坪田まり子

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坪田 まり子(つぼた まりこ、1960年11月20日-)は長崎県諫早市出身の元歌手・キャリアカウンセラー。本名は坪田真理子。

目次

[編集] 来歴・人物

TBSテレビの番組家族そろって歌合戦長崎県島原市で収録された際、それに出場したことをスカウトマンに見初められて上京。NHKの人気歌番組レッツゴーヤングサンデーズの一員として1978年4月からレギュラー出演(~1981年3月)した。芸名の「倉田」は、作曲家で当時レッツゴーヤングの司会を務めていた都倉俊一から一字もらったものと言われる。1979年1月に「グラジュエイション」でレコードデビューし、伸びやかな高音としっかりした音程でしっとりと卒業式の気持ちを歌いあげて本格派歌手の素質を感じさせた。1979年8月に発表されたシングル3曲目「HOW! ワンダフル」のヒットにより人気を確立、その年の日本歌謡大賞 放送音楽新人賞 、FNS音楽祭 最優秀新人賞をはじめ、多くの新人賞を受賞。また、石川ひとみに顔が似ているとも話題になった。また抜群のプロポーション、脚線美の持ち主だった。

歌手活動の他は、あだち充原作漫画「ナイン」の声優、またテレビドラマ出演(気になる天使たちちょっといい姉妹 等)などで活躍していた。しかし1984年に発覚した、証券取引に関わる詐欺事件、いわゆる「投資ジャーナル事件」に巻き込まれ、マスメディアに騒ぎ立てられたため、芸能活動から引退する事態に追い込まれた。

芸能界から身を引いた後は、国際法律事務所の弁護士秘書、資格試験予備校LECの執行役員・講師を経て2003年に独立起業。坪田まり子の名でキャリア・カウンセラーとして、大学生への就職指導、企業・自治体向けのプレゼンテーション能力向上や営業力強化等の研修ビジネスを手がけ、各地での講演活動を行っている。芸能界でかつてアイドルとして活躍した後、実業界で成功した希な転身事例のひとつである。

[編集] ディスコグラフィー

[編集] シングル

  1. グラジュエイション(1979年1月21日)
  2. いつかあなたの歌が(1979年5月5日)
  3. HOW! ワンダフル(1979年8月21日)
  4. イヴニング・スキャンダル(1980年1月21日)
  5. June浪漫(1980年4月21日)
  6. DAY BY DAY(1980年7月21日)
  7. さよならレイニー・ステーション(1980年9月21日)
  8. 恋はライ・ライ・ライ(1981年2月5日)
  9. 恋はAmi Ami(1981年5月5日)
    • 作詞:Hagen Dierks/訳詞:康珍化、作曲:Jay Alanski、編曲:石田勝範
    • ベルギーのポップアイドル歌手リオ(Lio)の曲 原題:Amicalement Votre のカバー。
  10. 哀しみのポエジー(1981年7月21日)
    • 作詞:康珍化、作曲:武谷光、編曲:松井忠重
  11. カナリヤ(1982年3月)
    • 作詞・作曲:松宮恭子、編曲:高田弘
  12. 冷たい雨(1982年6月)
  13. 春の嵐(1983年3月)
  14. 真夏のランナー(1983年5月)
  15. 避暑地の出来事(1983年7月)
  16. 青いフォトグラフ(1983年9月)
  17. 恋人宣言(1983年12月)

[編集] アルバム

  1. あなたにめぐり逢えて・・・・(1979年11月21日)
  2. ストーミー・ウェザー(1980年6月21日)
  3. ダイアリー(1980年12月5日)
  4. グッド・プロポーション(1981年7月21日)
  5. 愛の蜃気楼(1982年6月21日)

[編集] ライブ

  1. Twenty Girl コンサート'81・ライヴ(1981年8月17日 日本青年館で収録)

その他、ベストアルバムLP、カセット数点。CDとしては、1stアルバムの「あなたにめぐり逢えて・・・・」(品切れ中)および「アーティストコレクションシリーズ 倉田まり子」(最後の「恋人宣言」を除くシングル盤A面の16曲を収めたベスト盤)が発売された。「超空想ベースボール」(オムニバス)では「真夏のランナー」を収録。

[編集] テレビ

[編集] 外部リンク