き、その打ち上げに参加した時に紹介され知り合う。
- 吉田戦車(漫画家)
- 『パルテノン銀座通り』では作詞・コーラスで参加。
- 近藤聡乃(漫画家、アニメーション作家)
- 「自分の好きな曲にアニメーションをつける」という課題作品で、楽曲をモチーフにしたアニメーション作品『電車かもしれない』がBShi『デジタル・スタジアム』で紹介されて話題を呼び、2003年度のオープニングアニメも制作。
- 釈由美子(タレント、女優)
- 小中学生時代、ファンクラブに加入していたと語る。
- 篠原ともえ(タレント、女優、デザイナー)
- デビュー当時の彼女は「平成のナゴムギャル」とも呼ばれた。
- 上田誠(劇作家・劇団ヨーロッパ企画主宰)
- 2009年公演「曲がれ!スプーン」にて滝本に劇中曲を依頼。
- 坂本ちゃん(お笑い芸人)
- 三平×2(お笑いコンビ「ペイパービュウ」、西口プロレス、オタク芸人トークユニット『アニメ会』所属)
- 「たま」でけでなく、「ナゴムレコード」の殆どのバンドに精通している。
- 石田彰(声優)
- 植松伸夫(作曲家)
- 連載コラムにおいて、昔好きだったと書いている。
- カラスヤサトシ(漫画家)
[編集] 脚注
- ^ a b 石川浩司著「『たま』という船に乗っていた」の記述によれば、「たま」というユニットは元々ソロで活動していた者の集まりであり、また「自作曲自分ボーカル制」を採っていたという。同様の理由で、一番のヒット曲である『さよなら人類』は、柳原脱退の時点で「たまのレパートリー」では無くなり封印となっていたが、解散ライブでのワタナベイビーの飛び入りセッションで、いきなり『さよなら人類』を弾き始めるハプニングにより演奏が実現した。
- ^ イカ天キングのグランドキング挑戦となる5週目には、強力なチャレンジャーとなりうるバンドが出演者に選抜されるのが通例であった。
- ^ 竹中は1991年に逝去、同書が生前刊行された最後の書籍となった。同書内でのメンバーの発言から、元々アンダーグラウンド的な音楽性を持つ彼らにとって、アイドル的な持ち上げられ方やメジャーレーベルでの歌詞表現の規制などに対し、少なからず戸惑いと違和感を抱いていた模様。
- ^ パスカルズ公式サイト
- ^ こらない - たま(しょぼたま)プチ復活@潮風王国
- ^ [1] 石川浩司のひとりでアッハッハー「俺の日常クイズ(7)」2010年1月15日。
- ^ [2]石川浩司のひとりでアッハッハー「俺の日常クイズ(10)」2011年3月20日。
[編集] 外部リンク
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